『クラリネット症候群』

  • クラリネット症候群
  • 乾くるみ (著)
  • 徳間文庫
  • 税込620円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

目覚めた時に虫になっていたのは、『変身』のグレゴール・ザムザ。では、グレゴール・ザムザが虫に体を乗っ取られていて、尚かつ虫の意識が頭に流れ込んできたら?ゴキブリを見て「おいしそうだ」と思った虫が、人間の手でゴキブリをぎゅっとつかんだら?うわ、考えただけで気持ち悪い〜。『マリオネット症候群』は、虫ではないが、誰かに自分の体を乗っ取られた女性の物語。どうも乗っ取った相手が男性らしい、という滑り出しは、彼の反応が映画『転校生』みたいだなぁ、とクスクス笑えた。実はこの後、深刻な真相が段々わかってくるのだが、それでもクスクス笑いは止まらない。暗号系の話が好きならば、もう一つの中編『クラリネット症候群』も楽しめるだろう。こちらは書き下ろしで、『クラリネットをこわしちゃった』の歌みたいに、特定の文字が消えて行く現実に遭遇する高校生の話。途中文字が消えて、読みづらい所もあるが、こちらもそこそこ笑える。あまりにキツいブラックジョークばかりだと「うーん、この状況って笑っていいの?」と悩まされるが、本作ではその心配なし。

▲TOPへ戻る

『黒笑小説』

  • 黒笑小説
  • 東野圭吾 (著)
  • 集英社文庫
  • 税込580円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

書評業をやっていて、一番言われてイタイ言葉は、これである。「そんなに批評するなら、自分が書いてみれば?」いや、それが、同じ「書くこと」といっても全然違う。両方できる人もいるだろうが、そう簡単ではない。逆に、優れた批評眼を持つ者が、オリジナル作品を書いていくのは、大変難しいのではないか。極端な話、一つ書いては一つ消す、なんて事になりかねない。作家が時間給でないと同様、書評も時間給ではない。だから、「作家が何時間も考え、書いてきた作品を、その何分の一かの時間で批評する事」について、済まないなぁと思う時がある。そんなわけで、『もうひとつの助走』『線香花火』『過去の人』『選考会』の文壇もの四編は、読んでいて、笑える所もあったけれど、とても居心地の悪い思いもした。作家の苦悩と、その苦悩を汲む事なく、作品を切り捨てたり批評していく側との物語だからだ。その他の短編は、ユーモラスだが、何だか綺麗にまとまり過ぎている印象を持った。山田風太郎のエログロナンセンスものの衝撃が忘れられないせいだろうか。

▲TOPへ戻る

『かるわざ小蝶―紅無威おとめ組』

  • かるわざ小蝶―紅無威おとめ組
  • 米村圭伍 (著)
  • 幻冬舎文庫
  • 税込520円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

米村圭伍さんは、デビュー作『風流冷飯伝』や『影法師夢幻』など、男主人公の作品もあるものの、女主人公の作品の方が断然多い。そして女主人公は、大抵、世間知らずで冒険好きなお姫様か、お転婆な町娘。誰一人として、世間や親の言う事に、黙って従うおしとやかな娘ではない。それどころか、自分からぐいぐい物語を引っ張ってゆく、頼もしい存在だ。本作のヒロイン、小蝶もやっぱりそう。寛政の改革を進めていた老中・松平定信の時代では、派手なものは禁止で、厳しい倹約政策が取られた。でも、小蝶はただ、ぎゅうぎゅうと締めつけられていたわけじゃない。フットワークの軽い彼女の行く先には、一体何が?物語のテンポも良く、読み易い文体なので、「わからない用語ばかりで読みづらいのでは?」「じっくりと読み込まないと駄目では?」と歴史小説に苦手意識を持つ読者には、入門編として最適だろう。それはさておき、『風流冷飯伝』以来、ずっと挿絵を担当している柴田ゆうさんがお気に入りだった。圭伍さんのすっとぼけた作風に、やわらかい描線があってるなぁと思っていたからだ。だから、今回の表紙はあまりにイメージが違っていて、ちょっと違和感があった。

▲TOPへ戻る

『裸の大将一代記 山下清の見た夢』

  • 裸の大将一代記 山下清の見た夢
  • 小沢信男 (著)
  • ちくま文庫
  • 税込861円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星4つ

