『袋小路の男』

袋小路の男
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
  • 2007年11月
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  1. リピート
  2. 裏ヴァージョン
  3. 袋小路の男
  4. 乱世疾走 禁中御庭者綺譚
  5. とせい
  6. 神州纐纈城
  7. 古時計の秘密
  8. 幼年期の終わり
  9. 脱出記
  10. キューバ・リブレ
荒又望

評価:星4つ

 10年も15年もつかず離れずの距離から抜け出せない、もしくは抜け出そうともしない男女を描いた表題作を含む3つの短編。
 大谷日向子が小田切孝を語る『袋小路の男』と、おもに小田切孝が大谷日向子を語る『小田切孝の言い分』とが対を成す。前者では、「あなた」という二人称で小田切が語られる。これがまず印象的だ。相手への切々とした想いが表れている一方で、落ち着いた、諦念にも似た気持ちも不思議と伝わってくる。ところが後者では、一転して三人称を用いる。噛み合っていないようないるような、でもやっぱりいつまでたってもどっちつかずの2人。そんな間柄が、視点と人称を変えることでよりくっきり浮き彫りになっていて、続けて2篇を読み終えたとき、思わずにやりとしてしまう。
 もうひとつの『アーリオ オーリオ』は、星が好きな男性が主人公。自分の殻に閉じこもって静かに孤独に暮らしていたが、ひょんなことから14歳の姪と文通をすることになる。2人の手紙のやりとりが、ほんのり甘く懐かしい気持ちを呼び起こす、こちらも素敵な物語。

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鈴木直枝

評価:星3つ

 人生の折り返しと思われる地点を過ぎたからだろうか。近頃、「ゴール」について考えることがある。 合格とか昇進とかローン返済とか、何を成し遂げれば「ゴール」なのだろう。
 じゃあ、恋愛は?20代の頃は結婚!そう思って疑がわなかった。恋をしている自分が好きだった。あの手この手、彼を振り向かせる手段を考える時間が好きだった。やられたなあ。20年前、ふた昔も前に抱いていた感情なのに鮮やかに蘇ってきた。仕事中でもご飯を食べていても買い物中でも恋、24時間を恋のために生きていた時期が、確かにあった。
 本書中の愛の出会いは、新宿の高校に通っていた頃に遡る。1年上の小田切先輩がその標的。「気をつけな」と人はいう。顔はいいけどね。浪人?2浪?作家を目指すって?まったく、人の恋心を知っているくせに、遊ばれているのか鼻から相手にされていないのか。彼じゃない彼が出来ても彼を嫌いになれない。結婚する気がないのなら、いっそのこと振ってくれればいいのに。切れない関係。絶てない恋心。この恋は何処に行き着くことがゴールなのだろう。 ひとつの恋を女サイド、男サイドから描く。一方通行だと思っていたこと、ダメだなあ、と卑下していたことも、見方を変えることで優しくもなり思いやりを感じることもある。少しだけ、星野博美の「銭湯の女神」を思い出した。

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藤田佐緒里

評価:星5つ

 何がどういいのかさっぱりわからないのだが、私はこのひとの小説が死ぬほど好きだ。この小説の主人公のような人間がそばにいたら殴りたくなると思うし、もし私がこんな状況に身を置いていたら、たぶん気がふれると思う。共感できるとか、人間をよく描き出している、という類の作品ではないのだ。ただのこの「小説」が楽しくて切なくて哀しい。この小説に見えるのは私ではないけれど、でも感じるものがあるのだ。
 好きな男とは少しでも長い時間、一緒にいたい。やることはさっさとやっておきたいし、独占できる限り全てを独占したい。他の女に会おうものなら容赦なく殴りかかるし、自分から離れていきそうになれば、殺してでも阻止しようとする、と思う、私の場合は。
 でもこの小説は、男女が精神的にどっぷり漬かり合いながら、キスもセックスもただの一度もしないまま12年という月日を過ごす。お互いを拠り所にしながら、決定的なことを徹底的に避ける。それは彼らが、そうしてしまったらなくなってしまう関係だ、ということをお互いわかっているからだ。それは、とてつもなく哀しいことだ。
 人間は複雑で哀しい。そんなどうしようもない愁いが漂う、正直な小説だ。

