『ラブファイト 聖母少女』

  • ラブファイト 聖母少女
  • まきの えり (著)
  • 講談社文庫
  • 税込 各660円
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評価:星3つ

 幼馴染の亜紀はケンカがめちゃめちゃ強かった。小さい頃から彼女に守られ、いつまでも勝てない稔は、中学生になってもふがいない自分に見切りをつけるため、ボクシング・ジム入門する。実直な会長に惹かれ、ボクシングの面白さにはまっていくが、稔と同じ高校に入学した亜紀も、ボクシング・ジムに通うという。
 ひ弱な男の子がコンプレックスを超えていくラブコメかと思ったら、真剣ボクシングのスポ根ものでした。その上、会長をめぐる大人の世界の愛像劇まであって盛りだくさん。稔のコツコツ成長していくボクシングスタイルを楽しむもよし、女というハンデを吹き飛ばす、世間に迎合しない亜紀の潔さをあじわうもよし。会長を含めた大人たちの四角関係の悶着がピリッとせず対照的だったが、ボクシングの世界を純粋に楽しめた。
 けれど、大人気ない策略に子供たちを巻きこんだりする心の動きが安直だし、亜紀の不可解な行動理由がどうしても腑に落ちないのだ。自分と作者との相性の問題だと思うのだけれど、もう少しどうにかなったんじゃないかと思って残念です。

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『子午線を求めて』

  • 子午線を求めて
  • 堀江敏幸 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込650円
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評価:星3つ

 子午線が、グリニッジ天文台を通る本初子午線以外にもう1つあることを知ったのはそんなに前ではない。ベストセラーにもなった「ダヴィンチ・コード」がそうだが、ほんというと、ちゃんと意識したのは本書で。現在のグリニッジ子午線が“本初”となるまで、フランスではこのパリ子午線が基準だったようだ。その「パリ子午線」を同名のタイトルで追ったレダの本がきっかけとなり、著者がたどる子午線の旅。どこにあるかうやむやな鋲を求めパリをさまようように、著者の思索もただよっている。フランス文学をたどる21編の読書記録。
 仏文学者で芥川賞受賞作家でもある堀江敏幸。さすがというか、たくさんの仏文学とパリの風景を取り上げて紹介してくれている。いかんせん仏文になじみがない上に、少しは知っているパリ旅行の記憶も遠い彼方。心地よく読み切るには、理解がついていけずに苦労してしまいました。
 しかし、「わかる、納得できる」だけが読書じゃありません。少し背伸びをして、未知の世界をのぞき見るのも立派な楽しみ方のひとつだと思います。

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『誰よりもつよく抱きしめて』

  • 誰よりもつよく抱きしめて
  • 新堂冬樹 (著)
  • 光文社文庫
  • 税込600円
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評価:星3つ

 世の中にはいろんな病気がある。薬や手術で治るものから、精神的なもので明確な治療が難しいものまで。水島月菜の夫、児童文学作家の良城は強迫的な潔癖症。とても優しくと思いやりのある夫だけれど、ある出来事から妻に指一本触れることができない。二人の気持ちがすれ違ってなかなか交わらないせつないお話だ。
 愛しているのに何らかの障害がある(または障害となる人がでてくる)。というのは、恋愛ものの永遠のテーマで、王道のシチュエーション。叶いそうで叶わない、結ばれそうで結ばれない。じれったければより楽しみも増える。この小説はその黄金律をもっていて、じりじりさせられました。
 月菜に言い寄る年下の男前のバーテンダー。夫と同じ病気を持っていて、彼に好意を寄せている女性の登場。子供ができないのは嫁のせいだと決めつける姑。恋愛なんてゲームだと考えている女友達。月菜と良城が抱える問題がちょっと特殊なだけで、他はステレオタイプでひねりはない登場人物たちだが、長年よりそった夫婦に訪れる危機がわかりやすく楽しめる。純愛小説のど真ん中をついています。大人のための恋愛小説でしょう。

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『一九七二年のレイニー・ラウ』

  • 一九七二年のレイニー・ラウ
  • 打海文三 (著)
  • 小学館文庫
  • 税込580円
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評価:星3つ

 大人の男性目線の恋愛小説。乾いていて淡々としていて、立ち上ってくる欲望が匂うような文章だ。男が悪ぶって渋い自分を想像しているような。女からみると、かっこつけちゃっていて、でもそこがかわいいと思うような。抑制されていて目立つ印象はないが、なかなかいい男の魅力があった。遠い昔の、旅先で偶然出会った、仕事先にいた女たちとの関係をえがいた短編集。
 反対に、登場する女性は色とりどりだ。表題の「1972年のレイニー・ラウ」では、年齢に不似合いな大人ぶりをみせる娘。彼女はまるで、過去からやってきた父親の昔の女みたいに正しい道に導く。「路環島にて」では、男の思うままに誘われ乱れミステリアスに去っていく女性が、「ここから遠く離れて」では、作家のインスピレーションを刺激し、望ましい共感を持ってくれる理想の女性が登場する。巻頭の「初恋ついて」からの印象で、彼女たちは作者になんらかのかかわりのあった人たちではないかと推測されるし、「あとがき」では、やはりそれはこちらの勝手な思い込みなのかなとはぐらかされる。ほろ苦い味のする恋が楽しめるだろう。

