WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年8月 >島村真理の書評
評価:
好きな人に先立たれるという、そんな悲しい過去を背負うことになったら自分はどうなるのだろう。案外見た目は普通となんら変わらず生活しているかもしれない。でも、本当にちゃんと前を向いて歩いているのだろうか。どこか見えないところで歪んで、心の傷がイタイイタイと言っているのではないだろうか。
奈緒子は加地君を事故で亡くしてしまう。いまは共通の友人だった巧君と付き合っている。すごく悲しくて涙が止まらない話かと思っていたが、彼らの日常は変わらずに、やさしい時間が流れている。しかし、奈緒子の父が赴任先から突然帰ってきてから、止まっていた時間が動きはじめる。
ふとした瞬間、忘れてはいないけれど向き合ってなかった悲しみがどっと噴出してきて、それが思った以上に激しくてハッとさせられた。恋人を失った奈緒子の心の動きもそうだが、友人を失った巧のせつなさも見逃せない。愛する人を亡くすこと、分解寸前の家族、不安や悲しみ、いろいろあってもいつかは乗り越えられるという気持ちに共感できます。
評価:
「古本」、新刊書を扱う普通の書店とは違うこの響き、やはり本好きをワクワクさせるでしょう。古本屋=安く本を買う場所でしかない私ですが、実はたくさんの発見と、すでに消えてしまった逸品に会える場所のようです。最近は、おしゃれに進化した古本屋というものも多いらしい。
角田光代さんが、古本の師匠(岡崎武志氏)に指定された古本屋を訪れ、時にはお題に従って古本を買ってくる。古書の価値などナンボもわからない人でも、ほのぼのとして楽しめる内容です。もちろん、読んで楽しむだけでなく、古本屋に行ってみたくなります。
これを読んでから、本に対する目線が変わってきました。すっかり影響され、師匠がつい買ってしまうという本の紹介に従って、黒柳徹子の「トットのピクチャー・ブック」を早速購入してしまいました。105円で……。はじめの心得で「わたしはわたしの風邪をひく」とありました。これは、自分の趣味・興味・関心に基準をおけということですが、なにぶん初心者ですから、はじめはこれくらいの気楽さでいいのかもしれません。
評価:
桜ヶ丘FCに所属している遼介は、6年生になってずっと手にしていたキャプテンの座とレギュラーのポジションを失ってしまう。初めての挫折が、本来の実力も、サッカーを好きだったという気持ちもあやふやにしていってしまう。
自信を傷つけられ、情熱もすぼまっていく遼介、才能はあるけれど、うまくない子への配慮が足りない良、有名サッカークラブから編入してきたポジション争いのライバルとなった青山。空回りするチームの雰囲気。この最悪な状況をどう克服するかという、お決まりのストーリーですが、こういうわかりやすさが楽しいです。
チームの苦境を救う、木暮コーチの「サッカーを楽しもう」という言葉が好きです。ちょっとお気楽過ぎるけれど、自分を肯定するポジティブな気持ちというのは大事ですから。
挫折して悩んだり、もがいたりは若さの特権。みんながのびのびとプレーをして、勝つために一丸となってがんばる姿はすがすがしい。大人も、子供のころと同じように悩み苦しむけど、こんな風に昇華できないもの。「子供に戻った気分」を味わうにうってつけです。
評価:
先日、第139回の芥川賞に中国人の楊逸氏が選ばれましたが、中国人が書く今の中国の作品を読むのはこれが初めてでした。それだけでも面白い作品。中国人の女性私立探偵、王梅(ワン・メイ)が活躍します。彼女のハードボイルな様子といったら。並みいる名探偵たちに全然負けていないようです。
とても興味深く思ったのは、現在の中国(だと思われるところ)が垣間見えるところ。お金があればオールオッケイという、経済が急成長している国でありがちな価値観や、それでも、家族や同属間の繋がりが深いところ。そして、エリート道から挫折して、自立しようとする梅の生活と、才能でのし上がり、玉の輿にまで乗った妹のセレブな生活の差。どこをとっても、らしいなと納得してしまいました。
