WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年2月>望月香子の書評
評価:
豊臣秀吉が天下の安土桃山時代が舞台の時代小説。
三成が新しい社会をつくり出そうと躍起となっている最中、音と踊りを武器に権力に抵抗する若者達が…。第20回小説すばる新人賞受賞作。
三味線弾き、笛役者、太鼓叩き、踊り子の4人は、反体制的言動と音楽で、あっという間に人気を極めていきます。その成功を追うだけでもかなり愉しめるのですが、時代は桃山です。やがて、政治的争いに巻き込まれ…。戦うのですが、武器が音と踊りっていうのがクール!
大きな波にのみこまれるように、天野純希ワールドに入ってみてください。
評価:
3ヶ月前の世界から、タイムスリップで戻されてしまった男子高校生の依田いつか。
同級生が自殺してしまうという事実を知ったまま、タイムスリップしてしまったいつかは、その秘密を打ち明けた同級生のあすなたちと、誰かは特定できない同級生の自殺を止めようと…。
3ヶ月前にタイムスリップした主人公、という設定に、妙にすんなりと入っていけたのは、一見軽やかにみせた文体のお陰かもしれません。高校生が結託して自殺をくいとめようと努力する様子に、惹き込まれてゆきます。
洋食レストランを営んでいるあすなのおじいちゃんは、かなりいい味を出しています。
評価:
10代の学生生活だけにある独特のきらきらしたものを纏った7つの短編集。
25歳の女性が描いた、女の子のコンプレックス、憧れ、別れ、嫉妬、裏切りなどの10代で避けて通ることのできない様々な感情が、作品中で水しぶきをあげるように生きています。
女同士の感情の綿毛がからまるような繊細なやりとりは、ときにその不毛さにたまらなくなります。学生生活のバイブルといえば、私にとっては山田詠美の『放課後のキイノート』なのですが、この著者の方も、もしかしたらそうなのかな…? と思ってしまいました。
評価:
江戸時代の大阪堂島が舞台の時代小説。
幕府未公認のお米の先物取引に人生を賭けた男、吉左の物語です。
先物取引がテーマの物語とはいっても、専門的なことに全く詳しくないわたしでも、知識不足で読書が滞ることはなかったので、そこは安心です。
吉左が度胸と才能で、人生を切り開こうとしてゆく様は、ほんとに惚れ惚れしちゃいます。格好いい。
同じ1秒を過ごすのでも、厚みと重みがある1秒を過ごしたいな、なんて思ってしまいます。
評価:
私立ルピナス学園高等学校時代に、仲間達と事件に直面してゆく物語『ルピナス探偵団の当惑』の姉妹作。
その「ルピナス探偵団」仲間で一番の美女、麻耶が25歳という若さで亡くなり、その死後に様々な事実が…。
第一弾を未読なわたしでも、ほとんどハンディなく読めました。主人公が小説家志望で、出版社へ売り込みに行ったり、ある作家と食事をして「若いね。大学生? だったらちゃんと就職しなさいよ。この道で食っていけるなんて思ったら大間違いだよ」と言われちゃうシーンが妙に印象的でした。
人が亡くなるところからはじめる物語だけれど、軽妙なリズムがあるのは、著者の方が少女小説を過去に多数執筆されていたパワーだと思います。
評価:
大学院生のアリエルは、探し求めていた『Y氏の終わり』という本を偶然、古本屋で見つけ…。
人の心の中に入れるようになる、というストーリーからSFファンタジーかぁ。ちょっと苦手分野だなぁと思っていたら、それは早合点でした。現実の世界と異世界へと行き来するさまは、まさにファンタジーなのですが、ほどよく哲学的趣を含んでいて、物語を多面から味わえました。
全体にちりばめられる、アインシュタイン、アリストテレスなどの理論物理学、哲学についての数々。これらが小休憩となるくらいに、物語は加速して進んでゆきます。
アリエルの小生意気というか、若さ特有のつんとしたさまは、いやみがなく魅力的に映りました。生とは? 性とは? 読んでいる最中から考えだしてしまいます。答えはでません…。
評価:
12の物語からなる短編集。
一行目を読んだときから、魔法をかけられたようにその世界に入り込んでしまいました。現実には考えがたい設定の物語でも、というか、そういった物語にこそ魔力は強いようで、読み終えても、その物語の世界の名残が、身体の隅に残っているかのようです。かなり癖になる魔法のようで、なかなか離れられそうにありません。
裸の背筋を、羽根でそっと撫でられるような読後感には、参ってしまいます。
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