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『声をなくして』

  • 声をなくして
  • 永沢光雄 (著)
  • 文春文庫
  • 税込630円
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評価:星3つ

 インタヴュー集「AV女優」を読まずに手放した後に、その著者の闘病記を読む機会をえた。咽頭ガンで声をなくすというのはどういうことか。痛みに悩まされ、アルコールにおぼれ、鬱病を発症し、自分が決めた夢に手をつけることもできない毎日。袋小路の息苦しさが行間からあふれていて読むのはつらい。無為に見える生き方に、せっかく助かった命なのに……と、反発を覚える方もいるだろう。でも、「どんな形でも、なんとしてでも生きていく。死ぬときまで」という濃厚なメッセージがここにあった。
 3才か4才で「死ぬこと」を意識したことからはじまり、仕事で知り合った人の自殺やまだ若い知人の病死、自分の病気と「死」をみてきた著者。人はあっけなく死ぬ。だから(わざわざ)死に急ぐなと。あなたの死は周りの人に大きな影響を与えると訴えてくる。
 時には、今の自分がこうあるのは「両親の育て方の責任」とうそぶく。行き詰っても、こんな逃げ方があるのだなと勇気づけられるところだ。明るい前向きさだけをうたう偽善的な方法をとらず、ありのままにさらけだした日記があることで救われることもある。心が弱くなった時に読んで欲しい本だ。

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『凍』

  • 凍
  • 沢木耕太郎 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星4つ

 最強のクライマーと言われる山野井泰史とその妻妙子。夫婦が挑んだのはヒマラヤ難峰ギャチュンカン。壮絶な闘いの記録をノンフィクション作家の沢木耕太郎が手がけたものだ。事前情報もないまま読んだので、初め、これはまったくのフィクションだと思い込んでいた。それほど、描かれている遭難の描写は過酷で想像を絶する内容だった。
 条件の悪い氷壁、妻の体調不良、突然の吹雪、雪崩、10センチ足らずの棚でのビバーク、凍傷……。書き出したらきりがないほどの難関の連続。けれど、2人は驚くほど冷静で決して悲観しない。頂上を目指しつづけ、そして、地上まで降り続けるのだ。特に驚くべきは、妙子さんの強さ。泰史氏が全面的に彼女に信頼を寄せているのもうなずける。夫妻が登りつづけることの理由は、何があっても湧きあがってくる「次はどの山にのぼろうか」という自然な体の反応なのだ。理由や理屈とは無縁の、心からの欲求に身を任せられる自由さがまったくうらやましい。
 先日クマに襲われた登山家のニュースを見たが、なんとそれは山野井泰史氏のことらしく、現在は無事退院しているという。日記では「生きている熊に触れられるなんて……感動」とあり、たくましく何物にも動じない彼らしい言葉だと感心した。

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『社交ダンスが終わった夜に』

  • 社交ダンスが終わった夜に
  • レイ・ブラッドベリ (著)
  • 新潮文庫
  • 税込820円
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評価:星3つ

 25編の短編集。レイ・ブラッドベリはSF作家というイメージをもっていたのですが、上質な短編を書く作家でもあるのですね。日常の小さな断片が、些細なのにキラっとしていて、もの悲しくて。余韻をこんなにもバリエーション豊かに楽しめるなんてお得だと思います。
 印象的だったのは、50年前にした約束で昔の仲間が小学校に集まる「はじまりの日」、急場しのぎの映画をめちゃくちゃに上映して評価される「ドラゴン真夜中に踊る」、ゴルフ場でロストボールを拾う老人との話の「19番」、読唇術ができる男がレストランで出会った家族の話を盗み聞く「わが息子マックス」。どれも魅力的なので、映画に仕立てなおしたものを見てみたい気がします。彼の作品の多くが映像化されているのは、美しい瞬間がインスピレーションをかきたてるからじゃないでしょうか。
 80歳を超えても精力的にすばらしい作品を発表する。読者としては本当にありがたいことです。レイ・ブラッドベリはどこかのインタビューで、「心にとまったことをすべて書き上げ、最後まで書き通してしまうことが大切だ」と答えていました。私たち読者も見習って作品に身をゆだねてしまうことが大切だと思います。

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島村真理

島村真理(しまむら まり)

1973年生まれ34歳。主婦。徳島生まれで現在は愛媛県松山市在住。
本なら何でも読みます。特にミステリーとホラーが好き。
じっくりどっぷりと世界に浸りたいから、乱読から精読へと変化中。
好きな作家は京極夏彦、島田荘司、黒川博行、津原泰水、三津田信三など。
でも、コロコロかわります。最近のブームは、穂村弘。
ここ1年北方謙三の「水滸伝」にはまってます。本当にすばらしい。
よく利用するのは図書館、Amazon、明屋書店。
時間を忘れるくらい集中させてくれる作品と出会えるとうれしいです。

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