『桃山ビート・トライブ』

  • 桃山ビート・トライブ
  • 天野純希 (著)
  • 集英社
  • 税込1,470円
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評価:星3つ

 秀吉政権時代の終わりの頃、聴衆を沸かせる音楽や芸能を模索する河原芸人の主人公たちの活躍とその河原芸人たちを統制し支配しようとする権力との対立を描いています。全編に溢れる音楽の躍動感に心躍ります。主人公たちがどんな芸能を演じていたのか見てみたいです。
 また、本書に大きなエネルギーを見ました。それは本書に描かれる人物たちの持つエネルギーであり、また作者が持つエネルギーでもあります。新人らしい新人、と思いました。本書はとにかくエネルギーに満ちています。
 ただ、人間の重厚感がなく薄い。登場人物たちがあんなに出ているのだからもう少し重層的な小説になってもいいのではないでしょうか? 事実、かぶき踊りのお国とか主人公たちが世話になる座長とか面白そうな人がいっぱいいるのに。物語を描く、ということに焦ったような印象を受けてしまいました。惜しいなあ。

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『名前探しの放課後』

  • 名前探しの放課後
  • 辻村深月 (著)
  • 講談社
  • 税込 1,470円
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評価:星3つ

 何か知らんけど3カ月前の過去にタイムスリップしてしまった高校生が、3ヶ月後自殺してしまうクラスメートを救うために仲間たちと頑張る小説。そのクラスメートを救う一連の活動の中で主人公やその仲間たちも、また自分の弱さに気付き、克服していくというお決まりのストーリーにもどかしさを感じるとともに、やはり応援もしてしまいます。
 本書は2回読むと面白い小説です。1回目はストーリーを追って、2回目は文章のあちこちに散りばめられた伏線を楽しんでいただきたい。初見で「何だか変」と思いながら通り過ぎた箇所がラストに効いてきます。大団円のラストに期待してください。
 でも、私はこのラストが気に食わないのです。エピローグにいろいろ盛り込みすぎかなという感じがします。もう少しすっきりするとより主人公の今後が際立ったのではないでしょうか。

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『リリイの籠』

  • リリイの籠
  • 豊島ミホ (著)
  • 光文社
  • 税込1,365円
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評価:星4つ

 いわゆる女の子同士の恋を「百合」という言葉で表現するのはいつからなのでしょう? 「薔薇族」ほど浸透していませんが「百合」はある種のシンボルですよね。
 さて、本書はある(おそらく仙台の)女子高でおこる人間模様を描いています。恋愛というほどではなく、思慕であるとか憧れであるとか嫉妬であるとか、感情として成立しているのかいないのか不安定な、一筋縄ではいかない感情の往来を表現しています。
 まあ、私も女でありますから、ある程度の女の子同士の心安さやドロドロとしたところも知っているつもりです。しかし、そうした感情を目の前に突きつけられるとやっぱりしんどい。女性の作家さんのなかには、これでもかこれでもかと目の前に突きつけてくる方もいらっしゃいますが(蛇足だけど女性の描く女性は現実的すぎ、男性の描く女性は夢がありすぎる)本書はその辺をうまい温度で表現しています。悪い言い方をすれば生ぬるいんだけど、そういうところ好きです。
なんだかこの1冊で終わってしまうのが残念。もう少し読みたいんですけどね。

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『堂島物語』

  • 堂島物語
  • 富樫倫太郎 (著)
  • 毎日新聞社
  • 税込2,100円
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評価:星5つ

 あっという間に読めました。とても面白かったです。
 貧しい小作農民の家から大阪の米問屋の家に奉公に出た主人公が自分の未来を切り開くとにかく爽快な小説。また、米というのが江戸時代においていかに重要でかつ厄介なものであったのかということもよくわかります。江戸時代経済小説なんて滅多にないから貴重です。不満を言うのなら、もう少し長くてもいいかな、ということ。ここから大商人に、という所で終わっています。人情としてはもう少し成功譚を読みたいじゃないですか、こんな嫌な事件ばかりの世の中なんだし。
 さて、主人公の成功は主人公の商売の勘とか頭の良さだけではなくて、謙虚であるということも影響しているわけです。とても謙虚で、「人間、謙虚になるというのは本当に大切なことだなあ」と思いました。そんなことを思ったのは最近では去年の日本シリーズの中日優勝時にMVPに輝いた選手を見たときぐらいです。

