『桃山ビート・トライブ』

  • 桃山ビート・トライブ
  • 天野純希 (著)
  • 集英社
  • 税込1,470円
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評価:星3つ

 小説すばる新人賞って、いい才能を発掘しますよねえ。個人的に好きなトコでは荻原浩、山本幸久ですが、また一人、すんごい作家を誕生させましたよ。この受賞作、パワフル!
 四人の若者が出会い、ライブパフォーマンス集団として名を上げる──これだと世にあまたある青春モノと変わらないのだが、どっこい、舞台は安土桃山時代! 信長、秀吉、出雲のお国、さらにはヒール役の石田三成と、歴史のスターたちがこれでもかと絡んでくる。史実とフィクションを融合させる手腕はかなりのもの。それにキャラがいい! 若気の至り大爆発といった四人が活字から飛び出してきそう。そのハイテンションたるや、世界陸上の織田裕二ばり。
 ストーリーに荒削り感はあるものの、文章に力が漲っているから勢いに押されて一気読みしてしまった。息を飲む終盤も、スカッとする結末もいい。
 こんな作品待ってた。三羽省吾の青春モノが好きな人なら気に入るんじゃないかな。

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『名前探しの放課後』

  • 名前探しの放課後
  • 辻村深月 (著)
  • 講談社
  • 税込 1,470円
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評価:星3つ

 上下巻の長いストーリーを読み進めながら、タイムスリップを用いた甘酸っぱいミステリだとばかり思っておりました。まあ、最後まで謎を引っぱってるから、簡単には終わらないだろなと予測はしてたけど──ドッシャンガラガラです。おみごと、参りました。
 過去に戻った男子高校生が、未来に起こる同学年の「誰か」の自殺を食い止めようとするてな話なのだが、小路幸也『カレンダーボーイ』を読んで間もなかったので「これもか?」と呟いてしまった。便利なんですかね、タイムスリップ。でも本作はSFミステリだけでなく、「キュン」てな要素が多くて、個人的には萌え所がいっぱい。地方の高校、遊びスポットはジャスコ、個性豊かな友人たち、溜まり場の洋食屋などなど。こんな何気ない要素たちと、本筋には関係なさそうな話を漠然と読んでいたから、最後にやられてしまいました。
 まんまと騙されて、ちょっと悔しい読後感。でもそれもまた一興。

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『リリイの籠』

  • リリイの籠
  • 豊島ミホ (著)
  • 光文社
  • 税込1,365円
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評価:星4つ

 豊島ミホって、他の若手女性作家と違うものを持っている──そう思うのは自分だけでしょうか? じゃあ何が違うのか、それを言葉にできずにいたのですが、著者ブログ「告知板としま」12/19付に、本作についてのコメントがあり、「そっかぁ」と気付いた次第。以下抜粋。
「女の子に対する反感(同族嫌悪的な)も、逆に同性としての理解も、書き手の感情としては入ってないんです」……そうそう、作中キャラと書き手の距離感が絶妙なのですよ。
 七つの短編からなるが、舞台はみな同じ女子校。各編、異なる女子が主人公となっているのだけど、作者が俯瞰しているぶん、彼女たちと周囲との距離感がもの凄く繊細に浮かび上がってくる──これにプラスして、色が見えてきそうな細やかな描写が豊島ミホ作品の「味」なのではと思うワケです。どの作品も、最後の一文を読んで、ああ巧いなあと。
 この一冊を読んで、益々これからが楽しみな作家さんになりました。

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『堂島物語』

  • 堂島物語
  • 富樫倫太郎 (著)
  • 毎日新聞社
  • 税込2,100円
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評価:星3つ

 時代小説を読んでいるとき、妙な安心感を覚えたりする。書き手は熟練の作家さんが多いので時代考証がしっかりしているし、読みつっかえることもない。それに(たとえは悪いが)水戸黄門のような「お約束的展開」が多いので、身を委ねてしまうのです。
 本書は、大坂堂島の米問屋へ奉公にあがった丁稚どんのお話。継母との確執から家を出された小作農の長男・吉左が、才覚と人情とド根性で米問屋・能登屋吉左衛門になるまでの日々が、彼を囲む温かな人々とのやりとりの中で綴られていく。(←ほら、安心するでしょ?)
 とはいえ話のミソは、これが享保年間の米相場をめぐる、かなり高度な経済小説であること。日本史は好きだったけれど、たしか江戸時代のこのあたりから展開がマッタリして、米相場云々の話を授業でちゃんと聞いていなかった気がする。反省。だからではないが、語り口による相場の話は素人であってもなかなか興味深く読めました。

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『ルピナス探偵団の憂愁』

  • ルピナス探偵団の憂愁
  • 津原泰水(著)
  • 東京創元社
  • 税込1,785円
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評価:星3つ

 お初でした、ルピナス探偵団シリーズ。そもそも本格ミステリ系をあまり読まないものですから、もの凄く新鮮味のある読書だったなあと。
 タイトル見ただけで、ミッション系の学園ミステリだなと思っていたら、アタリ。ただし、時間軸をシャッフルさせた連作短編集だったから、醸し出す雰囲気とかに追憶的なものが含まれていたりして、一筋縄のミステリとは言い難いのですねえ。
 個人的にはすっ飛ばしまくりの脇キャラがツボに入りまくりで、姉の不二子、友人のキリエらの丁々発止のやりとりに、爆笑しまくり。あれ、この会話のスピード感って、どっかで見たことあるなと思って、途中で気がついた。テレビドラマ『時効警察』のキャラたちのやりとりに近いのだなと、だから楽しく読めたのかな。謎解きよりもキャラの方がインパクト強いミステリってとっても不思議。それもまあ、アリと言えばアリなのだろうけど。

