WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年7月の課題図書 >下久保玉美の書評
評価:
親子だって所詮他人だよ、と言ったところでやはり、断ちがたい「何か」が存在しているもので。その「何か」は親子によって異なっていて、それがこの世の中の面白さでもあり、また悲しみやある種の問題の源でもあるわけだ。
本書は佐野洋子とその母の間にある「何か」を描いた手記。幼い頃から自分に辛く当たってきた母がボケてしまった時に、その母を高級老人ホームに入れることで母を捨てたと感じる著者の苦しみが母との思い出の合間合間に綴られていく。この「思い出」は「確執」と言い換えてもいい。互いに相容れない2人は衝突をくり返し、著者の心には「憎しみ」が積み重なっていく。それが母を「捨てた」という苦しみに繋がっていく。親子全てに「愛」があるわけではないし、また「憎しみ」だけがあるわけでもない。佐野母子も母がボケた時に初めて「愛」を交換し合えた。
読んでいくうちに著者と自分とを重ね合わせてしまう。どうも相容れない部分が多い母親が今後年を取った時、どのようなことが私たち母子の間に起こるのだろうか。いろいろなことを考えさせられる。
評価:
太平洋の孤島に漂着した31人の男と1人の女が生きるために欲と感情をむき出しにしていく様を描いている。
今回の課題本の中で感想を書くのが一番難しかった。なぜなら、物語をとりまく要素が多すぎるからだ。ハテ、どれをどのように書いていいのだろうかとかなり悩んだ。人間の生と性、生に対する欲求、脱出できない状況下での人間の心理、大多数の男の中の女性という異分子・日本人と中国人という異文化の衝突、コミュニティの成立、宗教・神話の創造、などなど。どれも重要なファクターであり、しかもそれらが有機的に組み合わされているためどれか1つでも抜き出すと物語自体を崩しかねない。逆を言えばいろいろな読みができる小説なんだけど、そこがとても恐ろしい。
ウワ、こわいなあと思いつつもこの小説のスリリングな展開に目が離せない。どうなっちゃうの!?と最後まで気が抜けず、最後の第5章を読み終えたあと、また第5章を読み返して「うーん」と唸ったり。
やっぱり、すごい小説だとしか思えないのですよ。
評価:
表題作を含む4編を収録した短編集。それぞれが恋のもつ魅力を表現していて甘酸っぱくも懐かしい気分にさせる。そして、各短編には読んでいるときには気付かないが最後になって「あっ!」と思わせる仕掛けが用意されている。ひょんなことで二股をかけている先輩の手伝いをすることになったモテない高校生の話「百瀬、こっちを向いて。」には花言葉が、長く意識不明だった女性がある日突然目を覚ましたことで始まる「なみうちぎわ」にはオペラグラス、などの小道具がこの仕掛けに効果的に使われている。恋愛小説という枠だけでなく、こうした謎解きのエッセンスも楽しみながら読むことができてなかなか面白い。
ただ、この小説、出版界ではかなり評判がよいらしいのだけど私にはイマイチ…。恋を楽しむ心が枯れてしまったのかしら。ただ私の友人で「ただいま恋のど真ん中」にいる人がいるがその友人が読んだらきっと浸ってしまうんだろうな。今度会ったら薦めてみよう。
評価:
「女、という生き物の、とりとめもない、わけのわからなさ……」(P135)
本書はおぼこな少女が恋を知り、大人の女になっていく過程を描く小説。このパターンは著者の得意分野ではなかろうか。
少女は母親を早くに亡くし、愛人がたくさんいる小説家の父親とその愛人の1人である家政婦との暮らしていたが、ある日父親が再婚することになり、このある種安定した暮らしは崩れ、新たな世界へと導かれることになる。内容としてはティーン向けという感じで、とにかくこの少女のおぼこぶりが愛らしい、というかいらつくというか。絶滅寸前でワシントン条約で保護されて然るべき、一昔前の少女マンガの主人公みたい。その周りを固めるのがまたこれが個性的な登場人物たち。父親をはじめ、再婚相手の母親とその息子で偶然クラスメートとなった少年、少女の友人たち。この友人の中で超美人、だけどレズビアンという子が物語に深みを与えている。この少女単体の物語が読みたい。きっと数奇な運命をたどってくれることだろう。
評価:
恋人も友人もいない女性の前に現れたのは長いこと行方知れずになっていた弟。その弟と同居していた日々を淡々と描いている。
前作の『ひとり日和』もそうだったけど、主人公がある出来事を通してガラリと変わってしまったり、決定的なカタルシスも大団円も本書に見出すことはできない。描かれるのあえて変化しない日々。状況を変えてくれそうな出来事は発生するがそれによって物語の行方がぶれることはなく、また同じところに行き着く。これをもどかしいと思うかは人それぞれだと思うが、急激な物語のうねりを全面に押し出す小説が多い中、本書は読後にふっと息をつくような柔らかさを持っている。
日ごろ、ミステリみたいな殺伐としたものばかり読んでるとたまにはゆるい小説を読みたくなるというものです。
評価:
SFの短編はやはりしんどい。状況の説明を意図的に排除し、人間の心理や行動を描くので「コレは一体どういうこと?」と消化不良に陥ってしまう。ああ、今回もそうなんかねえ、とあまり期待せずに読んだわけで…。やっぱり消化不良にはなるけれども、それ以上に各短編の不思議な雰囲気に飲み込まれた。そのおかげで「期待してない」から「結構面白かった」に格上げ。文章の持つ力ってやはり侮れん。
面白かったのは「リアルタイム・ワールド」と「奇跡の石塚」。前者はある惑星の調査を行う探査船内での出来事。ある調査のために情報を1人の人間が操作することで地球とは切り離された空間の中、何が真実で何が操作された情報なのか、操作する人間にもわからなくなっていく状況が大変面白い。後者はある仕掛けが仕込まれており、その仕掛けがわかった瞬間、物語が一変する面白さがある。
評価:
嵐の孤島で起こる不可能犯罪。呪いをかけられて死んだ翌日すでにその遺体は腐乱し、その謎を追う探偵役の賭博師は完全な密室の中で海からやってきたと思しき怪物に襲われる!幾重にも絡んだ謎は一体どのように解決されるのかがやはり見もの。その謎の解明に至るまでの探偵と容疑者、賭博師であるがゆえに疑いの目を探偵に向ける警察とのやり取りに興奮し、最後に探偵が仕掛けるきわどい罠に「えっー!」と賛否入り混じる声を上げることでしょう。
そうした謎の数々をさらに深くしていくのは本書全体に漂うオカルトな雰囲気。一族の呪いや水の精霊、オカルチックな書物や手紙の数々。横溝正史ばりの舞台設定が用意され、否応なしに登場人物たちを引っ張り、老婆が「タ・タ・リじゃー」と言ったり言わなかったり。それより早く解決しろよ、と思うのはきっと私だけではないでしょう。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【単行本班】2008年7月の課題図書 >下久保玉美の書評