『螺鈿迷宮(上・下)』

  • 螺鈿迷宮
  • 海堂 尊 (著)
  • 角川文庫
  • 税込 各500円
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評価:星4つ

 『チーム・バチスタの栄光』シリーズ第三弾。前二作の会話中だけで登場していた氷姫こと姫宮が本作では重要な役割で登場します。ということですが、私、このシリーズ未読なのでよくわかりません。時々会話の中に『チーム・バチスタの栄光』の登場人物や事件のことが出てきますので、シリーズ愛読者にはニヤッとする場面が多いかも知れません。
  日本における終末期医療や死亡時医学検索の問題点という非常に重いテーマを、軽いタッチでミステリーに仕上げていて、この件については著者がテレビや著作で問題提起していますが、物語にすることで、こういったことに興味のない人たちにも関心をもってもらえるんじゃないでしょうか。
  シリーズの流れをくみながら、またこの作品が新たな源流となりそうな終わりかた。短期間に次々と枝葉をのばしていく〈桜宮サーガ〉にただただ驚くばかりです。シリーズ未読でも全然読めますよ。 

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『生き屏風』

  • 生き屏風
  • 田辺青蛙 (著)
  • 角川ホラー文庫
  • 税込500円
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評価:星3つ

 本作は第15回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作ですが、県境に住み里を守る小鬼の皐月と人間たちとの交流を描いた作品で、残虐な場面やグロテスクな描写がある一般的なホラー小説とは違い、心温まるファンタジー小説となっています。
  表題作「生き屏風」は幽霊となり屋敷の屏風に取り憑いた大店の奥方の話。幽霊となって我儘放題の奥方に手を焼いた主人が厄介事を皐月に押し付けるのですが、諦観すら感じさせる奥方の幽霊に対し、生きている人間の欲深さは醜くくてどっちが異形のものなのかといった具合。読んでいくうちに問題の元凶であるはずの奥方の幽霊に感情移入してしまい、とてもせつなくなりました。男が猫の妖にたのんで雪にしてもらう「猫雪」という話も幻想的な描写がすばらしく、ホラーっぽいのは冒頭皐月が馬の首から這い出てくるところぐらいですので、ホラーが嫌いな方も読んでみては如何でしょうか。

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『細菌と人類』

  • 細菌と人類
  • ウィリー・ハンセン、ジャン・フレネ (著)
  • 中公文庫
  • 税込900円
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評価:星3つ

 時には人間に死をもたらす恐ろしい細菌と人類との闘いの歴史を、ペストやコレラといった人類に大きな被害をもたらした16種類の細菌別にたどった作品。一冊で16種類の細菌について書かれているので、あまり深く掘り下げていない部分もありますが、ここで取り上げられている細菌は先進国に暮らす現代人にとっては馴染みのうすいものばかりなので、とても勉強になりました。疫病をもたらす細菌は天候とともに人類の歴史に大きな影響を与えてきました。そういった意味では細菌が歴史をつくったといっても過言ではないのかも知れませんね。また、細菌による感染症は、様々な差別を生む要因にもなっており、ユダヤ人が十四世紀流行したペストの原因であると迫害された結果、当時彼らに対して寛容だったドイツやポーランドなどの東国に避難し、それによりユダヤ人の大きな居留地が出来たという事実は、後のナチスによるホロコーストを考えるとあまりの皮肉さに悲しくなりました。

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『蓬莱洞の研究』

  • 蓬莱洞の研究
  • 田中啓文 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込730円
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評価:星2つ

 無理やり個性的に仕上げたような極端過ぎるキャラクター、道場で多数の門下生をかかえる由緒正しき古武道の技に名前がついていない、表題作『蓬莱洞の研究』で生徒たちが行方不明になった理由の馬鹿馬鹿しさなどなど、どうも訳が分からない。何なんだろうなと考えましたところ、私、はたと気づきました。これは漫画や。表紙や挿絵にある瀬田清氏のイラストで描かれたと仮定した学園コメディ漫画を、文章におこした風にした小説なんですよ。そう思って読みすすめると面白いもので、さっきまで気になって仕方がなかった変な設定が特に気にならずに読めました。
  ただ、〈雨はまだ電気掃除機のような音をたてて降りしきっている〉とか〈パイ生地が発酵して膨れあがるように、むくりと起きあがった〉といった独特の比喩表現には個人的についていけないものがありました。

