WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年4月 >島村真理の書評
評価:
歌舞伎はかつて身近な娯楽だったはずなのに、今では伝統がからみついてまるで別世界。華やかな芝居と一緒で、夢の世界みたいだ。大物歌舞伎役者の娘、笙子と、若手歌舞伎役者の銀京が、幼くして亡くなったという音也の死の謎をさぐる恋愛ミステリーだが、これは、小菊と今泉が梨園の事件を解決する歌舞伎シリーズの第三作目。「桜姫東文章」という鶴屋南北の作品をモチーフに(内容を知らない私には)、なにか深いものがありそうな気分を盛り上げてくる。
仲間から煙たがられている銀京は、避けられているとはいえ魅力的で、“隠されたもの”の象徴みたいだし、笙子の理由がわからない悩みと、お決まりの父との確執は、せつない気持ちを煽るのに調度いい。封印されていたものが一気に解放される後半は、思いもよらなくて驚きでした。
歌舞伎界の魅力満載の作品でしたが、探偵としての今泉の活躍がいまいちみえてこなくて残念です。
評価:
裏切られるという行為は、読書においては“当たり”だと思う。想像を超えた展開、結末など、読んでいてうれしいできごとの一つ。この本も、“こんなのあり?”が満載でちょっとうれしい驚きでした。
東直己は初めてだったので、帯の「唖然、呆然、愕然」を見てもピンと来ない。解説を読んでみると、まず、「ハードボイルド作家」という言葉があるから、この短編集の隅々から匂ってくる、ブラックなユーモアとは違うところにいる人なのだろう。
箸たちの立場で、蝿の気持ちになって、あるいは、裁判所からつれづれなるままたどった記憶。どれをとってもナンセンスで意外。一番印象深かったのは「ライダー定食」。人に嫌われる彰子の北海道バイクツーリング記だが、こんな女がそばにいたら、厭だという女を見事に表している(そんな周囲の人物のいやらしさもすばらしく不快)。もちろん人物描写だけでなく、美しい自然と殺伐とした結末が実に奇妙で、こんな気分にさせる作品もなかなかめずらしいと思います。
評価:
淡々と事務的にきちんと仕事をこなす探偵、いや調査員、紺屋が好きだ。犬捜しの調査事務所を開いたとたん、失踪人捜索と古文書の解読依頼。そして、転がり込んでくる探偵志望の後輩。社会復帰のためとはいえ、これだけ意に沿わない展開を受け入れることは難しい。なのに、さらりと(頭の中では否定しつつも)前に進む紺屋を、きらきらした目で見てしまうのもしかたがないでしょ?ハードボイルドといえばそれまでだが、感情的にならずに有能すぎるのも少々変かも。依頼された仕事がその後、形を変えてクロスしていくのはワクワクしました。
解説を読ませてもらうと、作者がかなり意識的に作品づくりとキャラクター作りをしていることを知ることができる。過去のすばらしい作品をリスペクトし、ファンをニヤリとさせてくれる、文句なくすばらしい才能と出会えて含み笑いがとまりません。
評価:
北海道、釧路に根室というと、雪に閉ざされた極寒の地、人は沈黙し(イメージ)、よそ者を寄せ付けず(イメージ)、そこで起きた事件も隠密裏に隠される(あくまでイメージ)場所で、天陵丸事故が起こる。舞台と役者はそろい、そこに新聞記者江上の登場でハードボイルドが完成する。……と、妄想もたっぷりだが、不二新報網走支局長の江上がかつてすっぱ抜いた事故から、その裏をとっていく地道で執念深い姿は、まさに、この土地のイメージにぴったりだと思った。
過去の回想や会話の断片が、次へ次へと思考をかきたてていってくれて、非常に心地いい。左遷同然とされていた江上が、事の真相にたどりつくのは多少唐突な気がしなくもないけれど。天陵丸の持ち主殿村水産の元社長夫人、新聞普及員落合の妻靖子、アイヌの血を感じさせる奈津江など、登場する女性が旅情と詩情を盛り上げていて、サスペンスドラマみたいです。
評価:
兄弟姉妹のいる人なら、だれでも一度は感じたことがある気持ち。「自分よりもあっちの方が親に愛されている」。ちょっとせつなく自己愛に浸っちゃう、あの思いを思いおこさせる話でした。
祖母と同居している風美一家。仕事に忙しい父、弟の看病に忙しい母、厳しい祖母。風美は小さなころから自立しなきゃならない環境におかれています。無理やり背伸びして、感情を押し殺してきて、やり過ごしてきた思春期の終りに、ついに本当に自分と向き合う。大人に近づく瞬間。そんな、少女の成長と、家族のできごとが、死とか老いとか、そういうものを身近において、結局は心開ける家族がいてと、なんとも贅沢な感じで、心からほっとしました。
わだかまりを全部さらしちゃったら、もうすっきり。そういうのが家族のいいところです。清々しくあったかいお話。
評価:
古典大河ドラマ、引き裂かれる恋人、そして、犯人探し。好きな要素がてんこ盛りとなった夢のような小説です。姉の恋路を邪魔してしまった少女の正義と、彼女が負ってしまう罪と結末は、戦争の悲惨さとあいまって悲劇的で圧巻でした。もちろん、引き裂かれた恋人たちや家族の崩壊っぷりもメロドラマで、見事に読者のツボを押えていて楽しませてくれます。
けれどそういう大きな流れとは別のところに、作者の意図も見え隠れします。それが、作品の隠し味というか、小説が抱える真実というか。その点は読者にとって悲劇的に見えるけれど、希望の姿なのでしょうね。
何はともあれ、はまっちゃって上手く言えません。一気に読ませてくれる、素晴らしい作品です。
評価:
はじめ、映画化された「ジャンパー」の原作本かと思ったら、その番外編でした。前日譚ですが、“ジャンパー”グリフィン少年の、激動の成長記。あまりにも悲劇的で震えてしまった。
そもそも“ジャンパー”とは、「テレポーテーションですきなところへ飛んでいくことができる人」のことだ。若干5歳で、この才能が発露してしまったグリフィン。おいしくて魅力的な状況に思えるが、“出すぎた杭はうたれる”がごとく、その才能が彼と彼の周辺に不幸を呼び寄せてしまう。とても、わかりやすい状況だけれど、無常で不平等なのはやっぱり許せないよね。大きな権力に踏みつけられ、殺されそうになる彼を、心から応援しました。そして、その後の彼の様子が知りたくて、映画、行ってきました(でも、物足りなくて原作も読みたくなりました)。
映画の設定にあわせて書かれた本書ですが、原作者の手によるものなので文句ない内容。こんな広がり方もあるなんてうれしいです。
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