WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年2月>松井ゆかりの書評
評価:
時代小説で、題名にならまだしも、地の文にカタカナ使うのはアウトだろ。…と文句をつけたい気持ちを押さえながら読み進めたところ、あに図らんや、どんどんおもしろくなってきた。
現在でいったらバンド、それもいろんな意味で型破りな(安土桃山時代なのに黒人メンバーまでいるという)一座を描いた小説である。かなり強引な設定もあるのにあまり引っかかることもなく読ませるし、人物造形もうまい。べたべたした恋愛模様が絡んでこないのも好感が持てる。
それだけに終盤一転してシビアな展開になったことに不意打ちを食らわされた。歴史はそこに厳然と容赦なく存在していたことを思い知らされる。それまでのポップな流れからするとつら過ぎる事件ではあったが、著者としてはここは絶対に書きたかったところであろう。
ただなんだかんだ言って、いちばん印象的だったのは帯にもあった北方謙三先生の「エネルギーの塊を私に投げつけることに成功」というお言葉だったという気もするが。
評価:
私の夫はキャラ萌えという概念をほとんど有していない。「ねえねえ、萌絵ちゃんと四季博士のどっち派?(言わずと知れた森博嗣先生の「すべてがFになる」をはじめとする一連の作品における主要人物)」などと尋ねても、「いや、キャラクターで読んでいるわけじゃないから」ととりつく島もない。翻って私は感情移入できるキャラや萌えキャラがいないとどうにも乗れないタイプだ。目当ての登場人物なくして何の楽しみがあろうか。そういう意味では、この作品はまさに目移りしそうなほどナイスなキャラクター揃いの、読書の醍醐味を満喫できる小説だった。かなり迷ったが、一押しは次期生徒会長の座を狙う天木。
ストーリーの方も読み応え十分。「そんなばかな」と思う部分も多々あるものの(人物造形を含め)、こんな風に優しく気恥ずかしい高校時代っていいよなと憧れる。主人公は3か月後の記憶を持つ依田いつか。未来で自殺する同級生を救うため、友人たちの力を借りて必死の行動をとる…。
青春時代というのは、とにかく本気で生きるのが正しい。
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現在の私を知っている人には容易には信じてもらえないが、10代の間は超内気な性格だった。この短編集の主人公のほとんどと友だちになれなかっただろう。たぶんいちばん近しいのは2番めの短編の主人公の先生か。
女の子同士って最高。もしくは、女の子って残酷。どちらも正解だと思う。著者の豊島さんは1982年生まれとまだお若く学生時代が近過去だということもあるのだとは思うが、よくこんなにいろんなタイプの女子の心理を書き分けられるものだと感心した。一方それが女子の女子たる所以かもしれない、とも思えてきた。女の子だから複雑でいろんなタイプに分かれてしまう。もしくは、女の子だから根っこは同じで、自分と違うタイプの子でも気持ちがわかる。
好きな歌で、スキマスイッチの「全力少年」という曲がある。女子もきっと、ずっと全力で少女なのだろう。
評価:
主人公吉左をハリウッド映画のヒーロー的強さに換算すると、スーパーマンあるいはバットマンあたりに匹敵すると思う。丁稚奉公から着々と出世していくところは、「あかんたれ」の志垣太郎を思い出した。(←古い)
時代小説の入門編としては、たいへんに読みやすく題材的にもわかりやすい。難があるとすれば、吉左の対抗勢力として力のある敵役がいないことだ。小物ならば2〜3人出てくるのだが、疎遠になったり味方に転じたりとどうにも影が薄い。米相場の変動だの、身分違いの恋だの、苦境らしきものも用意されてはいるが、それらも含めてこんなにとんとん拍子にいくかよ、という突っ込みは避けられないだろう。
とはいえ、痛快な立身出世の物語というのはやはりおもしろい。これいっそ道徳の教科書にでも載せたらどうか。やっぱり勉強は大事だよ、ということがよくわかる一冊だと思うのだが。
評価:
