『シズコさん』

  • シズコさん
  • 佐野洋子 (著)
  • 新潮社
  • 税込1,470円
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評価:星3つ

 教員免許を取るために、老人ホームで一週間ほど介護実習をしたことがある。山奥の、交通の便が悪いところに建てられた施設だった。たまたま実習期間が一緒だった、違う大学のOさん(あれ以来、会っていない)は、休み時間に二人で外に出たとき「ここは姥捨て山だね」と言った。私は黙っていた。何も言えなかった。
 そのことを思い出したのは、佐野洋子さんが、母のシズコさんを施設に入れたことを「捨てた」と表現していたから。自分でそう表現してしまうようなことを決断するのは大変だったろう。けれど、そうするしかなかったのだろう。
 洋子さんの母への想いは、まさに「愛憎」。一度も母を好きになったことはない、としながらも、何度も何度も母を訪ね、会話を試みる。合い間に挟まれる幼き日の自分と母とのエピソード。
 読んでいてどんどん不安になっていった。それは内容云々よりむしろ、同じエピソードが何回も繰り返し語られることについてだった。小説的技巧なのか、それとも……。洋子さんが心配になった。

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『東京島』

  • 東京島
  • 桐野夏生 (著)
  • 新潮社
  • 税込 1,470円
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評価:星4つ

 描写が凄い。情景描写も心理描写も両方。それだけで買い。
 ジャングルに覆われた島と、欲望や感情が剥き出しになった人間たち。無人島で集団生活したことなんてないのだから、言葉は間違っているかもしれないが、とてつもなく「リアル」を感じた。こうなるだろう、こうなっておかしくない、と思わされる説得力があった。
 そもそも設定が秀逸。「無人島に漂着した31人の男と1人の女」というコピーが読書欲をそそる(読後に、本書が実在の「アナタハン島事件」を下敷きにしていると知ってびっくり。似たようなことが実際にあったなんて)。
 色々と考えさせられたし、エンタメとしてもとてもおもしろかった。読んで大満足の1冊。

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『百瀬、こっちを向いて。』

  • 百瀬、こっちを向いて。
  • 中田永一 (著)
  • 祥伝社
  • 税込1,470円
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評価:星5つ

 どかーん。
 はい。きましたどかーん。心の花火あがりましたー。すっげえ良いです。再読あんましない私が、ここ1ヶ月で5回読みました。それほど心地良い読書感。上半期に読んだ恋愛小説のベスト1っすね。
 いやあ、何ともぐっとくる小説ですわ。「キュン」も「ホロリ」もばっちり詰まっていますし、何より作品全体を流れる空気が良いね。自分を物語の主人公だなんて、絶対に思ってない人たちの物語。特に、かつて教室のすみっこにいた人たちに、ぜひ読んでいただきたいです。
 人が死なないのもポイント高い。恋人(or大事な人)が死ぬ「泣かせ恋愛小説」を否定するつもりはないですけど、さすがに食傷気味な人も多いんじゃないでしょうか。
『I LOVE YOU』と『LOVE or LIKE』を読んじゃったからなあ……って人! 長めの書き下ろしありますんでぜひ!
 作者が○○の別ペンネームとかそういうことがどうでもよく思えるくらいの良書ですよこれは!

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『荒野』

  • 荒野
  • 桜庭一樹 (著)
  • 文藝春秋
  • 税込1,764円
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評価:星3つ

 ひとりの女の子が「少女」から「女」へと変化する特別な時間を、ていねいに描いた物語。
 中学生って、こんな幼かったっけね。忘れていた気持ちや考え方を、思い出させてくれる作品です。べたべたし過ぎず、どろどろし過ぎず、さらさらし過ぎない恋愛もいい。初々しくて、微笑ましい。
 文体はラノベ寄り。というか第一部、第二部はライトノベルとして発表されていた作品なんで、寄り、じゃなくてまんまライトノベル。『私の男』だけ読んで、似たような作品を求めていた人は文体で戸惑うかもしれません。注意。
 自分の地元が舞台なんで細かいところが気になってしまいました。大船駅からバスで20分の塾ってどこ? 駅近辺の方が、たくさん塾あるよ。電車で違う駅に行くならわかるけど……とか。どうでもいいですね。

 蛇足の追記。
「悪霊退散」って心の中で連呼していたりとか「楽しいのかな……。かな……」っていう言葉遣いとかで吹いてしまった。別にパロディじゃないんだろうけど。

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『やさしいため息』

  • やさしいため息
  • 青山七恵(著)
  • 河出書房新社
  • 税込1,260円
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評価:星3つ

