『ジーン・ワルツ』

  • ジーン・ワルツ
  • 海堂 尊 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,575円
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評価:星5つ

 文句なしに面白い!
 誰が代理母なのか、という謎を追うミステリとしてだけでなく、産婦人科医療の危機を追う医療ノンフィクションとしても秀逸だと思う。この国ではもう出産をすることができなくなるのではないか、という不安はここ近年とても高まっていて「何が少子化対策だよ、本腰入れるならまず産ませろよ」と思うことばかり。ただでさえ年々産婦人科医の数は減少しているのに助産院も法改正によって提携病院の確保が難しくなり、閉院が相次いでいる。やっぱりこの国は男性の、いやオッサンの国だ。それも前近代的家父長制の権化のような。
 何によってこの国の医療は崩壊しかける状況まで追い込まれたのかを考えるために、そして本書の主人公の曾根崎医師の最後の一手を楽しむために、またもう一度読みたいと思っている。

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『戸村飯店青春100連発』

  • 戸村飯店青春100連発
  • 瀬尾 まいこ (著)
  • 理論社
  • 税込 1575円
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評価:星3つ

 兄弟姉妹を欲しいと思ったことがない、いやいても面倒くさそうだからいらねえや、と思っている一人っ子です。そのため、兄弟のいる生活というものがわからない。いればいたらで楽しいのかなやっぱり面倒なのかね?
 本書に出てくる兄弟は互いに気が合わないなあ、と思いつつも心のどこかで繋がっているというどこにでもいるといえばどこにでもいそうな大阪在住の兄弟。この2人、どちらかと言えば私は兄ちゃんの方にシンパシーを感じてならない。第1章の弟の話を読むといけ好かない兄ちゃんという感じがするけど、実際の兄ちゃんは大阪、それも下町の吉本新喜劇のノリについていけないだけで本当はいい奴なんだよ。弟にはノリについていけないのがすかしてる風に見えてしまうんだよね。弟と言えば兄ちゃんとは逆にコテコテの大阪人。合うはずもない、ということで。
 でもある日、兄ちゃんが上京し自活し始めたことから2人を取り巻く環境が変わり、それに伴い2人の関係も動き始めます。兄弟は分かり合える日が来るのか?そこをユーモアたっぷりに描いています。

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『そろそろ旅に』

  • そろそろ旅に
  • 松井 今朝子 (著)
  • 講談社
  • 税込1,890円
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評価:星3つ

 『東海道中膝栗毛』を書いた十返舎一九の若き日の物語。お供の太吉と共に故郷駿府から大阪、江戸へと旅を続けるうちに武士から商人、そして劇作家になる過程を描いてます。江戸後期の文化史のお勉強になりました。『南総里見八犬伝』の作者滝沢馬琴なんて名前がすっと出なくて本当に焦りましたよ。
 それにしても重田与七郎、のちの十返舎一九が腹立つ。駿府時代に目を掛けてくれた上司を追って大阪に出てきて家来になるまでは青年らしくて、とても頼もしく見えるけど商家に婿入りしてからは現実から逃げ出すために酒と女に溺れるのがなんとも情けない。しっかりしろよ、と頬を叩きたくなります。全編こんな調子なのでう〜んと思いながら読んだけど、さすが松井今朝子最後まで読ませるからすごい。
 最後の仕掛けに驚きますよ。なんでこんなに現実から逃げ出すのか、そのきっかけにもなった出来事から今まで読んできた前提がひっくり返ります。驚いた。

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『遺稿集』

  • 遺稿集
  • 鴨志田 穣 (著)
  • 講談社
  • 税込1,890円
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評価:星3つ

 エッセイとエッセイの間に未完の書き下ろし小説『焼き鳥屋修業』が入っている。その書き下ろし小説が本書の中で一番面白く読めた。
 この小説はおそらく著者の自伝的小説であり、20才前後の将来に対するモヤモヤとした不安や何かをしなければいけない焦燥感が80年代の歌舞伎町のいかがわしさと共によく書かれていると思う。「今何をしないといけないのか」、「何をしたいのか」が見えないまま「何かしたい」という欲求のため始めた焼き鳥屋での修業。不器用ながら1つ1つ仕事を覚えていくことへの充足感が今後どのような変化を主人公にもたらしていくのか、本当に進みたい道は見つかるのかといった答えは未完であるため描かれなかったのがなんとも残念。
 酒で現実から逃げ出そうとするあまりアルコール中毒になった著者のエッセイは底知れない闇がぽっかり口を開けているようだった。

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『エヴリブレス』

  • エヴリブレス
  • 瀬名 秀明(著)
  • エフエム東京
  • 税込1,680円
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評価:星3つ

 『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)によると20世紀の生命科学は「生命とは何か?」という問いに対してDNAの二重螺旋構造の解明によって「自己複製を行うシステム」であるという答えに到達したと書かれている。しかし、この「自己複製を行うシステム」というのは今、生物だけのものなのだろうか。コンピューターのプログラムで生まれた「生命」が自己複製を行えた場合、これは「生命」と言えるのだろうか。
 本書は現実とコンピューターのプログラム「Breath」上に現れる人格が交差し、時に影響を及ぼしあう過程を描いている。
 「Breath」は「セカンドライフ」のようにコンピューター上に無限の大陸を作り、そこに自分のコピーを置き現実とは違う生活を送れるようにしたもの。「セカンドライフ」と違うのはそのコピーが自己律動しマスターがログインしていない時もマスターの性格に合わせて自ら行動している点。そしてそこには感情すら存在している。そう、もう1つの世界がそこでは展開され、そこでの出来事が現実にも影響を与えることになる。
 いや、本書はホラーとかではないですよ。話の主軸は主人公と高校時代の先輩との恋愛。でも、読んでて怖かった。
 今、自分がいる「現実」と思っているものは本当に「現実」なのだろうか、と。本書も「現実」と「Breath」世界が明確な区別もないまま描かれていくので気を抜いているとどちらが「現実」なのかわからなくなる時がある。地に足がつかないような不思議な感覚の残る小説でした。

