WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年3月の課題図書 >増住雄大の書評
評価:
イニシャルトークでお送りします。
Tさんかっこよすぎです。こんな風になれたらいいな。
KとMのやりとりが可愛すぎる。羨ましい、じゃない。微笑ましい。そういう感想を抱くことに、自分が年齢を重ねてきたことを実感します……。
Sは最初、怖かった。同じ状況に陥ったとして、そこまでの行動力は私にはない。でも、間違ってなかった、と思う。
Mいいなあ。私も二週間に一度は図書館に行っているのに、そういうことって全然ないよ。貸し出し担当の受付の人(後から聞いたが、母の知り合いだったらしい)に「○○さんの、お子さん?」って声かけられたくらいだよ。
Eの話、私も生で聞きたかった。笑いをこらえきれただろうか。大事にされている、と感じるなら、それだけで幸せだろうな。
Mは人との出会い運がいい。良い出会いは人を成長させる。いや、最悪の出会いもあったわけですが。
順不同で登場人物たちに一言ずつコメントしてみました。詳細が気になったなら、本書を手にとってみてくださいな。
なんか頭文字がMの登場人物が多くて、よくわかんなくなっちゃったな……。
評価:
うええええい!?
今までの人生であげたことのないような叫びをあげちゃいましたよ。寝っ転がって読んでたけど、思わずガバりと起き上がってしまいました。これは、驚いた。本当に驚いた。しかもそれが……。こんなに綺麗に騙されたのは久しぶりです。
タイトルの「ラットマン」は、ある騙し絵のこと。「思い込み」によって、同じものが別のもののように見える、ということを示します。「思い込み」って、こわいですよね。事実を曲げてしまいます。そんな事実は全くなくても、勝手に予想して納得して、あたかも事実であるかのような気になります。そして、誤解や勘違いが生まれる。
読者が知らず知らずのうちにしている、ある「思い込み」。その「思い込み」が、ある瞬間、ハンマーでガラスを叩き割るかのように、パリーンと粉砕されます。そのときの驚きと言ったら、もう。
読後感も最高。本作は「青春の終わり」を描いた話です。「人が死ぬ」話です。なのに、この、読後の「きらきらした感じ」はなんなのでしょうか。ミステリの傑作だと思います。
評価:
本や漫画や映画の感想で「感情移入できた」というのを、よく目にする。それは良い意味の言葉として用いられている。逆に「感情移入できなかった」は悪い意味で使われることが多い。
では「感情移入できなかった」作品は、すべて良くない作品なのだろうか。答えはNOだ。そんなことは決してない。私は、この作品の「人間」に「感情移入できなかった」。しかし、本書は良い小説だと思う。
先入観なしで読んでもらいたいタイプの作品なので、内容紹介は少しにしておく。
1、舞台は1000年後の日本。
2、人間は「呪力」を持っている。
上記の説明でわかるように、本書はSF。その意味で、貴志祐介作品を『青の炎』しか読んだことない人は違和感を抱くかもしれない。でも根っこはどちらも貴志祐介。筋運びがうまくて、次が気になり読まされてしまう。
残虐な描写がありますので、苦手な方は注意。貴志祐介だってわかってて読む人の中に、そんな人はいないと思うけれど。
評価:
古処誠二と言えば戦争小説。直木賞候補にも何回か挙がっているから、ある程度の本好きなら、古処作品を読んだことがなくても、そのイメージは持っていると思う。知名度は結構高い。
でも、知名度と比較して、古処作品の熱狂的ファンは数が少ないのではないか(多分に主観入ってます)。書店で書店員直筆のPOPを見かけることが少ない(気がする)し、アマゾンのレビューや読書系ブログに取り上げられることも少ない(気がする)。
要因はおそらく「戦争小説」というジャンルだろう。このジャンル、食わず嫌いの人が多いのではないだろうか。そういう方たちには一言物申したい。とりあえず、まあ、食べてみろ、と。題材は戦争でも、描かれるのは普遍的な問題であり、物語であるからだ。
今作の舞台は、大戦末期のビルマ。主人公は日本赤十字の従軍看護婦。メフェナーボウンとは仮面のことであり、誰もが仮面をかぶっていることの比喩である。
正しいこと、は見方によって変わる。そんな当たり前の事実を改めて突きつけられ、そのことについて考えさせられる作品だった。
評価:
1年に1回、人が降る村。そこには、落ちてくる人を待ち構え、バットを持って麦畑をうろうろするレスキュー・チームがあった。
主人公が語る、薀蓄、というか落下への考察がおもしろい。間違った方向(ゴールではない方向)に適当に走る(全力疾走ではない)マラソンランナーのような感じ。もはやレースに参加する気はないのかもしれない。
背景説明がないのが、いい。理由説明がないのも、いい。本当のところは誰にもわからないのが、いい。作品が進む矢印はぶれることなく結末に向かい、「オチ」(らしきもの)もある。とてもとても、うまくまとまっている。
もう一方の作品「つぎの著者につづく」にも言えるけど、「知識」をたくさん身につけている人が、書いた、という印象。ペダンティックな表現が溢れている。でも、嫌味じゃない。
「知識」はひけらかせばいいものではない。円城塔は、世界との、また、読者との距離の取りかたが上手いと思う。だから、その豊潤な「知識」が魅力的なものとして私の目に映る。
評価:
まもなく55歳になる著者が26歳のときに赴いた、フランス留学体験記。
この本は小説ではない。ゆえに、そこまでドラマ的な出来事は起こらないし、物語的なわかりやすい起承転結もない。しかし、だからこそ「当時のパリのリアル」を感じる。
留学開始から三ヶ月。疲れきって、パリにうんざりして、早く帰りたいと思っていたのに、いざ本当に帰る瞬間になってタイコ(著者)の目に、涙が溢れる。
「手ぶらで帰ってきてしまった。何も見つけられなかった。」
帰国してからも、しばらくは「何も起こらなかったこと」を恥じて、留学したことを人に言えなかったという。でも、現在の著者、そして、この本の読者は知っている。タイコが「セ・シ・ボン(そりゃもう、素敵)」な経験を得たことを。
留学ガイドではない。観光ガイドにもならない。でも、そんな本より「パリに行ってみようかなあ」という気持ちが強くわいてくる素敵な本だ。
評価:
ファンになりました。他の作品の邦訳を、お待ちしております。早く読みたいです。
……と、それだけで終わらせるわけにはいかないから、もう少し続ける。この本は、良かった。とても良かった。でも、あえて知り合いには内緒にしておきたい。そんなタイプの良さだ。この本を好きだと思われたら恥ずかしい。とかそういうのではなく、大事に、自分だけのものにしておきたい、という感じ。
本書はSFの短篇集である。でもSF好きしか楽しめない作品ではない。確かに私たちが暮らす世界とは違う世界のおはなしだけれど、描かれるのは、その世界で暮らす人々の日常であり、そのときそのときの心理や行動。静かで丁寧な描写によって、読者の心に哀愁や感動を生む。すっごい好きだ、こういうの。
なんかこういう短篇って、どっかで読んだことあるような……ああ、乙一かな? 設定の特殊さや、読後感が似ている気がしないでもない。文章の雰囲気はだいぶ違うけどね。
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