佐伯かよのさんの漫画『あき姫』の中に「御神酒(おみき)先生」という一篇がある。放浪画家として有名だった男が、立ち寄った先で、お堂の柱や神社の壁をキャンバスにして絵を描く。私生活は貧しく、ヒロインの父親に借金をしていたが、彼の死後、絵が描かれた場所は名所となる、という話だ。戦後、「放浪の画伯」として名を馳せた山下清の評伝の中にも、よく似たエピソードがある。ただ、清の場合は、有名になってからの放浪だったため、立寄り先で絵を描く事を強制された、という違いがある。さて、「放浪」といえば、我々の世代では、山下清といえば、圧倒的に『裸の大将放浪記』というドラマでの印象が強い。だが、無垢である事を強調され過ぎていて、自分とは接点のない人間のように感じていたので、一度もドラマを見た事がない。しかし「虚実混然、うそも方便のバリエーション(p62)」で成り立っていた放浪の件を読んで、彼が「出来すぎた人物」ではない事がわかり、やっと寄り添ってみる気になれた。清が佐渡に渡っていた同じ頃に、著者が佐渡に初めて行った時の印象について語っていたり(p246)、評伝にしては、著者について書かれた部分が多いな、と感じる方もいるかもしれない。だが、「主役・清に素直に向き合おう」という姿勢が見てとれるので、こちらも素直な気持ちで読めた。

▲TOPへ戻る

『バースト・ゾーン ー爆裂地区ー』

  • バースト・ゾーン ー爆裂地区ー
  • 吉村萬壱 (著)
  • ハヤカワ文庫JA
  • 税込924円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星2つ

「テロリン達による実に巧妙で大規模且つ長期に亘る破壊活動とサイバーテロによって、ごく短い期間に国家は重度の機能麻痺状態に陥った。(p30)」本書に登場する日本は、そんな所だ。響きこそ可愛いが、「テロリン」とは、つまりはテロリスト。「あいつがテロリンでは」と疑心暗鬼に駆られた人々は、疑いだけで、所構わず人を殴り、死なせる。大抵の女は男に犯され、その場限りの快楽を求めて薬に走る者もいる。「凄まじい」という表現がぴったりの、救いや癒しとは無縁の世界だ。彼らはそもそも救われたいと思っていないのではないか、とさえ思える。一度打ちのめされた人間は、他者を自分以上に傷つけないと、救われないのだろうか?「東京に核弾頭ミサイル5個が誤射された」という設定の『神と野獣の日』(松本清張:著)を読んだ事がある。キューバ危機の頃に『神と野獣の日』が書かれたように、9.11があって、この小説が生まれるべくして生まれたのだろう。心身が弱っている時には、お勧めしないが、逆に、気持ちを奮い立たせたい時には効果があるかもしれない。

▲TOPへ戻る

『スネークスキン三味線』

  • スネークスキン三味線
  • ナオミ・ヒラハラ (著)
  • 小学館文庫
  • 税込770円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星3つ

庭師が探偵を兼ねたものには、宮脇明子さんがコーラスで連載していた漫画『流れ庭師仁和左衛門』がある。仁和左衛門も寡黙だったが、本作の主人公、日系人庭師マス・アライも、お喋りではない。探偵が、気さくに話しかけて相手を安心させるという考え方もあるが、大概は、相手に喋らせて事件の真相に近づいていく。だから、木を相手にする庭師は、案外探偵向きなのかもしれない。さて、マスは同じ庭師とはいっても、仁和左衛門よりだいぶ年配で、日系人だ。ラスベガスのカジノで五十万ドルの大金を手にした日系人男性が殺され、傍らには壊された三味線が。殺人容疑をかけられたのが、親友のG・Iだったため、マスは彼の恋人で私立探偵のジャニタとコンビを組む。お定まりの「この事件からは手をひけ」なんて妨害もあるが、残虐シーンはないので、血を見るのが嫌というミステリーファンにもお勧め。
日系人作家で、至上初のアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作品。マス・アライの探偵シリーズ第二作で、一作目は『ガサガサ・ガール』だそうだ。だが、ちょっとタイトルから意味が掴みづらい。本作もただ名詞をくっつけただけの邦題で、もうちょっと色気をつけた方が、多くの読者を惹き付けたのではないだろうか。例えば、『ガサガサ・ガールは殺人犯?』とか何とか。

