WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年6月 >島村真理の書評
評価:
まず、タイトルに注目してもらいたい。「クラリネット症候群」に「マリオネット症候群」。一体何の事かといぶかしく思ってから、おもむろに読み始めてほしい。きっと、すぐに仕掛けに気がついて、ほくそえんだり怒ったりします。
そして、私は気が付きました。「匣の中」で感じた”ありえない。絶対ついていけない。”という拒絶は、もしかして間違いだったのではと。本当はこの人の作品、面白いのかもと。見事に認識を覆されてしまいました。
解説の、「乾くるみとの出会い方が悪いと二度と読みたくないということになりかねない」は、まさにそんな自分にあてはまっていました。私は、最初に手にとる本を間違えていたらしいのです。だって、この2作品は私のツボだったのですから。
だから、声を大にして言いたいのです。初めて乾くるみを読むのなら、この本からどうぞ。多少デフォルメされた人物がオヨヨなのだが、この世界観、気に入ってもらえますよ。
評価:
「怪笑小説」から始まる、含みのある“笑い”がテーマのシリーズ第3弾。しんみりと感動させる小説が多い東野圭吾の作品の中で、私が好きなものの一つだ。
ところで、彼はこういうブラックな笑いを書くのが本当に好きじゃないかと思うのだ。皮肉たっぷりな黒笑ワールドが多彩で軽快で、その上最後には愛を感じるからだ。
13編ある短篇のうち4編が文学界に関するもの。きっと自身をも皮肉りながら書いたのかと想像すると、笑いがこみ上げてくる。もっともっと読んでみたくなる。
注目の登場人物は、何度も賞の候補に上がりつつも、決して受賞できない寒川と、勘違いがはなはだしい、新人作家の熱海。自分たちの才能を疑いもせず、世間とずれていく彼らの暴走ぶりが痛々しいほど面白い。
好きだったのは「臨界家族」と「奇跡の一枚」。嗚呼、そんな発想があるなんて……とおどろきよろこんで、ついにはすっかり中毒になってしまった。
評価:
テンポのいいリズミカルな時代活劇。いうなれば、日本版チャーリーズ・エンジェル。軽業師の小蝶に、お色気たっぷりの発明家萩乃、武芸者姿の桔梗の三人が悪を懲らしめる物語です。
といっても、そもそも赤の他人の彼女たち。どうやって“紅無威おとめ組”となっていくのかというのが、本書の読みどころ。それぞれの才能がパッと花開く面白さが、軽妙なタッチで楽しめます。
そして、やっぱり乙女なところも満載で、頭領の幻之介にほんのり恋心を抱いたり、女同士で火花を散らしたりと、ドタバタなやりとりも、思わずクスッとしちゃいます。
もうひとつのお楽しみは、米村氏の他の作品ともつながっていること。「紀文大尽舞」のその後の話となるのでしょうか。真実にたどりつくまで気が抜けません。軽く読めるのに深い。彼女達の痛快な活躍は見納めにしたくないくらいです。
でも、ご心配なく。近々最新作も用意されているようで、その後の活躍も期待できそうです。
評価:
「裸の大将」山下清。まずは、ランニング姿にリュックサック、色彩豊かな貼り絵の作者の姿が浮かんでくる。
では、本当の山下清はどんな人物なのか。著者が語る清は、自由を愛し、上手に世渡りする、生き生きとした愛すべき人間だ。
ふらりと八幡学園を飛び出した19歳の時から始まる放浪の旅、時には「お父さんもお母さんも死んでしまって……」から始まる口上で仕事を得、同じように、この口上で言い逃れして食べ物やお金を手に入れていく。気分しだいで別の場所へ行ったり、時には、以前の雇い主の元に舞い戻ったり。紹介されるエピソードから、図々しさと純朴さが垣間みえて、ハラハラしたり笑ったりさせられた。
また、戦中戦後の飄々とした生き様とは別に、「どこにでも、良い人と悪い人は同じくらいいる」と見切る鋭さ。屈託ない心と、したたかな強さがある山下清は抜群に面白くて、作品が芸術かどうかなんて議論は、バカバカしい。ただ、見たまま、受け取りたい。
評価:
吉村萬壱の作品は恐ろしい。グロテスクで、エロで、絶望的で、目を背けたいのにどんどん引き込んでいくから。
「ハリガネムシ」や「クチュクチュバーン」のときも、おぞましくて吐きそうだった。でも、どれも最後まで、読みきってしまうまで、やめられなかった。もちろん、この本も。間違いなく、好きか嫌いがはっきりする。たぶん、拒否反応を示す人が多いでしょう。だけど、やっぱり何かありそうで魅力的だ。
血と暴力とセックス。吉村氏の小説によく登場するテーマだが、こういうシンプルで純化された世界は、人間が露骨に浮き出ていて、かえって美しい気もする。不条理過ぎる設定も、時々真実のように見えるときがある。著者の才能にドキリとさせられる瞬間だ。
椹木と愛人の寛子を軸に、人がケダモノへと、そして、それさえも超越していく過程を味わえる。誰もが楽しめるかどうかは保障できないが、はまる恐れはあります。
ただ、気弱な気分のときにはオススメできません。
評価:
日系人庭師マス・アライが活躍するシリーズ第二弾。日系のナオミ・ヒラハラの小説だ。“日系”というから、もうすでに“日本人”ではないということをわかっていながら、翻訳本というのに違和感を持ってしまう。こういうことからも、彼らが、アイデンティティに関わる複雑な感情を有していると想像できる。アメリカ社会での立場の複雑さ、そして、戦中のオキナワを上手に扱った作品だと思う。
堅苦しいことは抜きにして、面白いと思ったのは、彼らの間で使われている日本語や日本文化。「オセワニナッタ」、「コーデン(香典)」、「スパム・ムスビ」など、日本語が生活の中で生きているということと、私たちが使っているのとは別物の印象を与えることだ。そして、この違いを味わえるのも楽しい。
さて、殺人容疑をかけられた親友、G・Iの無実を晴らすべく、重い腰を上げたマス。G・Iのガールフレンドと一緒に、事件の鍵をにぎる壊された三味線の持ち主を探し始めます。言葉とは裏腹に、鮮やかに事件を解決するマスの活躍をお楽しみください。
評価:
人と人との出会いは必然。その出会いが人生に影響を与えるのも当然。ミランダの人生も、たくさんの出会いがあり、仕事も恋も満たされ順調にみえる。
だが、高校の同窓会でかつての恋人の死を知り、過去にも未来にも、悲しみが影を落としたとき、死んだ者が訪れ、愛している者は去り、本当の自分と遭遇する。死の恐怖と、生きていることの罪を考えさせられる話だ。
幽霊や超常現象がたくさん出てくるのに、それほど恐怖を感じず、より静寂を感じられる作品をあまり知らない。どちらかといえば、混乱だけがある。始まりから終りまでの道のりが、どこへたどりつくか想像が出来ない。そういう思いもよらないところが人生のようだった。でも、ミランダの行為が罪深いなら、罪を負わない人はこの世に一人もいないだろう。
一人称で過去を書き留めた形なので、思わせぶりで真意を読み取りにくいところもある。おかげで、ストーリーを見失いそうになったのが残念でした。何度か読みなおすといいかもしれません。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年6月 >島村真理の書評