『桜姫』

  • 桜姫
  • 近藤史恵 (著)
  • 角川文庫
  • 税込540円
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評価:星4つ

本作の語り手は、二人の「わたし」だ。ひとりは、大物歌舞伎役者の娘、笙子。笙子は、亡き兄・音也の友人の訪問をきっかけに、その死の謎に迫ろうとする。もうひとりは、歌舞伎の大部屋役者、瀬川小菊。こちらは、近藤氏の歌舞伎シリーズでお馴染みのキャラクター。相棒には私立探偵の今泉文吾がいて、本作にも勿論登場する。二人の「わたし」を結びつけるのは、若手歌舞伎役者、中村銀京。彼は音也の友人であり、小菊に「桜姫東文章」の公演をもちかける。小菊が出演した別の舞台「伽羅先代萩」で、行方不明になった少年が遺体で発見され、二人の「わたし」は「少年の死」という共通項を持つことになる。
舞台の上で演じられている愛と、現実の愛。二つの切なく美しい愛が、やがて二重写しとなる。演目が「桜姫…」「伽羅…」だった理由を知る瞬間は、哀しくもあるが、一方で清々しい思いに満たされる。根底に「愛」があるからだろう。

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『ライダー定食』

  • ライダー定食
  • 東直己 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込620円
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評価:星5つ

「納豆箸牧山鉄斎」では、佐藤家にやってきた箸、牧山鉄斎が、仲間の箸から「自分が納豆箸(納豆専用の箸)にされる」と聞かされる。そこから「箸達のアイデンティティとは何ぞや」「人間は箸をどう考えているか」という激論が始まってしまう。でも実はこれ、箸=人間、人間=神にあてて書いたのかな、と思える節がある。例えば、「我我箸は、人間様の御創りになった体で、人間様が御遣わしになった場所で、与えられた使命に御仕えする(p92)」なんて所。でも、こんな理屈をつけようとする頭の上を、笑いのブルドーザーがなぎ倒しに来る感じ。とにかく、まともな事を考えようとする気が失せてしまう。いやぁ、久しぶりに心の底から笑えました。こんなに笑えるとは、人生まだまだ捨てたものではありません。落ち込んでいる人、イライラしてる人必見です。
「ライダー定食」では、愛されないOLが、癒しを求めてツーリングに。彼女の道行きを描いたブラックユーモア炸裂の本作は、是非魔夜峰央さんに漫画化してもらいたい!感傷を一切取り払うような、シャープな画風と絶対合うと思います。

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『犬はどこだ』

  • 犬はどこだ
  • 米澤穂信 (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込777円
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評価:星3つ

25歳にして銀行をリタイアした主人公が選んだ職業は、犬探し専門の探偵。なのに、持ち込まれるのは、「失踪した女性を探して欲しい」「古文書の由来を探って欲しい」と畑違いの相談事ばかり。「失踪した女性探し」とくれば、映画にもなったレイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』みたいだが、「大男の恋人探し」ではなく「祖父の孫娘探し」なので、色っぽい要素は皆無(なんて思っていたが…以下割愛)。後者の「古文書の由来探し」なんて、北森鴻さんのシリーズもの、蓮丈那智&三國コンビの専門だろう。ハードボイルドなイメージに憧れているだけの助手に解決できるか?と思いきや、意外としっかりしていて驚く。残念だったのは、肝心の失踪した女性についてだ。関係者からの情報によって、彼女の別の面が次々と明らかになるが、「じゃあ本当はどういう人だったのか」という点が、本人からは明かされず終わる。そのため、実像がつかめず、モヤモヤした感じが残る。また、本作は助手と主人公の一人称で交互に描かれており、一応、「私」「俺」と人称を変えているが、ある程度読まないと、どちらの視点で書かれているのか分かりづらい点もあり、気になった。

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『墓標なき墓場高城高全集(1)』

  • 墓標なき墓場高城高全集(1)
  • 高城高(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込609円
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評価:星3つ

不二新報網走支局長・江上とその妻が、新聞の死亡記事を見た時の会話から、物語は始まる。そして江上が『天陵丸沈没事件』というスクラップブックの表紙を見つめているシーンから、舞台は一気に3年前に飛ぶ。まるで映画の導入部を見ているようなオープニングだ。意気軒昂だった江上が、釧路支局長として特種(とくだね)を追い、船の沈没にある秘密が隠されている事を突き止める様子が、丹念に描かれている。技巧に依らず、しっかりした小説を書く人なのだな、とは思う。ただ、江上が物語の真相に気づくまでの過程が、急速過ぎるように思った。もう少し「ああではないか」「こうではないか」など、主人公が迷うシーンがあると、読者も一緒にあれこれ考えられたのに。ハードボイルド小説を読みつけないので、説明を省いた描写に慣れていないだけかもしれない。あと、時代色もあるかもしれないが、「霧のなかで毎日暮らしてるもの…わたしの空気だわ(p172)」なんて言う大人びた少女の言動にも違和感を感じた。

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『ひなのころ』

  • ひなのころ
  • 粕谷知世(著)
  • 中公文庫
  • 税込680円
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評価:星4つ