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『時間封鎖(上・下)』

  • 時間封鎖
  • ロバート・チャールズ・ウィルスン (著)
  • 創元SF文庫
  • 税込 各987円
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評価:星5つ

 ある日、漆黒の界面に包まれてしまった地球は、外の宇宙に比べ時間の流れが1億分の1の速度になってしまった。赤色巨星となった太陽に地球が呑み込まれてしまう前に人類はこの危機を乗り越えられるのか。界面内外で時間の進み方が違う時間傾斜というアイデアがすばらしい長編SF。
  界面外の時間が速く進むことがこの物語中での死活問題になっているわけですが、そのおかげで他惑星のテラフォーミングの結果を数ヶ月で見ることが出来るという夢のようなことも可能で、気分はまるっきりシムアース。そして本作は、危機からの脱出という流れともうひとつ、地球をこのような状態にした存在(物語内では仮定体と呼ばれる)とのファーストコンタクトものとしての楽しみもあり、大興奮の内容でした。いろいろと説明不足の部分もあるのですが、それはシリーズで追い追い明らかにして頂けると期待します。

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『猫泥棒と木曜日のキッチン』

  • 猫泥棒と木曜日のキッチン
  • 橋本紡 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込420円
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評価:星3つ

 母親が家出して、5歳の弟と二人で暮らす女子高生みずきが主人公ですが、彼女の場合、母親がいた時も家事は自分がしていて、お金も母親が残していった貯金があり、裕福ではないけれど生活できる状況で、暗い感じはしません。ただ、みずき自身、気づいていないだけで、猫の死骸を庭に埋めるという行為で心の空隙を埋めていたんではないでしょうか。私たちは生きていく中で色々な物を失って、それでもそんなことはおかまいなしに人生は進んでいき、またそれでも生きていればその中で自分にとってかけがえのない何かを得ることもあります。著者の作品は8月の課題書『流れ星が消えないうちに』と本作しか読んでいませんが、どちらもそういったことを感じさせてくれる作品のような気がします。読んだ後に、ものすごく感動したとか、涙が止まらなかったとか、そういった作品ではないのかも知れませんが、静かに心に染み入ってくるお話でした。

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『ティファニーで朝食を』

  • ティファニーで朝食を
  • トルーマン・カポーティ (著)
  • 新潮文庫
  • 税込580円
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評価:星4つ

 同じ新潮文庫の龍口直太郎訳では、バーボンやレズビアン、マリファナ、ティファニーにまで訳注がついていて、時代を感じさせます。四十年前の日本人にとって、アメリカはまだまだ遠い国だったのですね。今回の村上春樹氏による新訳ではさすがにそういった訳注はありませんし、文章も読みやすいような印象を受けましたが、カポーティ研究も進んでいて、アメリカ文化の知識も増えている現代の翻訳なので、それも当然のことなのかも知れませんね。内容に関しては今さら言うまでもありませんが、映画と原作は全くの別物ですので、映画しか観たことない方はこの新訳の文庫が出た機に読んでみてはいかがでしょうか。
  収録作「クリスマスの思い出」中の言葉で旧訳では〈年のせいでもうろくしたんじゃよ〉という部分が、新訳では〈年とって変てこだからだよ〉となっていて、これ読んでみるとわかるんですが、これだけで全然違う印象になるんです。自分としては新訳の表現の方が心に引っかかったので、そういう意味では旧訳読んだ方でも新たな発見があるかもしれません。

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佐々木康彦

佐々木康彦(ささき やすひこ)

1973年生まれ。兵庫県伊丹市出身、大阪府在住の会社員です。
30歳になるまでは宇宙物理学の通俗本や恐竜、オカルト系の本ばかり読んでいましたが、浅田次郎の「きんぴか」を読んで小説の面白さに目覚め、それからは普段の読書の9割が文芸書となりました。
好きな作家は浅田次郎、村上春樹、町田康、川上弘美、古川日出男。
漫画では古谷実、星野之宣、音楽は斉藤和義、スガシカオ、山崎まさよし、ジャック・ジョンソンが好きです。
会社帰りに紀伊国屋梅田本店かブックファースト梅田3階店に立ち寄るのが日課です。

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