WEB本の雑誌>今月の新刊採点>【文庫本班】2008年8月 >福井雅子の書評
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いまどき珍しいぐらい直球どまんなかの純愛小説! 恋人の死をひきずる主人公と、死んだ恋人の親友というのはありふれた設定だけれど、小道具に文化祭のプラネタリウムやフォークダンスなど古典的なアイテムがちりばめられ、小細工なしの純愛が引き立てられていて好感が持てる。
恋愛小説としては、確かに面白みには欠ける。でも、見方を変えて再出発の物語として見れば、とても味わいのある物語だと思う。この小説は、恋人を亡くした奈緒子と親友を亡くした巧の、新たな一歩を踏み出すまでの物語であり、奈緒子の父、奈緒子の一家の再出発の物語でもある。その視点でみると、この作品はまた違った輝きを放ち、悲しみが癒えるとはいったいどういうことなのだろうと静かに考えさせられる。
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師匠・岡崎武志の指南を受けながら弟子・角田光代が古書店めぐりをして古本道を究める過程を、弟子と師匠の交互の手記で追う形の古書道入門ガイド。一緒に古本屋街を探索しているような高揚感を味わえるのがなんとも魅力的。
この本が、今までに読んだいくつかの古書道についてのうんちく本と違うのは、すでに古書店通いを楽しんでいる中・上級者向きではなく、初心者と、「本は好きだけれど古本屋はどうも入りにくくて……」と思っている「入門者予備軍」向けに書かれている点だ。その入門者予備軍の一人である私は、途中からいてもたってもいられなくなり、すぐにでも神保町古書店めぐりの旅に! という気持ちになった。これって、デパートやショッピングモールの夏のバーゲンの広告を見たときの気持ちに似ているような……。この本、「日本古書店協会」(そんなものがあれば、の話)か何かのPR本なのでしょうか?
本好きだけれど、古本屋はどうも入りにくくて……という方に、是非おすすめです!
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「少年サッカーチームのコーチ経験がある」と著者自身があとがきで述べているが、これは実際にサッカーボーイズたちを間近に見てきた人にしか書けない物語だと、あとがきを読む前から確信していた。小学6年生の少年たちの瑞々しさを、これほどリアルに伝える小説は過去になかったように思う。グラウンドの埃っぽい風や雨のにおい、少年たちの汗のにおいや表情のひとつひとつに、嘘がない。実際に肌で感じたものを描いたことで、青春スポーツ小説にありがちな、どことなく気恥ずかしいような青臭さが消え、実にさわやかな物語なのだ。
最近、サッカー少年たちを見守って過ごす週末が増えている私の心に、違和感なくストンと収まったこの物語、現役サッカー小僧たちにもきっと受け入れられるはず。小学校高学年から中学生、高校生のティーンエイジャーにぜひ読んでほしいと思った本だった。
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中国人女性私立探偵の王梅(ワン・メイ)が、伝説の翡翠の行方を追うミステリ。ただし、本格ミステリというよりは、ミステリの形をとって、今も中国社会や家族の中に影を落とす文化大革命の傷跡や、母と子の愛憎を描きたかったのではないかと思われた。実際、ミステリのストーリー展開よりも王梅一家の過去の出来事や、家族の確執のほうに興味がいっている自分に、途中で気づいた。
力強くぐいぐい書いている感じが伝わってきて、読者はそのパワーにひきずられて最後まで読んでしまう。これで、ミステリのほうのストーリーにもう少し工夫があれば……と思ってしまうのは贅沢だろうか。
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科学者であり、科学エッセイストでもあるグールドが、科学が間違った測り方で人間を測ることで差別の手段となりうることを告発し、科学のあり方を問うた歴史的名著。長いことと、やや専門的な内容も含まれることで、一般読者の評価は分かれるかも知れないが、なんと言っても内容が濃い。そして、これだけの内容を、専門家でない人々にわかりやすく説明した文章力もすばらしい。長いので飽きてくることは否めないが、良質の本だと思う。
でも、この内容からして、この本の出版によってグールドは多くの敵を作ってしまい誹謗中傷の対象になったのではないかと心配になってしまう。そんな危険も顧みず、差別や偏見をなくすためにこの本を出版したその勇気が、何よりもすばらしいと思う。ノンフィクションや科学エッセイが好きな人には、是非おすすめしたい本である。
評価:
参りました! そう叫ばずにはいられない。すごい。すごすぎる。最近自分の人生に興奮と感動が足りないと思っているアナタ、くよくよと弱気になっているアナタ、とりあえずこの本を読んでみてほしい。
「癌の肉体的苦痛は、僕をそれほど悩ませなかった。僕は苦痛に慣れていた。〜考えれば考えるほど、癌は自転車競技に似ている」末期癌から生還してツール・ド・フランス7連覇を達成し、そしてさらっとこのセリフである。いや、だからこその癌克服であり、ツール・ド・フランス7連覇なのだろう。末期癌に打ち勝つためであっても、世界一過酷な自転車レースに勝つためであっても、一番大切なものは強靭な精神力であることを思い知らされる。誰もが彼のように強くなれるわけではないことはわかっているけれど、せめて自分から弱気になるのは止そうと思わせてくれる本だった。とにかく、ランス・アームストロングの強さに脱帽──。
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硫黄島で父親と戦った日本軍将校の遺品の刀をめぐって、ボブ・リー・スワガーが日本で起きる不可思議な事件に巻き込まれていくエンターテインメント小説。
刀、サムライ、武術、正宗、村正、忠臣蔵、新撰組、歌舞伎町、ヤクザ……外国人が好む「日本らしい」小道具のオンパレードだ。そして、問題の刀の素性がまた、ゴージャス。日本人から見ると、やや不自然な感じがしなくもないが、ハリウッド映画のアクション巨編を楽しむと思って割り切って読めば、なかなか楽しい。
義の刀は道を知る。徳を有しない刀は、血を求め無差別にあらゆるものを斬る。それは妖気を放つ邪刀だ──そんな意味の一節があるが、刀に込める武士たちの特別な思いを題材に、ここまで大掛かりなエンターテインメント作品を作り上げた創造力と構成力は素晴らしいと思う。
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