大人なんて本当に勝手だ。子供の頃は、大人を気づかって言いたい事を言わずにいれば、 「手がかからなくていい」なんて思っていたくせに。高校生になってから、「あんたはほんとに、いっつもそう。何がしたいとか、どうしたいとか、ぜんぜん言わない。(p188)」なんて言われても、そう簡単に性格なんて変えられない。こんな思い、下にきょうだいのいる「長男」「長女」ならば、一度ならず体験したのでは?
本書は、そんな「長女」のひとり、風美が主人公だ。彼女は、病弱な弟、彼に手をかけがちな両親、言葉のきつい祖母と暮らす。物語は、「四歳の春」「十一歳の夏」「十五歳の秋」「十七歳の冬」と季節の流れと風美の成長を絡ませて進行する。ファンタジーは、現実を忘れさせてくれる逃げ場ではなく、側にあって、辛い気持ちをそっとくるむ、毛布みたいな存在に。新潮社の日本ファンタジーノベル大賞(第13回)受賞者ということで、もっとファンタジー色が強いものを想像していたが、意外に現実色が強かった。ちなみに、この時優秀賞を受賞したのは、今『しゃばけ』シリーズで大ブレイク中の畠中恵さんだ。四つの箱が一本道に離れておいてある表紙イラストは、早川司寿乃氏が担当。帯の下にも、是非ご注目を。

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『贖罪(上・下)』

  • 贖罪(上・下)
  • イアン・マキューアン(著)
  • 新潮文庫
  • 税込580〜620円
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評価:星4つ

第一部の舞台は、1935年夏、イギリス。良家の娘ブライオニー・タリスは、帰省する最愛の兄のために自作のロマンス劇を上演しようと意気込んでいた。家族、兄の知人であるチョコレートバー長者、掃除婦の息子ロビー、全ての登場人物がタリス邸に集まって来る。第一部は、それぞれの視点で物語が描かれ、登場人物の内なる焦燥感や苛立ちが明らかにされる。何やら事件が起こりそうな予感をはらませる、上々の滑り出しだ。架空のロマンスにおいては寛容だったブライオニーが、姉とロビーの現実の性愛を目撃した時に、激しい嫌悪感を抱き、嘘をついて、二人の仲を引き裂いてしまう。第一部の幕切れは、ブライオニーの少女時代の終わりを象徴し、ロビーの母親の「嘘つき!」という叫びが、その後の彼女の人生を支配する。第二部、第三部では、戦時下のブライオニーと姉、ロビーが描かれ、最後に「贖罪」というタイトルで、一九九九年、小説家となったブライオニーの現状が綴られる。実はこのラストの章がキイであり、「小説家だけができる贖罪のかたち」について、考えさせられる作品だった。

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『ジャンパー グリフィンの物語』

  • ジャンパー グリフィンの物語
  • スティーヴン・グールド(著)
  • ハヤカワ文庫SF
  • 税込740円
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評価:星3つ

映画『ジャンパー』の前日譚らしい。映画未見のため、『スター・ウォーズ』シリーズでアナキン(ダース・ベイダー)を演じたヘイデン・クリステンセンが、ジャンパーらしきものを着て飛んでいる帯を見て、てっきり服が特殊能力の源だと思い込んでいた。映画のタイトルだから仕方がないというものの、果たしてこの邦題で「ジャンパー=ジャンプする者=テレポーテーション能力を持つ者」と、すんなり理解してもらえるんだろうか?
本作では、特殊能力を持つ少年グリフィンが、開巻31ページ目にして天涯孤独に。そこから始まるのは、お定まりの、追跡をかわしながらの逃走劇。助けてくれた友人、憧れていた年上の女性、優しい母親代わり、初めて出来た親友、そして初めて愛する人、等々。ここまで全てを奪われて、相手に正義を説かず復讐を選ぶ彼を責めるのは、ナンセンスか。誰もが羨む能力を持ちながら、その能力故に追われる皮肉な運命を辿るグリフィンが、次第に逞しくなってゆく姿を描いたビルドゥングス・ロマン。但し、一点違和感が。グリフィンが『ハリー・ポッター』シリーズを読んでいたり、スティーヴン・キング原作の映画を見ていたり。虚構の話なのに、わざわざ現実世界との接点を持たせなくても良かったのでは?

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勝手に目利き

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『いつから、中年?』 酒井順子/講談社

「四十にして惑わず」と言うけれど、「こうなるはずではなかった人生」について、惑いが完全に消えたとは言いきれない。じゃあ、他の皆は迷いが消え、自分に自信が持てているんだろうか?迷っているのは、私だけ?本作を手に取る人の多くは、そんな迷える大人達なのでは?そして彼女の意見を読んで、「ああ、こういう所はおんなじだ。」「こういう見方はしないな。」と感じて納得し、或いは反発するかもしれない。『怒る女上司、泣く男部下』では、「管理職は苦労してるんだなぁ」と、今になってある女性の心情に思いを馳せる。『断定回避世代の総理が誕生』では、安倍首相の言葉尻まで捉えての人間観察はすごいな、と感心するばかり。「もっと観察力を磨くと、惑うことも少なくなるかも!」と意気込む。というより、観察力って、長く生きていく上で絶対必要だな、と再認識した。同世代だけじゃなく、幅広い世代に是非読んでもらって、感想を聞いてみたい一冊。『週刊現代』連載の単行本化第3弾。

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岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。

感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」

よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。

子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

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