『熱源』川越宗一

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

 平成で始まった2019年が令和で暮れようとしている。いろんなことのあったこの一年、しみじみと感慨深い。

 さぁ、年末年始読書にぴったりな読み応えありありな一冊を紹介しようではないか。
 昨年『天地に燦たり』でデビューした川越宗一待望の二冊目、明治の始めのサハリンから始まる壮大な物語『熱源』が熱いぞ!

 いろいろなところに住むいろいろな人々、それぞれに言葉があり、それぞれに文化がある。だけど、それぞれの「国」ってどこだろう。住んでいるところが自分の国か? 同じ言葉を話す人の住むところが国か? じゃぁ同じ国に別の言葉を話す人々がいるなら、そこは誰の国か?

 生まれ育った場所。親がいて家族がいて、友がいて。だけどそこがある日突然無くなったら、急にそこを追い出されたら。その理不尽さに抗うことが正義か、飲み込まれ馴染みそして失っていくのは悪か。

 サハリンで生まれ育ったアイヌの人々は「国同士の事情」により北海道に移住させられる。そこで、自分たちの言葉を捨て文化を捨て「立派な日本人」となることを強いられる。けれど同じように日本語を話し日本の名前を名乗って日本のために戦争に行っても日本の国籍を得られない先住民族もいる。かつて同じ土地で同じように暮らしていた人々が国と国の戦いの中で翻弄され蹂躙されていく。

 人が始めた争いは、人が終わらせることができる。だけどそれが「国」という単位になり、個々の顔が見えなくなったとき、人のチカラでは抑えることのできないものとなり、全てを奪い焼き尽くすまで続くことになる。何のために......理由も目的もわからないままただ人と人が憎しみ合い傷つけあう。「お国のため」? ならば国は人を守ってくれるのか。

 けれど私たちはこの一つの物語の中に見つけるのだ。たとえどんな理不尽な波に飲み込まれようと、自分や自分の大切なものを踏みにじられようと、彼らの中に決して消えない、消せない強い「何か」があったことを。それが40年の時を経てつながる奇跡となったことを。

 誰も誰のことも滅ぼすことなどできないのだ。失うことも奪われることもあってはならない。お互いにそれぞれの文化を受け止め尊重し、理解しようと努める。今も、これからも、必要なのはそれだけだ。

 さぁ、今すぐ本屋に走って『熱源』を手に取って! そして巻頭にある登場人物の、その発音しにくいアイヌやポーランドの人々の名前に一瞬ひるんだ後おもむろに読み始めるのです。

 そうすれば読後自分の中にある何かに気付くはず。あるいは何かが生まれたことに気付くでしょう。それこそが人が人として生きていくための熱源であり、決して終わることのない彼らの、そして私たちの物語なのだ。

<おまけの年末年始おススメ本>
*お正月の箱根駅伝を楽しみにしている方に額賀澪著『タスキメシ 箱根』(小学館)を。
*水墨画系青春小説がお好きな方には砥上裕將著『線は、僕を描く』(講談社)を。
*浮世の垢を洗い流したい方には小野寺史宜著『まち』(祥伝社)を。
*優しく温かい涙を流したい人には加納朋子著『いつかの岸辺に跳ねていく』(幻冬舎)をオススメして今年の担当を締めまする。

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。