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『Y氏の終わり』

  • Y氏の終わり
  • スカーレット・トマス(著)
  • 早川書房
  • 税込 2,100円
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評価:星3つ

 ウッ……この苦痛と快楽が入り交じった読書ってば、安部公房とか笙野頼子を読んでるときの感覚に似ている。何が書いてあるんだか分からなくてクラクラして、それがまた心地よかったりして。でも面白いですよ。SFとしてしっかりできているし。
 最初の100ページくらいまで、話がどこに向かうのかサッパリわからずで、奇想なのか、ミステリなのか、それともメタなのか(でもまあ出版元から察しはついたけど)。主人公の大学院生、アリエルがはまり込む世界について行ってからは、グッと読み込むことができた。特に450ページあたりの「思考と物質」の考察については、ホホウと唸ってしまうくらい。
 けれど、他者の頭の中に入り込むって設定は、似たような話をすでに見たことがあるしなあ。筒井康隆センセの『パプリカ』(アニメをDVDで見た)とか、6歳の息子と毎週かかさず見ている『ケロロ軍曹』とか。なもんで正直、新鮮味はなかったす。

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『ナイフ投げ師』

  • ナイフ投げ師
  • スティーヴン・ミルハウザー(著)
  • 河出書房新社
  • 税込2,100円
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評価:星3つ

 摩訶不思議な十二の短編たちは、どれを読んでも違和感が残り、しかしながらその違和感が奇妙な毒となり、ジワジワと面白さへと変わって染みこんでくる。なんだろ、この感覚。無理矢理に例を挙げるとすれば、松本人志の不条理コント(しかも板尾創路が共演してるやつ)かな。
 すこぶるおカタい文体&アップダウンのない展開だから、読む人にとってはこの上なく苦痛な読書になるかと。自分も正直、夜中に読んでいてカックンカックンとなった作品もあったが、そうでないものもあったワケで、「ナイフ投げ師」「ある訪問」においては、語り手である「私」と他者との緊張感に知らず知らずのめり込んでいた。(ナイフが刺さったり、「妻だ」と紹介されたのが巨大ガエルだったりって……どうよ?)
「私」の周囲で起こる事象に対して、描写がやけに冷静なためにギャップが生まれ、独特の「味」となったのですな。こんな珍味みたいな本、たまにはいいかも。たまにはだけど。

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勝手に目利き

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『エピデミック』 川端裕人/角川書店

  引き出しが沢山ある作家さんなのですね。感服。
 昨年読んだ『桜川ピクニック』とは趣の異なる、超骨太なドラマでした。テーマは集団感染。未知の感染症XSARSに襲われた関東南部の町がビビッドに綴られていく。だが、描かれているのはパニックに陥った町の様子のみにあらず。病魔に立ち向かう疫学スペシャリストや総合病院の医師、保健所の職員や地元紙記者などなど──「人」があくまでもメイン。
 根源となるウイルスを探し当てようと調査員たちは奮戦するのだが、特定しようとする対象が次から次へと現れては消え……「おうっ、これはかなり高度なサスペンスだぁ」と気がついた時にはもうノンストップ、睡眠時間を犠牲に読み抜いてしまった。
 高度な医学用語が並んではいるが、緻密な筆致で難解さは感じさせず、むしろ専門性がグッとリアルに、おぞましく畳みかけてきて──フィクションとは思えませんよ、ホントに。

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『米朝よもやま噺』 桂米朝/朝日新聞社

 御年八十を過ぎ、芸歴も六十年を超えるという上方落語の重鎮、米朝さんが思いつくまま話されたラジオ番組が本になりました。自分はものすごい落語ファンではないのだけれど、大阪に住んでいたころに一度だけ正月の「米朝一門会」に行ったことがあり、米朝さんの「天狗裁き」に神々しいものを感じた記憶があります。さすが人間国宝だなと。
 気の向くままのお喋りが見開きごとに繰り広げられるのですが、上方のお笑いを長きにわたり見てこられた当事者ならではの人物評、芸に対する姿勢が滲み出ています。なかには一門の面白話もちらほら──米朝事務所は株式会社にしているから株主総会を開くのだが、身内だけだから、ざこばさんが総会屋役をやって盛り上げたりとか、「嘆きのボイン」の月亭可朝さんは、かつて桂小米朝の名前で米朝さんの弟子だったとか──などなど。
 どの話もしみじみとした語り口で、米朝さんのお人柄が出ております。

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佐々木克雄

佐々木克雄(ささき かつお)

 惑ってばかりの不惑(1967年生まれ)、仕事は主夫&本作りを少々。東京都出身&在住。
 好きなジャンルは特になく何でも読みますが、小説を超えた「何か」を与えてくれる 作品が好きです。時間を忘れさせてくれる作品も。好きな作家は三島由紀夫、宮脇俊 三、浅田次郎、吉田修一。最近だと山本幸久、森見登美彦、豊島ミホ。海外の作品は 苦手でしたが、カルロス・ルイス・サフォン『風の影』を読んで考えが変わりました。
 10歳で『フランダースの犬』を読んで泣き、20歳で灰谷健次郎『兎の眼』、30歳で南 木佳士『医学生』で泣きました。今年40歳、新たな「泣かせ本」に出会うべく新宿紀伊國屋本店を徘徊しています。

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