WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年5月の課題図書 >松井ゆかりの書評
評価:
今でこそ3児の母として人生を送っているが、結婚してしばらくした頃子どもができにくい体質だということがわかった。当時は仕事もしていたしまだ20代という年齢もあって、不妊という現実に対してほとんど切迫感がなかった。「治療しないと授からないかもしれませんよ」という医師の言葉もいまひとつピンとこないでいたところへ、思いがけず自然に妊娠したことが判明した。
その頃の私は「子どもに恵まれなければ夫婦ふたりでやっていけばよい」と思っていた。現在でもその考えは変わらない。ただもし子どもがいないままだったら果たしてそのように冷静な頭でいられたかは、今となってはわからない。
海堂尊という作家の小説を読むのはこれが初めてである。人工授精や代理母出産といった難問に切り込む医療ミステリーという点もさることながら、著者の作品はキャラ萌え小説としても評判が高いようなのでそこも期待して読んだのだが…う〜ん、判断はひとまず保留。ちょっと計算ずく過ぎやしないですか、この曾根崎先生。たとえ現実的じゃないと言われても、ユミやみね子といった感情派の面々の方が好感が持てるな。
評価:
出世作「図書館の神様」が気に入って瀬尾まいこさんの作品はいくつか読んでいるが、これがいちばん好きかもしれない。これまであまり著者のユーモアのセンスには注目していなかったのだが、今回よかった。関西弁という若干反則気味の小道具を使用しているということもあろうが、こういう会話の妙を書ける作家だったんだなあ。
ヘイスケとコウスケは戸板飯店の年子の兄弟。兄ヘイスケは要領がよく見た目もいいので女の子にもてる。弟コウスケはお人好しでムードメイカー。一見正反対のふたりだが、実はどちらも不器用にしか生きられないという点でとても似ていると思った。3人の息子の母親としては、兄弟ものと聞いてはそれでなくても興味を引かれずにいられないのだが、いや〜、楽しませていただきました。とか言いつつ、個人的な好みとしてはコウスケの同級生北島君が好みなのだが。「夏休み(or冬休み)を制するやつが女も制する」はけだし名言。
評価:
十返舎一九という人は、名前のインパクトが強いせいでどんな業績を残したかを忘れられがちな歴史上の人物のランキングがあったら、3位までには食い込めるのではないかと思う(あと怪僧ラスプーチンとかイワン雷帝あたりも)。私も俳人か歌人だと記憶違いをしていた。言われてみれば「ああ、『東海道中膝栗毛』の人ね!」と思うのだが。
そんなに数を読んでいるわけではないので断定はできないが、得てして時代小説においては(商売人が主人公の場合は特に)割ととんとん拍子に出世したり商売の規模が手広くなったりする傾向があるように思われる。身分違いの恋(だいたい女子の方がお嬢様)も成就しがちだし。それでもこの話ではそういった安定した身分を捨てて、戯作者の道に突き進むところがミソか。あと主人公に影のように寄り添う太吉の正体も読者の意表を突くところだが、やや無理矢理な感も。実在の人物は描くのが難しいな。松井さんのチャレンジングな姿勢に敬意。
評価:
身近にアル中っぽい人がいないせいか、お酒で身を持ち崩すような人に対してたぶん私は冷淡な方だと思う。「飲まなきゃいいのに。以上。」という感じで。
鴨志田穣という作家のことは、西原理恵子の元夫という以外に何の知識も持っていなかった。あのサイバラ氏と連れ添う気になるくらいだからおそらく大物なのだろうなあと、その存在を認識して間もなく訃報に接した。初めて読んだ著作が、文字通りの遺作集である本書である。
もし鴨志田氏のようなアル中患者が身内にいたら、さぞかし周囲の人間は振り回されるに違いない。しかしながら、何故「飲まなきゃいい」という一般人には実に簡単に思えることがアル中患者にはできないのかが、わずかながらわかった気がした。
友人とか編集者とか、ここまで症状が進んでる人間に酒飲ませるなよ、と思ってしまうのもまた部外者だからこその感慨だろう。きっと鴨志田氏はそういう風にしか生きられない人だったのだろう。それでもなお、長らえてほしかったと思う。
評価:
FMとSFの融合。突拍子もないが意外とミスマッチの妙もある一冊だった。FMをクールなもの(あくまで曲を聴かせることがメインのFMは、音楽に目覚め始めた若者が、必ず通る道といっても過言ではない存在ではなかったか)として、信仰に近い気持ちを抱いていた我々のような世代(瀬名さんと私は同い年)には懐かしさを伴って受け止められるテイストだと思うが、若い世代にはどうなのだろうか(エアチェックという言葉など知っているのか)。
