『ジーン・ワルツ』

  • ジーン・ワルツ
  • 海堂 尊 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,575円
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評価:星●3つ

一概にミステリとは括れない。けれど生殖医療という「神の領域」感の残る世界に踏み込んだストーリーは、ある意味ミステリ以上にミステリさを醸し出している。妊娠〜出産というドラマを通じ、エンタテインメント性を全面に押し出して読み手を引きつけながらも、産婦人科医である曾根崎理恵の大胆不敵な言動には、現役医師である著者の日本医療に対する危惧と義憤が滲み出ていると思えるのだ──と、ムズカシイ言葉はさておき、読み物として大変面白い小説です。テンポもいいし、キャラたちが個性的であっという間に引き込まれていきます。
「この子は、誰の子なの?」的な展開は、ひと昔なら昼メロなんかでよくあったけど、現代医学の発展によって「こんなコトまで!?」できちゃうんですね。本作はそれがキーですけど。
 話の流れが恣意的なてらいもあるけれど、それはまあフィクションということで。何より現場をバーチャル体験できる海堂作品は、医療小説の至宝とも言えますから。

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『戸村飯店青春100連発』

  • 戸村飯店青春100連発
  • 瀬尾 まいこ (著)
  • 理論社
  • 税込 1575円
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評価:星3つ

 なんとまあストレートなタイトルですこと。瀬尾まいこ作品だから命名できるんですよコレ。でもって登場する兄弟もタイトルに負けず劣らずアホアホパワー全開のセイシュンを繰り広げてくれています。ハッキリ言います。こういうお話「大好き!」です。
『じゃりン子チエ』や『兎の眼』を彷彿させる大阪下町。中華料理屋の兄弟は対照的な性格……てな人物設定なのですが、ページをめくるにつれ、互いが抱く兄弟へのコンプレックスや、あれこれ考えすぎる部分なんて「やっぱ自分ら、よう似た兄弟やんか」とツッコミを入れたくなる。歯に衣着せぬ言動の大阪常連客と、兄が暮らす東京の人々が対照的で、だからこそ二つの町の違い、離れて暮らす兄弟の、それぞれの思いが一層浮き出てくるわけで、このあたり瀬尾さんは巧いなあ……と思うのです。終盤、ウルフルズを聴いた兄が帰郷を決意するくだりなんてもう……大阪人なら「せやせや」って頷いていることでしょう。ビバ青春。戸村兄弟に幸あれ。

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『そろそろ旅に』

  • そろそろ旅に
  • 松井 今朝子 (著)
  • 講談社
  • 税込1,890円
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評価:星3つ

 簡潔に表現すれば『東海道中膝栗毛』作者、十返舎一九の半生記にほかならないのだが、松井さんが描くとなると、町や人情が俄に飛び込んでくる。しかも本書は十返舎一九が『東海道〜』を書くまでの話。人生を生きあぐねている彼の人間臭さがそこかしこに散らばっているから、たとい史実からデフォルメした話としても、一層リアルに彼の苦悩を感じ取ることができるのだ。で、読みながら「弱いなあ、この男。逃げてばっかじゃん」と楽天の野村監督みたいにボヤきたくなってしまう。それは他ならぬ、現代の男(というか、自分)も然りであり……。思わずシンパシーを覚え、読了翌日に彼の墓がある寺に行ってしまった。
 蔦屋重三郎や山東京伝、式亭三馬、滝沢馬琴など、化政文化を担った人々が一九と絡むあたり、業界裏話的な要素があって楽しめる。それと気付いたのだが、一九って文才も画才もあったというから、今で言うところのリリー・フランキーではないかと。

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『遺稿集』

  • 遺稿集
  • 鴨志田 穣 (著)
  • 講談社
  • 税込1,890円
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評価:星3つ

 いきなり話がそれますが、西原理恵子『毎日かあさん』が大好きです。親なら必ずや共感できる子供のアンビリーバボーな逸話の数々に、腹を抱えて笑うことシキリ──だからこそ「喜」の振り子が「哀」に向きを変えたときの感情の揺さぶられ方は半端ではなく、第4巻の終章における夫君「鴨ちゃん」の最期に号泣しました。渋谷リブロで立ち読みしながら。(あ、そのあとちゃんとレジに行って購入しましたから)
 本書は、その鴨ちゃんが描く『毎日〜』のB面とでもいいましょうか。アルコール依存症の夫が何を考え、何から逃げていたのかが随想録や自伝風小説から垣間見られるものです。とにもかくにも、強そうで弱い男の猛ダッシュな生き様が散りばめられており、共感はできないものの、彼の遺した言葉がかなりのインパクトで迫ってきて……いやもう、圧倒されました。
 312頁、途中で文章が途切れ、(未完)とある。そうか、鴨ちゃん、いないんだよね。

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『エヴリブレス』

  • エヴリブレス
  • 瀬名 秀明(著)
  • エフエム東京
  • 税込1,680円
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評価:星3つ

 序盤、入り乱れる時間軸に戸惑いながら読み進めるのだが、それが本作のキーとなる《BRT》なる仮想空間に関わると知るや、ググイとストーリーに引きつけられてしまった。
 ホンネを言うと、理系アレルギーのある自分にとって生命学、金融工学、物理学などなど瀬名秀明ワールド全開の言葉の数々にギブ寸前だったのであるが、なんとか持ち堪えられたのは主人公・杏子の、思いを寄せる人に対するストイックさに「キュン」となったからで、それがあの年齢まで続くなんて……なかなかの感動。
 読んでいるうちに、今ここに居る自分ってのは何だろうか、生きているってどういうことだろうかと柄にもなく考えてしまう。バーチャル世界が現実に迫ってきている昨今、この作品は一足早くにそんな世界をチラ見させてくれているのだ。
 でも個人的にはかなりハードル高かった。洋物SFを読んでいる気分だったなあと。

