『ナイフ投げ師』

ナイフ投げ師
  • スティーヴン・ミルハウザー(著)
  • 河出書房新社
  • 税込2,100円
  • 2008年1月
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  1. 桃山ビート・トライブ
  2. 名前探しの放課後
  3. リリイの籠
  4. 堂島物語
  5. ルピナス探偵団の憂愁
  6. Y氏の終わり
  7. ナイフ投げ師
佐々木克雄

評価:星3つ

 摩訶不思議な十二の短編たちは、どれを読んでも違和感が残り、しかしながらその違和感が奇妙な毒となり、ジワジワと面白さへと変わって染みこんでくる。なんだろ、この感覚。無理矢理に例を挙げるとすれば、松本人志の不条理コント(しかも板尾創路が共演してるやつ)かな。
 すこぶるおカタい文体&アップダウンのない展開だから、読む人にとってはこの上なく苦痛な読書になるかと。自分も正直、夜中に読んでいてカックンカックンとなった作品もあったが、そうでないものもあったワケで、「ナイフ投げ師」「ある訪問」においては、語り手である「私」と他者との緊張感に知らず知らずのめり込んでいた。(ナイフが刺さったり、「妻だ」と紹介されたのが巨大ガエルだったりって……どうよ?)
「私」の周囲で起こる事象に対して、描写がやけに冷静なためにギャップが生まれ、独特の「味」となったのですな。こんな珍味みたいな本、たまにはいいかも。たまにはだけど。

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下久保玉美

評価:星3つ

 ペン回しがまたブームです。愛好会も存在し、競技大会を開こうという動きもあるようです。その愛好会の会長さんの「無意味なことでも過剰にすれば意味を為す、と糸井重里に言ってもらえてうれしい」という談話記事を読んだときに、「はあ」と膝を打ちました。そうです、「過剰」です。
 本書は一言で言えば「不思議な小説」。発想の奇抜さとともに過剰さが際立っています。過剰な想像、過剰な説明、過剰な崩壊。発想を過剰に描写することで物語世界を作り上げており、特にそれは中編に表現されています。
 「パラダイス・パーク」は20世紀初頭に建設された遊園地の変遷を描いていますが、この遊園地の規模はどんどん地下へと拡大し、同時に趣向もどんどん凝ったものになります。また「協会の夢」もどんどん凝った趣向で集客していくデパートの変化を描きます。これらはまるで実在していたかのような語り口で始めていながら、どんどん想像が過剰に膨らみ、一歩間違えれば暴走しかねないギリギリの所でまとめています。そこが面白い。
 でも、やっぱり消化不良気味になる不思議な小説なんですけどね。

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増住雄大

評価:星3つ

 どきどきする。
 読んでいてどきどきする。これは混じり気なしの純粋などきどきである。確実に心拍数が上がっている。話の先が気になるのはもちろんだけれどそれだけじゃない。怖がっているのか? 違う。確かに多少怖い話もあるかもしれないけれどそうじゃない。不穏な空気? 近い。いつもに比べて何となく不安な気持ちになっていることは確かだ。
 特殊な人間が登場する。それは技能だったり、性格だったり、存在そのものだったりする。その特殊さゆえに、その人間の周りからは人が離れていく。でも逆にもっともっと惹きつけられる人もいる。私はその惹きつけられる人の一人だろう。あるいは読者はすべて惹きつけられる人の側に入ってしまうのかもしれない。それは沼のような空間で、もがけばもがくほど沈んでいく。苦しいはずなのに奇妙にも苦しさより心地よさが勝つ。
 素晴らしい本であった。ただし人に薦めるとなると迷うところである。

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松井ゆかり

評価:星5つ

 この著者の「エドウィン・マルハウス」は(月並みな表現で申し訳ないが)衝撃だった。矛盾した形容なのだが、長い長いショートショートを読んだような読後感だった。不条理という言葉で作風を言い表される作家は何人もいる。「一人の男が飛行機から飛び降りる」のバリー・ユアグローしかり、「隠し部屋を査察して」の エリック・マコーマックしかり。しかし彼らの作品をすごいとは思っても、ミルハウザーのように心を揺さぶられはしない。こういうのが自分にとっての特別な作家ということなのだろうか。
 一読した後、大いなる発展を続ける百貨店を描いた「協会の夢」や巨大遊園地の盛衰を描いた「パラダイス・パーク」が印象に残った。しかし時間を経た現在、夜をさまよう少年少女たちを描いた「夜の姉妹団」や「月の光」に強く心を惹きつけられる。次に読むときにはまた違った作品が私の心を捉えるかもしれない。いつまでも停滞と無縁の作家であってほしい。

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望月香子

評価:星4つ

 12の物語からなる短編集。
 一行目を読んだときから、魔法をかけられたようにその世界に入り込んでしまいました。現実には考えがたい設定の物語でも、というか、そういった物語にこそ魔力は強いようで、読み終えても、その物語の世界の名残が、身体の隅に残っているかのようです。かなり癖になる魔法のようで、なかなか離れられそうにありません。
 裸の背筋を、羽根でそっと撫でられるような読後感には、参ってしまいます。

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