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藤田真弓

評価:星5つ

 つかず、離れず。この距離感がすごくリアルに表現されていた。好きな人に触れることさえ出来ないでいる日向子は、自分の想いをもてあましている。自室から飛び降りて骨折して入院している小田切を病室で見ながら「私はこの人にとってなんなんだろう。自分のことをのっぺらぼうに感じるのはそういうときだ」という本音が書かれている。目の前に居る、それなのに近づけない苦しさで浮気をしたり、二人の関係について自問したり、ぐるぐる考えが巡っている。他人から見るとじれったいこと極まりない二人なのだが、一人の人を何年も一途に片思いできることは奇跡に近いとも思える。純愛とはこんなにもみじめで地味なのか?! 日向子が友人に別の男はいないのか?と問われて口にした「(小田切とは)歴史がある」の言葉が胃のあたりでぐっと締め付けてくる。恋ってなんだ?好きってなんだ?私の頭も袋小路に迷いこんでしまった。

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松岡恒太郎

評価:星5つ

 唸った。これこそが絲山ワールドだわ。  
思い起こせば新春一月、採点員を仰せつかった第一回目の課題図書で始めて手にしたのも『海の仙人』絲山作品だった。与えて頂かなければ出会わなかったであろうその本に、僕は深く感銘を受けた。そんな出合いを与えてくれた採点員の大役にも深く感謝した。
 そして今月、縁あってか最終回の課題図書の中にも絲山作品を見つけ小躍り。むさぼるように読んだ。
活字が躍っている。ああこれだ、ページを進めるたびに、登場人物たちの表情が、息遣いが、感情の起伏が、生活観が、リアルに感じる作風。
無駄な物はすべて削ぎ落とされた文章から、二人のぎこちない想いが確かに伝わってくる。
 表題作は不思議な恋愛小説。お互いに必要としながらも寄り添うことのない二人。手の届く距離にいながら指さえ絡めない、微妙な距離を保ったまま月日だけが流れてゆく物語。
 これぞ文学、断然お勧めの一冊です。

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三浦英崇

評価:星5つ

 たぶん、表題作と、表裏の関係の『小田切孝の言い分』については、他の方が存分に語って下さっていることだろうと思うので。中学高校と天文部員だった俺としては、もう一つの収録作品『アーリオ オーリオ』について語りたいと思います。

 プラネタリウムに連れて行ったことをきっかけに、姪の美由と文通することになった哲。こんなかわいい姪っ子がいたら、絶対、いろんなとこに連れ回すね。将来の夢とか、星への興味とか、飼い始めた犬のこととか、いろんなことを話してくれて、俺は一生懸命聞き手に回って。十代の頃にしか抱き得ない、心の中の小さな星系を、作者はこわれものでも扱うように大切に慎重に描き上げています。

 読んでるうちに、本物の星空に逢いたくなってきました。ま、かわいい姪っ子がいる訳ではないですし、一人で野宿することになるんでしょうけど。夏になったら、俺が中学生だった頃と変わらない、ペルセウス座流星群を観に行こっと。

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横山直子

評価:星5つ

 文庫本で再会できて飛び上がるほど嬉しい本がある。
絲山作品はすべてそうだ。思えば、今回で一年間の新刊採点員の任期も終了となるわけだが、最初の課題図書の中で「海の仙人」があった時は本当に嬉しかった。
そして途中では思い出深い「逃亡くそたわけ」、そして最終回で「袋小路の男」。
星の数ほどある単行本の中から文庫本になるべくしてなった、そう素直に思える絲山作品が本当に好きだ。
「嬉しい」だとか「好きだ」とか臆面もなくずらずらと書き連ね、まるで絲山さんへの恋文みたいなような感じだが、本当にそうなのだから仕方がない。
それくらい彼女の作品には首ったけなのだ。
この魅力はいったい何だろう。

「出会ってから12年がたって、私たちは指一本触れたことがない。」
圧倒的に女性からの片思いかと思えば、そうでもない。
しかし日向子はなにがあっても袋小路に住む男・小田切孝を思い続ける。
淡々と綴られる二人の動向に一喜一憂しながらも、二人が積み重ね作りあげる世界にどんどんおぼれてゆく。
簡単にさらっと読めるのに、読後のなんとも言えない心地よさがいつまでも続く。
ふぅ、いいなぁ。

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