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『サトシ・マイナス』

  • サトシ・マイナス
  • 早瀬 乱(著)
  • 東京創元社
  • 税込1,575円
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評価:星3つ

 多重人格モノを読んだことがない為か、「この話はどうオチがつくのだろうか?」といつになくワクワクしながらページをめくっている自分がおりました。それと、異なる人格を活字で如何に料理するのかも興味がありまして、この作品では主人公サトシの周りにいる人々(恋人のカレンや友人のオカベetc.)が外堀を埋めていく展開であり、長年封印していた「サトシ・プラス」の謎が解けていくにつれ、ホホウ読ませるじゃないか、と感心しておりました。
 自分には少し高度なテーマだったので、読了後に多重人格についてネット検索してみますに、この障害は幼児期のトラウマなどが原因で、その回避から「別の誰か」を作りあげることだそうで、サトシがそれだったのだなと。けれどこの本全体に醸している雰囲気は、暗鬱としたものではなく、少しズレた脇役たちのアッケラカンとした言動の数々にフフフと微笑みながら楽しく読むことができた次第。愛されてるんだなあ、サトシ。うらやましいぞ。

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『四月馬鹿』

  • 四月馬鹿
  • ヨシップ・ノヴァコヴィッチ(著)
  • 白水社
  • 税込2,520円
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評価:星3つ

 これから本書を手に取る方には、あらかじめ第二次世界大戦以降の旧ユーゴについてのおおまかな知識を得てからページをめくることをオススメします。でないと主人公であるイヴァンの波乱に富んだ人生が、あまりにも皮肉で馬鹿らしいものとしか思えないでしょうし、この物語全体が不条理だらけの寓話にしか見えないかも知れませんので。
 で、ある程度のコトを理解してから読みまするに、このきっついジョークとしか思えない話がそれほど昔でないユーゴの、生死隣り合わせの時代に居合わせた男の悲喜劇であると、嫌というほど解るはずです。エロもグロもひっくるめて、本当に洒落になってないのです。
 今、巷ではちょっとした「お馬鹿」ブームでありますが、はたして馬鹿の定義って何でしょうね? 実は「お馬鹿」を演じている人ほど、馬鹿ではないのではと。むしろこの小説の世界と対極にある、平和ボケしたこのニッポンそのものが「お馬鹿」なのかも知れません。

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勝手に目利き

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『主題歌』 柴崎友香/講談社

 何となく好きな小説というものがあって、柴崎作品が該当するのです。ほんわかとして、それでいて核があって、胸の中にストンと落ちるものがある……なかなか説明しづらいのですけど、彼女の大阪ものを読んでいると癒されるのです。
 3つの中短編からなる本作は、とりわけ表題作の「主題歌」が個人的にはピカイチでした。大阪キタの会社に勤める女性たち──セクシャルな意味でなく「かわいい女の子が好き」という共通認識を持つ彼女たちが繰り広げる日常のあれこれが、フツーに描かれているのですが、思えばこの「フツーな出来事」を「フツーに読ませる」というのはもの凄く難しいことなのではないかと思うワケです。日々の描写は誰にでも書けそうだが、柴崎さんの手にかかるとアラ不思議、パステル画のように色彩を帯びて街が、人物が浮かび上がってくるのですから、これはもう職人技でしょう。女性による女性の見方をライトに感じられる秀作です。

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『言葉を恃む』 竹西寛子/岩波書店

 一日一冊くらいのペースで本を読んでおりますと、アタリハズレは覚悟しているのですが、つらいのは発想先行の駄文小説やトホホな邦訳に出くわして自分の言語感覚が麻痺してくること。もっと美しい言葉に触れなくてはイカンと思うワケです。
 著者、竹西先生は教科書などでお馴染みの方ですが、この本は講演録を基にしたもの。松尾芭蕉、与謝野晶子、野上弥生子、川端康成など先達の言葉を借りながら、「いい加減でない日本語を使いたい」という謙虚さ、「言葉遣いを粗末にするということは、自分の生き方を粗末にすることだ」と自らを律する姿勢に背筋が伸びます。
 話言葉の乱れを憂う声をよく聞きますが、小説のそれをあまり聞かない気がします。もちろん内容ありきで面白さ優先の本も歓迎。けれど言葉のもつ美しさ、力によって人の生き方はもっと豊かなものになるのではなかろうかと、この本を読んで考えた次第です。

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佐々木克雄

佐々木克雄(ささき かつお)

 惑ってばかりの不惑(1967年生まれ)、仕事は主夫&本作りを少々。東京都出身&在住。
 好きなジャンルは特になく何でも読みますが、小説を超えた「何か」を与えてくれる 作品が好きです。時間を忘れさせてくれる作品も。好きな作家は三島由紀夫、宮脇俊 三、浅田次郎、吉田修一。最近だと山本幸久、森見登美彦、豊島ミホ。海外の作品は 苦手でしたが、カルロス・ルイス・サフォン『風の影』を読んで考えが変わりました。
 10歳で『フランダースの犬』を読んで泣き、20歳で灰谷健次郎『兎の眼』、30歳で南 木佳士『医学生』で泣きました。今年40歳、新たな「泣かせ本」に出会うべく新宿紀伊國屋本店を徘徊しています。

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