WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年2月>増住雄大の書評
評価:
「バンドやろうぜ!」
って感じのバンド小説・漫画・映画って、世の中に結構ある。破天荒なメンバーを集め、激しい演奏をして人の心をつかむ、みたいな。けど、安土桃山時代のバンド小説は誰しも初めてなんじゃなかろーか。
型破りな三味線に、一流の笛、アフリカンな太鼓に、天性の才能あふれる舞い。四人そろえば怖いものナシ! 「音楽は人の心を動かすんだぜ!」って感じで、もう、躍動感! エネルギー! に満ち満ちてます。ぜひ実際にこの一座を観てみたい! と思うのは私だけじゃないはず。
小説すばる新人賞は、あいかわらずヒット率・長打率が高いねー。一人ひとりが新人の頃からレベル高い高い。だから、毎回受賞作が注目されるんだね。それでまた次の受賞作が期待に応える。美しい連鎖だなあ。実際、受賞作家の生存率が他のエンタメ系新人賞に比べて桁違いだし、これからも小説すばる新人賞は要注目です。
評価:
いいねいいね。ひりひりするくらい、青春だね。まったく。うらやましいよ。
てな風に憧れたりいじけたり共感したり身悶えしたりして「青春小説」パートにどっぷり浸かっていたら、最後ですこーんと派手にすっ転ばされるから本当に油断ならないんですよ辻村深月は。
というわけで五つ星です。
ふと気付くと三ヶ月前にタイムスリップしてしまっていた主人公いつかは、記憶にある「同学年の誰か」の自殺を止めるために、同級生らと「放課後の名前探し」に奔走する。果たして自殺するのは誰? 無事に自殺を止めることはできる? そしてタイムスリップの原因は?
学園モノの青春小説として、おそろしく高水準なんすよ。それでいてきっちりミステリ。どう見ても極上のエンタメです。本当にありがとうございました。
新作を発表するごとに、おそらく徐々にファンは増えている。でも「徐々に」とかじゃなくて、もうそろそろ本格的にブレイクしてもいいんじゃなかろうか辻村深月。今回も傑作ですぜ。
評価:
女子校って、こんな感じ。……なのか?
私が恋愛やおしゃれとは縁がなく、閉じた人間関係の高校生活を送ってきてしまったからだろうか。何だか別世界なのにリアル過ぎて直視できない……。
同著者の大学生を描いた連作短篇集『神田川デイズ』を読んだのは就活が苦しかった頃で、心情描写があまりにも自分に重なりすぎて「そうそう、そうなんだよ!」と思うことしきり。著者にお礼を言いたいほどの元気をもらったのだけれど今回は……。
でもまあ、あれだ。どんなところにも、やっぱり似たような人間関係があるんだな。友情・羨望・見得・嫉妬・葛藤。感情がごちゃごちゃしてて、一言じゃ言い表せない感じ。豊島ミホは、思春期のそういう感じを描くのがとても上手い。
収録作の中では「やさしい人」が一番好き。何かのきっかけがあれば、とても仲良くなれそうだった人、っているよね。あの人、今頃どうしているんだろうか……
評価:
江戸時代の「米」相場は、今でいう「株」みたいなものだった!
その米相場を扱った「本格時代経済小説」(帯より)が本書。
何かと運の悪い主人公・貧農の倅である吉左(きちざ)が、16歳にもなって米問屋の丁稚にされるところから物語は始まる。普通、丁稚になるのはもっと幼い頃。吉左には、出世の道は閉ざされていると言っていい。でも吉左は持ち前の才覚・性格で自らの運命を切り開いていく。
設定もキャラクターも筋運びも面白くてするする読ませる。気持ち良い笑いもあるし、優しい気持ちになれる恋愛もあるし、涙を流しそうになる場面もある。読者に楽しい時間を約束してくれる良質エンタメ小説。原稿用紙換算で1000枚の長さらしいが、イッキ読みしてしまった。
というわけで、とっても良い小説なんだけど、表紙とタイトルの地味さで損をしているような気がする……
評価:
バックミュージックでレクイエムがエンドレスで流れているような印象を受けた。
原因は構成に由来する。四話仕立ての連作短篇集なのだが、第一話冒頭の時点で、主人公が高校時代に仲の良かった同級生・麻耶が亡くなっている。第二話以降では徐々に時間を遡っていく。読者にとっては未来が確定しているからこそ、要所要所で言いようのない感情が生まれる。
人間関係がいい。登場人物同士が近すぎず遠すぎず絶妙な距離感を保っている。会話もいい。みんながみんな、優しすぎず厳しすぎない。また、衒学的とすら言えるかもしれないディテールや小ネタもいい。微笑ましかったり、得した気分になれたりする。
水の表面にできた氷みたいに、冷たくて、ピンと張り詰めているけど、とてももろい。この感じ、好きな人は案外多いはず。
タイトルに「探偵団」とあるように、もちろん基本は探偵小説。でもキャラクター小説としても、青春小説としても、大変おもしろい。
評価:
哲学に関する知識は全く持っていない、と言うと意外な顔をされることがある。
いや、私だって興味はある。でもいきなり原典は厳しかろうと『ソフィーの世界』やら『図解 哲学』やら『1冊でわかる〜』やらに挑戦し、そしてどういうわけか早々に挫折した。それ以来どうにも「哲学的なもの」に対して苦手意識が生まれてしまった。今では、小説を読んでいて作品内に哲学的な話題が出てくると軽い拒否反応が出るほどである。
だから本書を少し読んで「あ、哲学っぽい話題が」と気付いたとき、いつもの私なら読書にかけるテンションが落ち、場合によっては読書を中断するくらいである。でもテンションは落ちなかったし、それまでと変わらず読み続けた。おもしろかったからである。
無理矢理分類するならSF? だろうか。主人公は大学院生アリエル。彼女は偶然立ち寄った古書店で、幻とされていた『Y氏の終わり』という本を発見。その本を読んだものは死ぬと言われていた……。
随分と思索的な小説であった。なるほどこれは帯にあるように「こんな小説読んだことない。」
評価:
どきどきする。
読んでいてどきどきする。これは混じり気なしの純粋などきどきである。確実に心拍数が上がっている。話の先が気になるのはもちろんだけれどそれだけじゃない。怖がっているのか? 違う。確かに多少怖い話もあるかもしれないけれどそうじゃない。不穏な空気? 近い。いつもに比べて何となく不安な気持ちになっていることは確かだ。
特殊な人間が登場する。それは技能だったり、性格だったり、存在そのものだったりする。その特殊さゆえに、その人間の周りからは人が離れていく。でも逆にもっともっと惹きつけられる人もいる。私はその惹きつけられる人の一人だろう。あるいは読者はすべて惹きつけられる人の側に入ってしまうのかもしれない。それは沼のような空間で、もがけばもがくほど沈んでいく。苦しいはずなのに奇妙にも苦しさより心地よさが勝つ。
素晴らしい本であった。ただし人に薦めるとなると迷うところである。
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