『桜姫』

  • 桜姫
  • 近藤史恵 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込620
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評価:星3つ

 人生において、知らなくても良いことなんてあるのでしょうか。
 知らなければ普通に生きていけたのに、知ってしまったが為に茨の道を歩まざるをえなくなってしまうのであれば、知らなくて良いことというのもあるのかも知れません。しかし、笙子と銀京にとって、音也の死の真相は知らなければいけないことだったのです。それがどんなに辛い事実だったとしても。
 梨園という舞台設定と時折本文に挿入される観念的な文章に、普通のミステリーであるにもかかわらずとても幻想的な雰囲気を感じました。歌舞伎に興味が湧く、著者の歌舞伎愛を感じる作品でもありました。

 また、本作を読了後、サン=テグジュペリを撃墜した元ドイツ兵が判明したとのニュースを読んだのですが、彼はサン=テグジュペリのファンで、自分が撃墜したのはサン=テグジュペリで無いことをずっと願い続けていたそうです。笙子が音也を殺したのは自分ではないか、と考え続けていたことともリンクしてとても切なくなりました。

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『ライダー定食』

  • ライダー定食
  • 東直己 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込620円
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評価:星5つ

 表題作「ライダー定食」の主人公彰子のダメっぷりは自分のことを書いているのかと思えるほど、自分に似ていて、かなり感情移入して読んでいましたが、衝撃のラストにイスから転げ落ちるほど驚きました。これについてはとても語りたいのですが、予備知識なしに無警戒で読んだ方が絶対に良いですので、私がちょっと書いたこの文すらも忘れて読んで欲しいです。人と関係するのが苦手な世のダメ人間必読のお話。
「納豆箸牧山鉄斎」は箸、「間柴慎悟伝」は蝿、という人間以外が主人公の物語で、バカバカしいことを登場人物に大真面目に語らせる内容に爆笑必至。視点が次々に変わっていく「炭素の記憶」は世の無常を描いているかのような内容で個人的にはこれが一番面白く読めました。残りの二篇ももちろん面白く、全篇ハズレなし。内容は様々ですが人間社会(と箸社会と蝿社会)の俯瞰図を、驚きと笑いと幻想の物語として描いた六篇の作品。こんな傑作今まで読んだことないっス。

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『犬はどこだ』

  • 犬はどこだ
  • 米澤穂信 (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込777円
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評価:星3つ

 犬探し専門の探偵事務所なのに、開業初日に持ち込まれた奇妙な人探しの依頼。そして後から持ち込まれた古文書の調査依頼。一方では些事に過ぎない出来事が、もう一方にとっては核心を衝いた出来事だったりするのはよくある手法ですが、繋がっていくと驚きもあり、やはり楽しく読めます。そして、チャット仲間の協力で事件の真相に近づいていく中盤の展開は、自分がパソコンに無知だからかも知れませんが、非常に興味深く、また物語に勢いがついて、ここからは一気に読んでしまいました。
 ただ、真相究明に繋げるために、古文書の調査を無理やり物語に組み込んだ感じが読んでいてどうしても拭えず、また、たまに出てくる難しい言葉が通常の平易な文章にいまいちハマっていないような気がして、のめり込んで読むまでには至りませんでした。しかし、それはまるきり私の主観というか好みの問題。ラストとそこに至るまでの仕掛けも驚きがあって、楽しく読めると思います。

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『墓標なき墓場高城高全集(1)』

  • 墓標なき墓場高城高全集(1)
  • 高城高(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込609円
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評価:星5つ

 父親の世代と自分を比べると、自分の精神年齢は七掛け程度だなあ、とこの歳(現在三十五歳)になってからすごく感じます。昭和三十年代を舞台にした本作の登場人物は皆そうなのですが、特に主人公江上武也は私と同年代なのに、読んでいると四十歳後半で老練な人物といった印象を受けます。昔の人は成熟が早かったというか、自分が未熟過ぎるというか、何だか読んでいて恥ずかしくなりました。江上は人の扱い方をもの凄くわかっているように思えます。新聞の新規購読勧誘で問題を起こした拡張員の親玉、落合と初めて会った時、修羅場になりそうなところを落ちついた対応でやりすごした場面には同じ男として痺れました。ただこれは、昔の人というよりも個人の能力の問題なのかも知れませんけどね。

 五十年近く前に発表された小説なのに、古さを感じたのは人の身長を「五尺四寸」などと表現するところだけでした。こんなレベルの高い作品群の全集が文庫本三冊で揃うなんて、絶対に買いですね。

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『ひなのころ』

  • ひなのころ
  • 粕谷知世(著)
  • 中公文庫
  • 税込680円
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評価:星3つ