▲TOPへ戻る

『薪の結婚』

  • 薪の結婚
  • ジョナサン・キャロル (著)
  • 創元推理文庫
  • 税込924円
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン

評価:星5つ

「おそろしく年取った女」が自分の過去について物語るところから、本作は始まる。三十代の独身女性ミランダは、美術品バイヤー、ヒューと瞬く間に恋に落ちる。だが彼には妻子がいて…とこう粗筋を書くと、おそらく大方の読者には先の予想がつくだろう。選択肢は二つ。結局は妻子の元に戻るか、それともミランダとの愛を育むか。どちらを選んでも愛は残る。だが、それにしてはタイトルが『薪の結婚』とは、ちと侘しくはないか。あれこれと悩みつつ読み進むと、「どうやらこの物語は、ありきたりのラブロマンスではなさそうだ」と思い始める。ミランダが、死んだはずの元恋人や男の子の姿を見るようになるからだ。もしかして、今見ている現実が虚構なのか?そうだとすれば、語り手であるミランダが、現実世界にこうして生きているのはなぜ?ミランダが、よく知られた怪物の呼び名で呼びかけられるところで、一瞬「えっ?」と驚く。だが、「何かを吸収する」という意味の拡大解釈だとすれば、現代社会にもこの名の怪物はいるかもしれない。そしてその怪物とは、あなたかもしれないのだ。とてつもない恐ろしさと美しさが混在した世界に翻弄された。

▲TOPへ戻る

勝手に目利き

勝手に目利きへ移動する

『そろそろ旅に』 松井今朝子/ 講談社

 神田八丁堀に住む弥次郎兵衛(通称やじさん)と、食客の喜多八(通称きたさん)の二人が、厄落としに伊勢詣でを思い立つ。二人が、東海道を江戸から大坂へ、数々の失敗を繰り返しながら旅する様子を描いた滑稽本が、皆さんご存知の『東海道中膝栗毛』。さてその著者、十返舎一九はといえば、やっぱり数々の失敗を繰り返しながら、「人生」という名の旅をした人物だった。
そんな彼の旅を描いたのが、直木賞作家、松井今朝子の『そろそろ旅に』。
歴史小説と聞いて二の足を踏むかもしれないが、そんなに自分たちとかけ離れた事が書いてあるわけじゃない。材木問屋の養子→浄瑠璃作家→黄表紙本の作者と、いくつか職を変えながら、段々自分の目指すものに近づいていった一九。転職を繰り返しても、なかなか自分の適職が見つからない。そんな経験をした人には、「自分らしさ」を見つけるまでの、彼の苦しい気持ちがわかるだろう。でも、苦労は決して無駄じゃない。挫折や失敗を知っている人の方が、より豊かな人生を送れるから。
さて、行き詰まりを感じている貴方、『そろそろ旅に』出てみませんか?

▲TOPへ戻る

岩崎智子

岩崎智子(いわさき ともこ)

1967年生まれ。埼玉県出身で、学生時代を兵庫県で過ごした後、再び大学から埼玉県在住。正社員&派遣社員としてプロモーション業務に携わっています。
感銘を受けた本:中島敦「山月記」小川未明「赤い蝋燭と人魚」吉川英治「三国志」
よく読む作家(一部紹介):赤川次郎、石田衣良、宇江佐真理、江國香織、大島真寿美、乙川優一郎、加納朋子、北原亜以子、北村薫、佐藤賢一、澤田ふじ子、塩野七生、平安寿子、高橋義夫、梨木香歩、乃南アサ、東野圭吾、藤沢周平、宮城谷昌光、宮本昌孝、村山由佳、諸田玲子、米原万里。外国作家:ローズマリー・サトクリフ、P・G・ウッドハウス、アリステア・マクラウド他。ベストオブベストは山田風太郎。
子供の頃全冊読破したのがクリスティと横溝正史と松本清張だったので、ミステリを好んで読む事が多かったのですが、最近は評伝やビジネス本も読むようになりました。最近はもっぱらネット書店のお世話になる事が多く、bk1を利用させて頂いてます。

佐々木康彦の書評 >>