津原泰水は長らく“マイ食わず嫌い作家”だった。敬愛する作家である三浦しをんさんが津原さんの「綺譚集」や「少年トレチア」の書評などを書かれているのを読みながらも「耽美?ホラー?」と二の足を踏んでいたし、「ブラバン」が発表されたとき「思い切って読んでみようかな…」と乗り気になったにもかかわらず結局頓挫してしまった。
津原泰水をミステリー作家とはまったく思っていなかった私にとって、この本は驚きであった。しかもかなり好きなタイプの短編集だった。学園もの(+変形バージョン)であることとか、キャラクターが好みだとか、美点はいろいろあるが、最も好感を持ったのは犯人にきっちり落とし前をつけさせるところ。
津原泰水は“マイ現在気になる作家”の上位ランクインを果たした。私の場合、初めに苦手意識があった相手ほど心惹かれてしまう傾向がある(例:元THE
YELLOW MONKEYの吉井和哉ほか)。
まずは同シリーズの前作「ルピナス探偵団の当惑」を読んでみよう。
評価:
「今月の新刊採点」の課題図書は月に7作品。その中にほぼ確実に、読み進むのに苦労するものが1冊はある。今月はこれ。これから手に取ろうとされているあなた、覚悟なさいますよう。でもおもしろくないわけではないですから、ご安心を。
ページが進まない最大の原因は基本的に難しいからだ。ロールプレイングゲームのような革新的な部分と膨大な知識量によって説得力を持たせようという保守的な部分が混在しているのだが、そのためすいすいと読み進められる類の話にはなっていない(私の頭はかなり保守派寄り…というかアナログな作りになっているのだろう)。いったいこれはSFなのか、哲学書なのか、宗教書なのか(主人公アリエルが一目で惹きつけられる青年の名前がアダムというのも象徴的である気がする)、はたまたバカミスなのか。ジャンル分けに意味はないと思いつつも、あまりにいろんな要素が盛り込まれていて軽いめまいを覚える。最近骨のある本がないとお嘆きの貴兄に。
評価:
この著者の「エドウィン・マルハウス」は(月並みな表現で申し訳ないが)衝撃だった。矛盾した形容なのだが、長い長いショートショートを読んだような読後感だった。不条理という言葉で作風を言い表される作家は何人もいる。「一人の男が飛行機から飛び降りる」のバリー・ユアグローしかり、「隠し部屋を査察して」の
エリック・マコーマックしかり。しかし彼らの作品をすごいとは思っても、ミルハウザーのように心を揺さぶられはしない。こういうのが自分にとっての特別な作家ということなのだろうか。
一読した後、大いなる発展を続ける百貨店を描いた「協会の夢」や巨大遊園地の盛衰を描いた「パラダイス・パーク」が印象に残った。しかし時間を経た現在、夜をさまよう少年少女たちを描いた「夜の姉妹団」や「月の光」に強く心を惹きつけられる。次に読むときにはまた違った作品が私の心を捉えるかもしれない。いつまでも停滞と無縁の作家であってほしい。
文庫化&映画化記念ということで再読。
私も伊坂幸太郎ファンとして、もう多少の斬新さやしかけでは動じないつもりでいたが、初めて読んだときには「死神ときましたか!?」と驚いた。出世作「オーデュボンの祈り」でもしゃべるカカシというファンタジーとも呼べる設定があったわけだが、それはまあデビュー作みたいなもんだし、ということで個人的に納得していた。それを言ったら銀行強盗にしたって、もっと言えば隕石がぶつかって地球が破滅することだって、実際に遭遇する確率は極めて低いのだが、伊坂作品はやや浮世離れした感すら漂うクールな登場人物たちがしかしあくまでも現実の世界において奮闘するところがいかしてると思っていたのだ。
…とはいえ、杞憂だった。そんな型破りなキャラクターを持ち込んでも、きっちりとおもしろい小説になっていた。主人公千葉は死神。八日後に死にゆく予定の人間を調査するのが彼の仕事だ。一般的には恐ろしく忌み嫌われる死というものを描いているのに、生きることの素晴らしさを実感させられる、不思議な本です。
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