さて、FM的な部分はまあいいとして、若干の拒否反応を抑えられないのがSF的な部分である。
本書で描かれる近未来には、《BREATH》というバーチャル世界が存在し、自分のキャラクターが操作されることで動くのはもちろんのこと、人工知能の学習機能により自律行動するようにもなる。その世界では、生身の本人が亡くなっても永遠に生き続けることが可能なのだ。
現在のところは「こんな世の中になるのは先のことだろう」と現実感が乏しいから“若干”で済んでいるのであって、「それほど未来のことではないのかもしれない」などと思い始めるととたんに動揺は大きくなる。10年20年先に自分がどのように感じているのか、それが気になるところだ。
評価:
創元ミステリ・フロンティアは現在最も期待している叢書だ、というのはもう何年も前から変わらず抱き続けている感想だ。もちろん出版数が増えたことでその分「あ、これはハズレかな…」と思う作品も多くなるわけだが、それでもつい新刊が出ると手をのばしてしまう。特に最近読んだものは好みのものが続いていて、これは本書も…と期待しながら読み始めた次第である。
さて読み終えたが…うーん、ちょっと雑多な印象。なんかもっと大がかりな謎に発展していくのかなと思っていたら、「あ、最終的な解決はこれだったの…」という感じ。それ以外にも、描写や謎の明かし方などが妙にあっさりしている部分があり、そういった点もやや物足りない。ただ、自分の性格のさまざまな要素を基に分割し、複数の人格を作り出すという難易度の高い設定に挑戦している心意気は買うし、サトシ(マイナス/プラス)の周囲の人々が彼を心配し信頼を寄せるところはとても好感が持てた。
評価:
私の知り合いに、どうしても子どもを4月1日生まれにしたくなくて強靭な意思の力で陣痛を耐え2日に日付が変わると同時に出産した人がいる。また高校の同級生にも、誕生日をひた隠しにしていると思ったら4月1日だったという子がいた。かように嫌われる4月1日だが、個人的にはいまひとつピンとこない感覚だ。つらい思い出と切り離せない終戦記念日とか震災の日とかより開放感があっていいような気がするのだが(川上弘美氏も桑田真澄元投手も「スラムダンク」の桜木花道も4月1日が誕生日だし)。
本文に直接関係ない話を長々と書き連ねてしまったが、それというのも主人公イヴァンを4月1日生まれに設定する必要性を見つけられないまま終わってしまったからだ。題名にインパクトを持たせたいが故の設定なのか。旧ユーゴスラヴィアや周辺地域についての知識があれば、また違った興味深さを見出せた作品かなとも思う。
清水ミチコを初めて見たのは確か「笑っていいとも!」で、確か桃井かおりのものまねをしている姿だった。「すごい人が出てきた」と度肝を抜かれたのを覚えている。
三谷幸喜を初めて知ったのは「古畑任三郎」の脚本家としてだった。ドラマというものをほとんど見ないのだが、これは毎週心待ちにした。
かように才能あふれるお二人だが、本業(ものまね/脚本執筆)よりもすごいかもと私が思っているのがトークである。ほんとおもしろい。そんな両名のラジオのトークを収録したのがこれ。通常の対談とはまた違ったライブ感がグッドです。人を(それも商業的に)笑わせるというのはほんとうに難しいことなのに、お二人はそれを軽やかでスマートなやり方によって成し遂げてしまう。本書はすでに第二弾で、昨年出版された「むかつく二人」も合わせてどうぞ。
この1年ばかり本といえば森博嗣先生の本しか読む姿を見かけなかった夫が、「図書館戦争」に転んだ。と思ったら、2作めの「図書館内乱」に入ってがっくり読むスピードが落ちた。どうしたのかと問うと「なんか戦闘シーンとかなくなって、普通のラブコメになってるんですけど…」と不満を述べる。そういえば、以前北上次郎さまも「このまま主役2人の恋愛ものが本筋になっちゃったらやだなあ」と書いておられた記憶が。
ちっちっ、殿方たち、おわかりになってなくてよ。このシリーズは郁&堂上教官(をはじめとするカップル数組)の恋愛も(←ここ大事。もちろん図書館をめぐる攻防も大事です)重要だということを!
そんな「図書隊の活躍を書けー」とお嘆きのみなさまには、本書など壁に投げられそう。いや、想像を上回るベタ甘です。お手に取られる際はご注意なさって。乙女派諸君(精神的に乙女な男性も)、楽しみましょうぞ!
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年5月の課題図書 >松井ゆかりの書評