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『サトシ・マイナス』

  • サトシ・マイナス
  • 早瀬 乱(著)
  • 東京創元社
  • 税込1,575円
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評価:星2つ

 少年時代に自ら人格を分割し、おとなしい方を主人格として暮らしていた青年が自分の結婚話をきっかけに出現した隠したはずのもう一つの人格によって、自らの記憶をたどり人格分割のきっかけとなった父親の死の真相にせまるミステリー。
 こういう多人格ミステリーって初めてかも。たいてい過去のトラウマから無意識のうちに他の人格が生まれ、事件が起こるというのはよくあるパターンだけど、本書のように自らでリストを作って人格を分割するというのは珍しくて新鮮。
 しかし、如何せん読むのが疲れる。
 やたら太字が用いられており、太字だから重要なんだろうと思いつつ読むけどそんなことないし。終盤に語られる父親の残した絵とその死の秘密についても説明の丁寧さに欠けていたように思う。もう少し構成をうまくすれば、この謎もパズルのピースがはまる様な爽快感があっただろうなあ、と思い残念。

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『四月馬鹿』

  • 四月馬鹿
  • ヨシップ・ノヴァコヴィッチ(著)
  • 白水社
  • 税込2,520円
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評価:星3つ

 4月1日エイプリルフールの日に生まれ、戦乱のユーゴスラビアで嘘のような馬鹿げた人生を送った男の小説。
 なにしろ、医者を目指して大学に進学したものの冗談から反逆罪を犯したとして収容所に送られるわ、収容所から出られたと思いきや戦乱の悪化から兵士として最前線に送られるわ、戦後結婚するものの不倫をして相手のダンナにボコボコにされるわ、あげくの果てに心臓発作でお陀仏。あれ、主人公死んだのにまだページ残ってるじゃん、と思いきや死後3日で蘇生したから大変。周囲から幽霊扱いされる始末。
 この男がだんだん哀れに思えてならない。最初は自意識過剰なナルシストかと思って嫌悪感を抱いていたけど話が進むにつれて、空回りしてしまう男の姿がかわいそうに思えてくる。愛すべき、とまではいかないまでも、まあがんばれよと声をかけたいよね。
 文章も戦乱のユーゴを描きながら湿っぽくならず終始乾いたまま人生を描いています。男のもつ弱さも同じように描かれているから悲劇通り越して半ば喜劇に仕上がってます。だからなんとか読めるんだけどね。

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勝手に目利き

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『走ル』 羽田圭介/河出書房新社

 ふと思いついて東京八王子から北へと自転車で北上を続ける普通の高校生の1週間ちょっとの冒険譚。でも、これを簡単に「冒険」と言っていいのだろうか。それに現代の『オン・ザ・ロード』と言われてるけど、何か違う気がする。
 『オン・ザ・ロード』はアメリカの所謂古きよき時代に自動車で暴走ともいえるアメリカ横断の狂気的な旅をつづった小説で、そこに出てくる人物はみんな先しか見なくて、行き当たりばったり。でもそこに暗闇を走る疾走感であるとか若き日の情熱を感じた。
 でも本書はなにか違う。情熱だけではなく、狂気的でもなく。走りたい、という情熱で旅を続けているけれどその旅の合間合間に日常と理性が顔を見せていてとても不思議な感覚がした。
 高校生であるため、当然主人公はケイタイというアイテムを所持しており、そのケイタイがあるため、「自転車で北上」という非日常に簡単に日常である家族や友人が入り込んでくるし、主人公もそれを自然に受け入れている。また主人公は陸上選手であり、筋肉や運動に関する知識を持ち合わせているためただ闇雲に自転車を漕ぐのではなく「この栄養素が必要だ」とか理性的に考えている。
 日常と理性が非日常と情熱に接近しているため、『オン・ザ・ロード』とは違った趣があった。「冒険」小説ではなくて「新冒険」小説と言ってもいいかも。

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下久保玉美

下久保玉美(しもくぼ たまみ)

 1980年生まれ、今のところ主婦。出身地は山口県、現在は埼玉県在住。
 ミステリーが大好きでミステリーを売ろうと思い書店に入ったものの、ひどい腰痛で戦線離脱。今は休養中。とはいえ本を読むのだけはやめられず、黙々と読んでは友人に薦めてます。
 好きな作家はなんと言っても伊坂幸太郎さん。文章がすきなんです。最近のミステリー作家の中で注目しているのは福田栄一と東山篤哉。早くブレイクしてもらいたいです。
 本という物体が好きなので本屋には基本的にこだわりがありません。大きかろうと小さかろうと本があればいいんです。でも、近所の小さい本屋にはよく行きます。
 どうぞよろしくお願いします。

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