 主人公風美の「四歳の春」「十一歳の夏」「十五歳の秋」「十七歳の冬」を描いた連作短篇集。
 風美が雛人形と話したりするくだりなんかはファンタジーのようで不思議な感じですが、忘れているだけで子供の頃は誰にでもあった体験なんじゃないでしょうか。実際に体験したことと、頭の中で考えたことの区別というのは、他でもない自分自身がつけている訳で、その区別があやふやな子供時代から成長するにつれて不思議な体験が少なくなっていく本作は、ファンタジーではなくリアルな物語なのです。両親の喧嘩やおばあちゃんの痴呆、受験、物語になると特別なように思えますが、このようなこともまた誰でも経験する出来事で、自分自身のことを思い出し、読了後は懐かしいけれどちょっとせつない、何とも言えない気持ちになりました。

 本作は著者唯一の文庫本。手にとりやすいので、この本が売れてその他の作品ももっと店頭にならべば好いのにな、と思います。

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『贖罪(上・下)』

  • 贖罪(上・下)
  • イアン・マキューアン(著)
  • 新潮文庫
  • 税込580〜620円
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評価:星5つ

 登場人物の内面描写にはかなり惹きつけられるものがあり、それを読むことが出来ただけでも良かったのですが、それ以上に本作は「物語という背骨」がしっかりしていて、終盤のしかけにも驚きがあり、物語としての単純な面白さで読み進めることが出来るので、非常に読みやすかったです。
 果たして、ブライオニーの罪は一生をかけて償っても許されない罪なのか。ブライオニー、セシーリア、ロビーの生き様は、どのような出来事が自分に起ころうとも、そんなこととはお構いなしに人生はすすみ、そしてこの世界の中で自分だけが特別な存在ではなく、「他人も自分と同じくリアル」な存在なのだということを教えてくれます。

 ザ・小説というか、よゐこ濱口優風に言うと読了後は「小説、読んだどぉ〜!!」と叫びたくなるほど感動しました。水村美苗「本格小説」に感動された方でしたら本作は好きなタイプの小説だと思います。

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『ジャンパー グリフィンの物語』

  • ジャンパー グリフィンの物語
  • スティーヴン・グールド(著)
  • ハヤカワ文庫SF
  • 税込740円
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評価:星4つ

 ポピュラーな超能力の中で、瞬間移動は非常に魅力的です。目的地に一瞬で移動出来るのはもちろん、溺れそうになっても、高いところから落ちそうになっても、瞬間移動すれば大丈夫。敵と対峙しても後ろから襲われたりしない限り傷つけられる可能性は少ない、とほぼ無敵状態に思えます。ですから、この能力者を物語の主人公にする場合、敵の設定が非常に難しいと思うのですが、本作では組織的に活動する瞬間移動を感知出来る能力者を敵にすることで、見事に力の均衡を保っていて、非常に緊張感のある内容でした。謎の組織は、主人公グリフィンに普通の生活を送ることさえ許しません。それでも色々な人の助けを受けながら成長していくグリフィン。読んでいてすごく哀しくなるところもあるのですが、それだけにすごくグリフィンのことが好きになりました。
 映画観て読むも好し、読んでから映画を観るも好し、これを読めば映画をより楽しめると思いますし、映画を観れば、本作をより楽しめると思います。

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勝手に目利き

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『告白』 町田康/中央公論新社

 本作は明治時代、実際にあった大量殺人事件「水分騒動」を題材にしていますが、物語は熊太郎の内面描写を中心に展開していき、ほとんどが創作された内容となっています。
 思慮の浅い人間が幅を利かす世の中で、頭の中に思弁渦巻く熊太郎の苦悩には心打たれるものがありました。しかし、その熊太郎自身がダメ人間。それがこの作品、また他の町田作品の深いところであり、笑えるところなのです。作中使われる「あかんではないか」はそんな状況を一言で表現するすばらしい言葉だと感じました。

 思弁的な人間が世間とのコミュニケーションギャップによって、引き返し不可能なところまで転落していく様子が軽妙な筆致で見事に描かれた大傑作。
 と、私のようなヌルい読者が今さらこの作品を絶賛したところで、「ハンバーグという料理があるんですが、凄く美味しいよ」と言っているようなもの。「わかっとるわい!」って話なのですが、我慢出来ずに書いちゃいました。
 あかんではないか。

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佐々木康彦

佐々木康彦(ささき やすひこ)

1973年生まれ。兵庫県伊丹市出身、大阪府在住の会社員です。
30歳になるまでは宇宙物理学の通俗本や恐竜、オカルト系の本ばかり読んでいましたが、浅田次郎の「きんぴか」を読んで小説の面白さに目覚め、それからは普段の読書の9割が文芸書となりました。
好きな作家は浅田次郎、村上春樹、町田康、川上弘美、古川日出男。
漫画では古谷実、星野之宣、音楽は斉藤和義、スガシカオ、山崎まさよし、ジャック・ジョンソンが好きです。
会社帰りに紀伊国屋梅田本店かブックファースト梅田3階店に立ち寄るのが日課です。

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