『たぶらかし』安田依央

●今回の書評担当者●ダイハン書房本店 山ノ上純

 近頃(と言っては失礼ですが)すばる新人賞が面白い。

 もちろん、これまでにも花村萬月・篠田節子・佐藤賢一・山村由佳・荻原浩と、第一線で活躍されているそうそうたる顔ぶれが並ぶ名門の新人賞で、いまさら注目するまでもないのですが。

 というのも、3年ほど前から集英社の書籍販売部さんから受賞作の原稿を送っていただくようになり、新人賞・文芸賞と全て読ませていただいていて、全てといわずとも必ず毎年面白い作品にめぐり合うことができているのです。(集英社さん、ありがとうございます!)

 昨年度の受賞作では、現役大学生・朝井リョウ作『桐島、部活やめるってよ』が異例のデビュー作大ヒットとなりました。この作品も素晴らしかったけれど、私は同時受賞した河原千恵子作の『白い花と鳥たちの祈り』に心打たれて。今も、河原千恵子氏の新作を心待ちにしています。

 今年度も、文学賞受賞作1作と、新人賞受賞作2作品を読ませていただきました。今年の3作のうち私が一番ハマったのが、新人賞受賞の安田依央作『たぶらかし』。大きく分ければ、いわゆる演劇ものに分類されるのかもしれないけれど、それだけでは終わらない。

 主人公は39歳の女優・マキ。元は小劇団を主宰し、結構人気があったものの劇団は解散。パラサイトしていた両親がいきなり海外に住むと言い出し、嫌でも自立せざる終えなくなったマキが偶然見つけた演じる仕事。舞台はこの世の中。雇われるままに、あらゆる人物の代役を務める。時には花嫁、時には死体、時には母親。依頼者達の身勝手な容貌にイライラしながらも、淡々と仕事をこなしていく日々。しかし。仕事によってこんがらがるプライベート、その上同じ職場でいきなり弟子にしろという男子も現れて...とにかくテンポがよくて、面白くて、グイグイ引きこまれて、終わり方も良い。自信を持っておすすめ出来る新人賞受賞作です。

 新人賞って、ボリュームがあっても本の価格が抑え目なんですよね。これは買いですよ!

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ダイハン書房本店 山ノ上純
ダイハン書房本店 山ノ上純
1971年京都生まれ。物心が付いた時には本屋の娘で、学校から帰るのも家ではなく本屋。小学校の頃はあまり本を読まなかったのですが、中学生になり電車通学を始めた頃から読書の道へ。親にコレを読めと強制されることが無かったせいか、名作や純文学・古典というものを殆ど読まずにココまで来てしまったことが唯一の無念。とにかく、何かに興味を持ったらまず、本を探して読むという習慣が身に付きました。高校.大学と実家でバイト、4年間広告屋で働き、結婚を機に本屋に戻ってまいりました。文芸書及び書籍全般担当。本を読むペースより買うペースの方が断然上回っているのが悩みです。