WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年3月の課題図書 >下久保玉美の書評
評価:
阪急電車に乗りたくなりました。
片道15分の電車内でも、多くの人が乗っている以上はその人数分のドラマがあって然るべきで、本書はそんなたまたま同じ阪急電車に乗り合わせた乗客数人にスポットライトを当てて、そのドラマを描いています。そんなドラマの中でも一番面白かったのは、復讐のために元恋人の結婚式に出席した女性翔子の話。この部分だけ何回も読み返しました。陰湿というよりもむしろ痛快な部類に入る復讐を果たすも、なお心にたまるドロドロしたものの行き場に悩む翔子を助けるのは、同じ車両に乗り合わせたある女性との会話であり、その後翔子は新しくやり直していくわけです。
電車の行き先は決まっていて、その終着点を変更することはできませんが乗客たちは自身の人生のある部分に乗ることも降りることもできます。そんな乗客たちの乗り降りや行き先を楽しんでいただきたいです。
評価:
あー、すっかり騙されました!
高校時代から組んでいるバンドの練習中におきた事件はいかに行われたか、なぜ行われたのか、が本書の謎の中心となるわけですが「それって謎だったの?」という点が終盤、大きな謎となります。
ホント、騙されました!
最初、こんな感じかな?と思っていたことが結構当たってたことが最後になってわかったのですが読んでいる最中は作者のだましにすっかりひっかかてしまい、いやそれは違うみたい、と思ってしまいました。
騙しはコレだけではなかった!
作者の騙しは最後まで終わらないのです。現在の事件と並行に過去の事件も書かれるのですが、現在と過去との関係、過去の事件のあらましが二転三転。本当は○○は××で△△は〜だよ、と声を大にして言いたいところですがそこはぐっとこらえて、こう言いましょう。
読んで、騙されて!
評価:
前作の『硝子のハンマー』が本格推理小説だったので、3年ぶりの新作はどんなものだろうと思っていたら、これがすごい小説だったのです。
念動力を手に入れた人間たちによって、崩壊し再生された1000年後の世界。念動力を使って他者に攻撃しないように幼いときから教育を受ける管理社会の恐怖と、一見平和に見える世界を襲う危機が描かれます。正直、生理的に受け付けない箇所があり読むのを止めようかなと思うことも何度かありました。しかし、ページをめくることを止めることができず、結局一気に読んでしまいました。圧巻は世界を襲う危機とそれに立ち向かう主人公たちの戦い。最後には驚くべき真実が待ち受けていて最後まで本当に目が離せません。
本書に描かれる社会は人間に教育を施し管理するわけですが、なぜ人間を管理しなければいけないのか、という問題を考えたとき浮き彫りになる人間の凶暴性に背筋が凍る思いがします。「念動力」を「武器」に置き換えるだけで容易に世界は現在にシフトしてしまいます。人間は結局、理性だけでは自身をコントロールできないのでしょうか。エンターティメントでありながら様々な問題を内包している小説です。
評価:
先日市川崑監督がお亡くなりになったので代表作が放送されてました。「ビルマの竪琴」もそのうちの1つで、本書は時間的にはこの「ビルマの竪琴」の少し前の頃、戦況が悪化し戦略的拠点から撤退を余儀なくされた日本軍、従軍看護婦、そしてビルマの現地人たちの「メフェンナーボウン」=「仮面」を描いています。
戦時下、ましてや戦況が悪化し生きるか死ぬかの瀬戸際では自分を守るために「仮面」をつけなければならない。兵士ならば敵を殺すため、負傷して動けなくなった仲間を見捨てるためであり、ビルマの現地人ならば植民地化され支配されても生活やプライドを守るために。しかし「自分よりも他人のために」をモットーとする赤十字看護婦ならば「仮面」をつけていないかといえばそうではない。看護婦たちもまた生死の境を綱渡りしている以上、どこかで切り捨てなければならない部分がある。モットーと生死の駆け引きの中で「仮面」をつけるかつけないかの葛藤や苦悩、後悔が兵士側から語られがちな戦争小説とはまた違った戦争小説を作り上げています。
評価:
