『そろそろ旅に』

そろそろ旅に
  • 松井 今朝子 (著)
  • 講談社
  • 税込1,890円
  • 2008年3月
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
  1. ジーン・ワルツ
  2. 戸村飯店青春100連発
  3. そろそろ旅に
  4. 遺稿集
  5. エヴリブレス
  6. サトシ・マイナス
  7. 四月馬鹿
佐々木克雄

評価:星3つ

 簡潔に表現すれば『東海道中膝栗毛』作者、十返舎一九の半生記にほかならないのだが、松井さんが描くとなると、町や人情が俄に飛び込んでくる。しかも本書は十返舎一九が『東海道〜』を書くまでの話。人生を生きあぐねている彼の人間臭さがそこかしこに散らばっているから、たとい史実からデフォルメした話としても、一層リアルに彼の苦悩を感じ取ることができるのだ。で、読みながら「弱いなあ、この男。逃げてばっかじゃん」と楽天の野村監督みたいにボヤきたくなってしまう。それは他ならぬ、現代の男(というか、自分)も然りであり……。思わずシンパシーを覚え、読了翌日に彼の墓がある寺に行ってしまった。
 蔦屋重三郎や山東京伝、式亭三馬、滝沢馬琴など、化政文化を担った人々が一九と絡むあたり、業界裏話的な要素があって楽しめる。それと気付いたのだが、一九って文才も画才もあったというから、今で言うところのリリー・フランキーではないかと。

▲TOPへ戻る

下久保玉美

評価:星3つ

 『東海道中膝栗毛』を書いた十返舎一九の若き日の物語。お供の太吉と共に故郷駿府から大阪、江戸へと旅を続けるうちに武士から商人、そして劇作家になる過程を描いてます。江戸後期の文化史のお勉強になりました。『南総里見八犬伝』の作者滝沢馬琴なんて名前がすっと出なくて本当に焦りましたよ。
 それにしても重田与七郎、のちの十返舎一九が腹立つ。駿府時代に目を掛けてくれた上司を追って大阪に出てきて家来になるまでは青年らしくて、とても頼もしく見えるけど商家に婿入りしてからは現実から逃げ出すために酒と女に溺れるのがなんとも情けない。しっかりしろよ、と頬を叩きたくなります。全編こんな調子なのでう〜んと思いながら読んだけど、さすが松井今朝子最後まで読ませるからすごい。
 最後の仕掛けに驚きますよ。なんでこんなに現実から逃げ出すのか、そのきっかけにもなった出来事から今まで読んできた前提がひっくり返ります。驚いた。

▲TOPへ戻る

増住雄大

評価:星3つ

「『東海道中膝栗毛』って聞いたことある?」って尋ねたら、日本で生まれ育ったほとんどの人は「あるよー」って返してくれそう(何人かは「江戸時代の小説だよね」とか「弥次・喜多でしょ」なんて詳しく返してくれるかも)だけど「作者の十返舎一九について、何か知ってる?」って聞いたら、しーん、ってなりそうだよね。その十返舎一九が主人公。
 ウン百年後の今でも残る作品を書き上げたんだから、さも超人的な天才なんだろうと思いきや、おや? 意外に普通? ちょっとぼんやりした感じの、どこにでもいそうな人じゃないか。
 やっぱり作者が巧いからかなあ。するすると読めてしまうんだよね。終盤に「あれ?」って思うような大きめの仕掛けもあって(本当は「仕掛けがある」って言いたくないんだよね。どうしても構えちゃうからさ。でも言っちゃった)、読み終えたときに「ああ面白かった」って素直に言える、長編小説でした。山東京伝、式亭三馬や馬琴など、江戸の作家たちがたくさん出てくるのもおもしろかったですね。

▲TOPへ戻る

松井ゆかり

評価:星3つ

 十返舎一九という人は、名前のインパクトが強いせいでどんな業績を残したかを忘れられがちな歴史上の人物のランキングがあったら、3位までには食い込めるのではないかと思う(あと怪僧ラスプーチンとかイワン雷帝あたりも)。私も俳人か歌人だと記憶違いをしていた。言われてみれば「ああ、『東海道中膝栗毛』の人ね!」と思うのだが。
 そんなに数を読んでいるわけではないので断定はできないが、得てして時代小説においては(商売人が主人公の場合は特に)割ととんとん拍子に出世したり商売の規模が手広くなったりする傾向があるように思われる。身分違いの恋(だいたい女子の方がお嬢様)も成就しがちだし。それでもこの話ではそういった安定した身分を捨てて、戯作者の道に突き進むところがミソか。あと主人公に影のように寄り添う太吉の正体も読者の意表を突くところだが、やや無理矢理な感も。実在の人物は描くのが難しいな。松井さんのチャレンジングな姿勢に敬意。

▲TOPへ戻る

望月香子

評価:星3つ

 十返舎一九の名で「東海道中膝栗毛」を書いた重田与七郎の若い日々の物語。故郷の駿府から大阪へ行き、そして江戸へ…。旅をして、右往左往しながら、作家の道へ進むまでを描いています。
 歴史上の人物としてなんとなく知っていただけの人が、松井さんの筆を通すと、生身の人間として浮かびあがってきます。嫉妬したり、挫折したりと、生々しい感情が描かれ、吐息までもが想像できるのです。愛しさまでわいてくる始末。
 読み終えると、ちょっとした江戸通になれたような気もして、なんだかお得な気分です(勘違いですが)。

▲TOPへ戻る

<< 課題図書一覧>>