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『ルピナス探偵団の憂愁』

  • ルピナス探偵団の憂愁
  • 津原泰水(著)
  • 東京創元社
  • 税込1,785円
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評価:星4つ

 前作の『ルピナス探偵団の困惑』は発売当時、存在は知っていたのですが「ちょっと…。」と躊躇して買いませんでした。「ルピナス」というところで「ああ、ドタバタ学園コメディミステリ小説かなあ」と思って敬遠してしまったんですよね。あの頃は本格志向が今よりもずっと強かったもので。しかし、今回本書と前作を読んでその時の判断を激しく後悔! 読んでおけばよかったー。
 うっかり密室殺人事件の真相を言い当ててしまったがために刑事である姉に利用されてしまう主人公と主人公を取り巻く仲間たちが活躍する短編集。「ルピナス探偵団」とありますが本人たちはさほど積極的でもなく、ミステリにおける掟をこれでもかと論争しあうわけでもなく、こいつらミステリ読んでんのかい!というくらい謎に程遠い存在。読んでいて疲れません。
 そういうミステリ的な謎解明部分はおいといて、いいなあと思ったのは本書全体にかかるセピア色の靄。身近にある風景のようでいてそうではなく、かといって遠い絵空事でもなく。懐かしさと同時に、いずれは失われてしまうという哀しさを感じました。

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『Y氏の終わり』

  • Y氏の終わり
  • スカーレット・トマス(著)
  • 早川書房
  • 税込 2,100円
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評価:星3つ

 どうしたもんかなあ、と頭を抱えてしまいました。
 「Y氏の終わり」という小説を偶然手に入れたことから、他人の心に入る技術を手に入れた主人公がその技術を狙う男たちに追われます。物語自体はわりとオーソドックスで、謎の男たちに追われたり追いつかれたり危機一髪の目に遭ったり、でも助けてもらってなんとかなったりならなかったり、とさほど目新しいものではありません。ただ、その合間に哲学的、物理学的な思索が入ってきます。『ソフィーの世界』か?と思いつつも興味深い内容でした。たぶん半分も理解できてないけど。
 どうしたもんかなあ、と思ったのは本書をどういう風に捉えればいいのか、ということでして。SFにしてもファンタジーにしても中途半端なんですよね。これどうなったの?という所も目立つし。アイデアに酔っていませんか?

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『ナイフ投げ師』

  • ナイフ投げ師
  • スティーヴン・ミルハウザー(著)
  • 河出書房新社
  • 税込2,100円
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評価:星3つ

 ペン回しがまたブームです。愛好会も存在し、競技大会を開こうという動きもあるようです。その愛好会の会長さんの「無意味なことでも過剰にすれば意味を為す、と糸井重里に言ってもらえてうれしい」という談話記事を読んだときに、「はあ」と膝を打ちました。そうです、「過剰」です。
 本書は一言で言えば「不思議な小説」。発想の奇抜さとともに過剰さが際立っています。過剰な想像、過剰な説明、過剰な崩壊。発想を過剰に描写することで物語世界を作り上げており、特にそれは中編に表現されています。
 「パラダイス・パーク」は20世紀初頭に建設された遊園地の変遷を描いていますが、この遊園地の規模はどんどん地下へと拡大し、同時に趣向もどんどん凝ったものになります。また「協会の夢」もどんどん凝った趣向で集客していくデパートの変化を描きます。これらはまるで実在していたかのような語り口で始めていながら、どんどん想像が過剰に膨らみ、一歩間違えれば暴走しかねないギリギリの所でまとめています。そこが面白い。
 でも、やっぱり消化不良気味になる不思議な小説なんですけどね。

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下久保玉美

下久保玉美(しもくぼ たまみ)

 1980年生まれ、今のところ主婦。出身地は山口県、現在は埼玉県在住。
 ミステリーが大好きでミステリーを売ろうと思い書店に入ったものの、ひどい腰痛で戦線離脱。今は休養中。とはいえ本を読むのだけはやめられず、黙々と読んでは友人に薦めてます。
 好きな作家はなんと言っても伊坂幸太郎さん。文章がすきなんです。最近のミステリー作家の中で注目しているのは福田栄一と東山篤哉。早くブレイクしてもらいたいです。
 本という物体が好きなので本屋には基本的にこだわりがありません。大きかろうと小さかろうと本があればいいんです。でも、近所の小さい本屋にはよく行きます。
 どうぞよろしくお願いします。

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