WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年5月の課題図書 >増住雄大の書評
評価:
今回は「産婦人科・不妊治療」です。
そう言って終わっても良いかもしれない。それぐらい「海堂尊」の名は、その書籍が「医療を題材にした、良質エンタメ小説」であることを保証するものとして、定着してきた。デビューから3年経っていないのが信じられない。
本書は産婦……は、もう書いたね。ええと、サバサバした女性が主人公です。産婦人科医・曾根崎理恵。人呼んで「冷徹な魔女(クール・ウィッチ)」。彼女が担当する五人の妊婦は、それぞれに様々な事情があるようで……
本書には風刺、というか現場からの問題提起、みたいな側面があり、我々一般市民が「このままじゃいかんなあ」と思わされるような、作者の想いが含まれています。それが説教臭くなく、読者に切実な問題であると響き、かつ、おもしろく読めるのはさすが。
達者ですなあ、海堂尊。驚異的な速筆で、作品はどれもエンタメとして秀作。今、出版社の小説担当が、最も欲しい作家の一人じゃなかろうか。引く手数多で大変だろうな。がんばってほしいです。
評価:
戸村兄弟、好きすぎる。
小説の登場人物に、ここまで好意的な感情を抱いたのは久しぶりかも。でも、こいつらは誰だって好きになるって。大阪を出て行こうとする何事にも器用な兄ヘイスケと、そんな兄貴に対して微妙な感情を抱える明るく元気な弟コウスケ。二人が送る、喜んだり、怒ったり、落ち込んだり、悩んだり、楽しかったりの毎日に、読者は誰しもいつのまにか笑顔に。ほんと自然に笑えて、さわやかな気分になれる作品。今、読み返しても、ああもう、青春だなあ、これ。
ラストも良いんだよねえ。二人とも、一年で成長したんだなあ……って、なんか親目線になってしまった。しかし、うん、良いねえ、これ。
「100連発」ってタイトルを初めて見たときは「何やの?」って思ったけれど、読み終えた今となっては、確かに「青春」「100連発」だったなあ、と。タイトル合ってます。合ってますよ。
老若男女問わず誰にでも薦められる、すばらしい小説だと思います。
評価:
「『東海道中膝栗毛』って聞いたことある?」って尋ねたら、日本で生まれ育ったほとんどの人は「あるよー」って返してくれそう(何人かは「江戸時代の小説だよね」とか「弥次・喜多でしょ」なんて詳しく返してくれるかも)だけど「作者の十返舎一九について、何か知ってる?」って聞いたら、しーん、ってなりそうだよね。その十返舎一九が主人公。
ウン百年後の今でも残る作品を書き上げたんだから、さも超人的な天才なんだろうと思いきや、おや? 意外に普通? ちょっとぼんやりした感じの、どこにでもいそうな人じゃないか。
やっぱり作者が巧いからかなあ。するすると読めてしまうんだよね。終盤に「あれ?」って思うような大きめの仕掛けもあって(本当は「仕掛けがある」って言いたくないんだよね。どうしても構えちゃうからさ。でも言っちゃった)、読み終えたときに「ああ面白かった」って素直に言える、長編小説でした。山東京伝、式亭三馬や馬琴など、江戸の作家たちがたくさん出てくるのもおもしろかったですね。
評価:
〆切直前、風邪をひいた。熱出して腹壊して食べたもの吐いて頭も痛くて何かもう全部嫌になった。悲観的なことばっか考えた。身体と思考って連動していて、身体が良くない状態に置かれているときは思考も良くない方向に進むってことを実感。
それに対し、酒飲んで吐血して病院に担ぎ込まれても妻に離婚を言い渡されてもガンに身体が蝕まれても鴨志田穣の筆致は冷静。その事実に驚嘆。すげえね、この人。
鴨志田穣の本は(というか文章は)この本を読むまで一度も読んだことなかったし、西原理恵子の漫画もほとんど読んだことなかったから「知ってる人が亡くなってしまった……」とかそういう意味での感情の揺れはない、はず。でも、本書の最後の、妻との出会いについて書かれた「邂逅」を読み終えたとき、私の頬には一すじの涙が。肉体の死は死ではなくて、その人のことを知っている人が一人もいなくなったときが本当の死。なんて、ありきたりな言葉で〆
評価:
その人の思考形式・行動特性・個人情報を読み取って、その人がいないときは、勝手にその人のような行動を取る自律したA.I.ってこんなに怖いのか。怖い怖いむっちゃ怖い。もしそういうことが出来るようになっても、私はしないでおこう。
何の話かって言うと本書に登場する「BREATH」。「BREATH」は、まあ言うたら「セカンドライフ」のようなモンなんやけど、違うトコはそこ。本人が「BREATH」につないでないときも、A.I.が勝手に本人のような行動を取る。驚きの機能やけど、現実感がなくはない。そのうち出来るようになったら「そうか。できるようになったんか」て割とすんなり受け入れられそう。
時代はどんどん進んで「現実」と「BREATH」の境界はだんだん曖昧になっていく。そして「現実」で肉体が死を迎えても「BREATH」では永久にいなくならない。想いは消えないし、思考は続く。そんな世界で「人を好きになる」ってどういうこと? 生命って何やの?
思考実験のような小説だった。読み終わった今、考えごとがしたい。
評価:
「この小説は、多重人格の主人公が……」っつーと「暗い話? それとも怖い話?」なんて思う人が多いかもしれない。でもハズレ。本書は明るく爽やかな多重人格成長小説なのである。
二十二歳の稲村サトシは「人生の分岐点となる重要な日」に突発的な眠気に襲われる。昔の思い出を振り返る夢から覚めると、何だか不思議な気分。まるで、寝ている間に「知らない自分」が何かをしていたみたいで……。
基本となる設定が良いと思う。プラスとマイナスというサトシの二つの人格は、明確な人格分割リストにより半ば意図的に「本人により作られた」ものなのだ。この設定により「多重人格」という言葉が持つ一般的なイメージとは違ったイメージを、読者の中に生ませることに成功している。
リストは何故作られたのか? ○○○の行動の意図は? そして、サトシの過去に何があった?
少しずつ謎がとけていく過程はミステリを読んでいるようでおもしろい。って、あれ? これ〈ミステリ・フロンティア〉ってことはミステリなのか。ミステリでした。
評価:
笑ってしまう。笑う、ではなく笑ってしまう。何を? 主人公のイヴァン・ドリナルを。
イヴァンは1948年4月1日生まれ。ネタにされるとかわいそうだと考えた両親は4月2日生まれと届け出た。でも結局、イヴァンの人生はネタにされるようなことだらけ。国を讃える日に、誰よりも国を愛していることを示そうとして、街中に飾られている国旗をたくさん盗んできたり、大統領へ宛てた手紙のコンテストで一等になろうとして、変な言葉遣いの賛辞を連発し、他人が見たら大統領を馬鹿にしてるとしか思えない手紙を書き上げたりと子供時代からずれた行動しまくり。それどころかイヴァンは大人になっても終始こんな調子で、なんだかなあ、と笑ってしまうのである。
筋だけ追うなら、笑えない話である。かなり陰惨なストーリーだ。でも、笑ってしまう。それってすごいことだ。ヨシップ・ノヴァコヴィッチ。相当な実力者であるね。
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