年に一度の割合で空から人間が降ってくる田舎町の風変わりなレスキュー隊いや撃墜隊ともいえる集団の話で、なんで人間が降ってくるのか、なんでレスキュー隊は担架ではなくてバットを持っているのか、なんてことは全くわからないまま、時に物理や数学の知識で読者を翻弄しながら淡々と話は進んでいきます。よくわからない、シュールな話。誤読、いや無知を承知で言うならば本書表題作は「村上春樹的不条理小説」と言えばいいのかもしれません。
村上春樹が60〜70年代生まれの作家にとって影響力の強い作家で、実際読んでて作風が影響受けてる、と思う作家は多いです。本書もそうなのか、と思いながら読んだのですがそれでは書評としては面白くもなんともないではないですか。いや、ちょっと待てよと。もしかしたらこれは読者の中にある「村上春樹的世界」を意図的に作り出すことで、これってハルキ?って読者が思うことを楽しんでいるのではないか、と思うのですがどうでしょう。でも、これだと楽しめるのは作者だけですよね。
評価:
小説ではなくて、作者のパリ留学時代のことをまとめたエッセー。異国の地であり、ヨーロッパ人だけでなくアラブ圏からの留学生もいるパリにおいて、所変われば常識も変わるとばかりに、日本では経験したこともないことがてんこもり。その状況を笑いつつも、時には憤りながら過ごす若きタイコの物語です。
実際にあったことばかりなので小説的飛躍に欠け、正直飽きちゃうのですが冒頭の章でホームステイ先の大家レナードが言った言葉「小さな欠点しかない男には、小さな長所しかないわ。大きな欠点のある男には、大きな長所があるのよ」は興味深かった。恋愛論で、男の大きな欠点を許せる女は、できない女が欠点だと感じる些細なことも長所と感じることができるっていう「私ってすごい女なのよ」という自慢にも取れなくはないのですが。この「男」の部分を「街」に置き換えると、この言葉本書に通じるテーマになりませんか?
大きな欠点のあるパリには大きな長所がある、ってことで。
評価:
SFを読みなれていないので表題作以外の作品は読み辛かったです。できれば表題作を先に読むか、先に解説を読んで世界観をつかんでから読み始めたほうがいいかも。冒頭の「帰還」は何の話かよくわからなくて戸惑ってしまいました。
表題作の「夏の涯ての島」も元は長編用の構想を雑誌用に圧縮したということで物語の構成や人物の関係性が良く練られていて面白いのですが、本書の中で好きなのは「わが家のサッカーボール」でした。「わが家のサッカーボール」は人間が変身する能力を持っているけど、たまにうまいこと変身できなかったり、変身したまんま戻らなくなったりと精神状態と密接な関係に、というよりも変身がその人の精神状態を表現しているわけですが、その表現方法が面白かったです。あと、家にある古びたサッカーボールが実は変身したまま元に戻らなくなった家族の一人であり、その家族との交流が微笑ましい。状況はおかしいけど家族愛にあふれた小編になってます。
ひょんなことから暴力団「花園組」のお嬢様を誘拐することになったものの、その誘拐は実は「偽装誘拐」。この偽装誘拐から身代金強奪、偽札、ついには殺人事件!と
ドミノ倒しのごとく巻き起こる事件の数々。さて、どうなることやら。というドタバタコメディ誘拐ミステリです。
以前から東川作品の「そんなのどうでもいい」感が好きでして。力の入れ所が他のミステリを書いている人とは違います。
動機?そんなのどうでもいい。
結末が弱い?そんなのどうでもいい。
伏線張ってたんじゃないの?そんなのどうでもいい。
あれ、あの事件は?そんなのどうでもいい。
ちょっと登場人物グダグダすぎない?そんなのどうでもいい。
ギャグがサムいよ?そんなのどうでもいい。
ミステリの解明部分が一番大事なんだよ。
「終わりよければ全てよし」という言葉はありますが「謎解きよければ全てよし」、ミステリはこうでなくちゃ。だいたい、動機なんていらないし、時には邪魔ともなります。妙に感傷的になるのはどうも苦手だしその部分に枚数を使うくらいならもっとすごいトリック出してみろ、と言いたい。でもきっと真っ当なミステリ読みは怒るんだろうけど。
できれば他の作品も読んでください。『密室の鍵貸します』(光文社文庫)なんかは面白いです。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年3月の課題図書 >下久保玉美の書評