そして、あの国で私立探偵という職業がどう成り立っていくか。もちろん、簡単ではありません。でも、権力とお金があれば、仕事がやりやすそうでもあります。誇り高くて優秀な梅がどう仕事をこなしていくのか注目です。
評価:
人種・階級・性別間で差別と偏見が生まれる。人間が生まれた瞬間から、今まで一度もなくなったことのない事実でしょう。感情として起こるというのはまだしも、科学がいつのまにか差別主義に加担していたということを知っていただろうか。
著者は、科学の名の下に犯された過去と現在の、差別を肯定する実験や考えの資料をていねいに紹介し、どう間違ってきたかを示している。大変興味深くて、意欲を感じる内容だ。しかし、難しすぎるのです。専門用語も多く、数字も多い。残念ながら頭に入ってこないところが多すぎて、読書中は睡魔との闘いだった。
けれど、収集した人の頭蓋骨の容量を量り、そこから進化の度合いを示そうとしたり、IQという知能テストで人をランク付けしてみたり。賢い学者が何をするという滑稽な話ばかりで驚きだ。人とは愚かなものだなと思うところだ。それが、まかり通る時代に、知能が低いと判断された立場ならと思うとゾッとする。
科学について、そして差別について考えさせられます。過去の過ちを知ることの大切さを感じました。
評価:
肉体の極限まで使って、ついには能力をも超えて結果をだしてしまうスポーツ選手と、病と闘い打ち勝った人たち。私が尊敬するならこんな人だ。ランス・アームストロングはそのどちらもやってのけた人。
彼は有名な自転車選手で、ツール・ド・フランスで7連覇の偉業も達成したそうだ。ツール・ド・フランスは有名な自転車レースのひとつ。私にはあまりなじみがないのだが、一度だけみたある年のレースがあまりにも過酷で(路上に躍り出た観客との衝突とか、ガードレールすらない坂を勢いよく下るとか)非常に驚いた。
アームストロングは、少年時代の苦労を乗り越え、自転車競技で才能を発揮し、これからというところで睾丸癌を発病する。そして、それも克服し復活する。驚くほどの波乱万丈さだ。今も生きているというのは、彼がものすごくラッキーだからと言うこともできる(本人もそう言っている)。でも、どんな困難にもあきらめず、闘志をむき出しに挑めるというところが、圧倒的に心を打つのだろう。もっとも、そこがアメリカ人らしいという印象も与えるが。誰でも同じようにはいかない。勇気をもらえるとてもいい本だ。
評価:
タイトルであれっと思う。そう、日本人なら誰でも知っているあの話に関係があるらしい。白人が書く“サムライ”の話。いったいどういうことになるのか、ちょっと心配しながら読み進めました。
硫黄島での戦闘から現代の東京へ。時を越えて、ボブ・リー・スワガーと矢野を結ぶひとつの刀。そして、父から息子へというテーマ。風呂敷を広げすぎで、どういう結末を持ってくるのかと思ったが心配後無用。恐ろしいくらい深い知識(刀や日本の歴史、某組織に関する)を持って、よく練られて書かれたものでした。もちろん、そこは微妙に違うかなと思う程度の違和感はあります。でも、難癖つける隙があまりない作品で驚きました。
作者をスランプから救うきっかけになった、サムライ映画(なんときっかけは「たそがれ清兵衛」)たちへのオマージュであるというこの作品。刀と刀で血みどろになる死闘を存分に味わえます。映画の一場面が目に浮かぶくらい。あまりに血なまぐさくてうんざりするほどです。けれど、これだけていねいに日本を舞台に書かれた作品が読めるのは、むしろ光栄でした。
WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年8月 >島村真理の書評