 会社に三ヵ月半勤めて思ったこと。社会人って、学生のときと比べて「節目」が少ない。だから自分で意識していないと、あっという間に日々が流れる。その流れに身を任せるのは良いのか悪いのか。
 本書の主人公まどかは社会人5年目。特別親しい友人も、恋人もいないけれど、これといった不自由を感じない毎日を過ごしている。ある日、行方知れずの弟・風太と4年ぶりに再会して……
 まどかの日常は、起伏に乏しい。それはまどか自身が変化を「疲れる」ものとして遠ざけているからだ。普段読まないような種類の本を読むのも、飲み会に行くのも、会社の人と話すのも疲れるから別にやらなくていい。でも、風太が現れたことで、その日常が少しだけ変わる。
 作品全体が「やさしいため息」という雰囲気だった。笑顔で、軽い息をつくような感じ。
 私は流れに身を任せていたくない。何かやってみようと思う。手始めに、風太がつけているような日記を付けてみようか。
 あと、昼飯どうしようか、ってすっごい考えるよね。

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『限りなき夏』

  • 限りなき夏
  • クリストファー・プリースト(著)
  • 国書刊行会
  • 税込 2,520円
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評価:星3つ

 クリストファー・プリースト? 聞いたことあるかも。代表作は『奇術師』に、『双生児』? わかった! それって、年末に発表されるミステリランキングにランクインしてたやつっしょ? だよね? 本屋でも見かけた気ぃするしー。確か、分厚めだったよね? え? SFなんだー。へえー。SFかあ。……ごめん。SFって、苦手なんよね。何だか難しくて途中からよくわかんなくなるからさー。
 これはそんなに難しくないから大丈夫? それ、前も言ってたよね。で、読んでみたらヤヤコシー内容の本であって挫折、と。だから俄かには信じられんなあ。ホントに大丈夫? じゃあ「大丈夫」の根拠言うてみ、根拠。1.短編集なので、1話1話が短い、ね。なるほど。確かに長ければ長いほど、仕掛けや設定が複雑になっていることが多いものね。で、ほかには? ……え! 終わり? 後は読んでみるしかないの? そっかー……。
 わかったよ。そこまで薦めるなら読んでみますよ。
 ……。
 あれ? ほんとだ。SFだけど、わかりやすいね。そしておもろい。普通の恋愛小説みたいに読めるし。

 つーわけで、わかんなくならんと思います。今回は。

 …………読んでなくても書けるような書評になってしまった。申し訳ありません。私は「青ざめた逍遥」が好きです。

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『絞首人の手伝い』

  • 絞首人の手伝い
  • ヘイク・タルボット(著)
  • 早川書房
  • 税込1,365円
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評価:星3つ

 正直、きつかった。今月の課題図書の中で、読みきるのにもっとも時間がかかった。
 言葉遣いが難しいわけではない。親切な注が付いているので、意味のわからない言葉があるわけでもない。でも中々小説世界に入り込めなかった。登場人物が多めの小説において、人物名・地名が全てカタカナだと展開が頭に入りにくくなるのは、私だけではあるまい。
 嵐が荒れ狂う中、クラーケンという名の孤島で起こった怪事件。口論の末の一言「汝、オッドの呪いによりて朽ちはてよ」という呪いの言葉により、人が絶命、しかも死後数時間も経たないうちに死体が腐乱してしまう。一体、何故?
 60年以上前に書かれた作品。そのせいかミステリの源流という印象。嵐の孤島だし。トリックは面白かったし、探偵も良かった。決してつまらなかったわけではない。ただ、読書にかけた労力を考えると、これを読むなら国内ミステリで良いかな、と思ってしまった。
 はあ。それにしても、自分が苦手だと自覚しているタイプの小説をすらすら読むためにはどうしたら良いのだろう。苦手意識を持たない、というのが一番良いのはわかっているんだけど。

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増住雄大

増住雄大(ますずみ ゆうだい)

 1984年9月18日生まれ。4月より、社会人1年目。神奈川県横浜市在住。
 日本の現代小説が好きです。好きな作家は青木淳悟、阿部和重、伊坂幸太郎、いしいしんじ、絲山秋子、岡田利規、乙一、金原ひとみ、笹生陽子、佐藤友哉、柴崎友香、高橋源一郎、辻村深月、豊島ミホ、長嶋有、中原昌也、中村航、中村文則、西尾維新、樋口直哉、福永信、古川日出男、保坂和志、穂村弘、堀江敏幸、舞城王太郎、前田司郎、町田康、本谷有希子、森見登美彦、吉田修一、吉村萬壱、米澤穂信、渡辺浩弐(五十音順)など
 小説以外だと、漫画や雑誌、酒、格闘技観戦、お笑い、椎名林檎が好きです。
 よく行く書店:丸善丸の内本店、紀伊國屋書店新宿本店、ジュンク堂新宿店、ブックファースト渋谷店、文教堂飯田橋店、ブックス深夜プラス1。

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