第13回 新しい友と懐かしい友

 古本仕入の帰り道はいつもどこか寂しい。三万円で買った三菱のミニカにぱんぱんに積んだ本が僕のうしろで揺れる。良い本を沢山仕入れたときは心底嬉しいはずなのに、喜びよりも寂しさが勝っている。なんとはなしに気持ちをかき消すようにカーステレオの音楽にあわせて大声で歌っている。理由は分からない。

 組合の市会終わりや、お客さんからの持込みなどが重なると、たちまち店内は整理しきれない段ボールや本の束で溢れかえる。深夜の開店までにどうにか通路だけ確保しておく。お客さんのなかには、そのまだ整理しきれていない本の山から物色する人もいる。「この本はいくらですか?」と聞かれれば、即答できなければ格好もつかない。本心を言えば、ネットをたたいて値段を確認しておきたいのだけれど。無難な値段を言ってあとで後悔することもまま起こる。

 あえて、棚に陳列せずに雑然と本の山に重ねたままにすることもある。常連さんの本探しの傾向をみつつ、このあたりに置いておけば反応があるだろうと本を置く。「木村伊兵衛全集」全四巻を市で仕入れたときには、買いそうなお客さんの顔がすでに何人か浮かんでいた。おそらく今日あたりに来るだろうと思っていると、まさしくやってきた。棚を一巡したあとに、全集に手が伸びている。あっという間に売れていった。店をしていてたまらなく嬉しい瞬間だ。

 古い料理本の面白さに気づかせてくれたのはお客さんだった。開店当初、空き家の片づけでやってきた七〇-八〇年代の料理本。自分からすれば、写真の写りも鮮明ではなく、レシピも読みづらい。こういった本を誰が買うのか謎だった。

 とある深夜、東京から来たお客さんが、その料理本を大事そうに抱えて番台まで持ってきた。彼女は幼い頃、都心の団地に暮していたという。部屋の隅で、母親の料理本を眺めるのが好きだった。写っている料理が食卓に並ぶことはなかったが、ページに並ぶ豪勢な洋風料理は彼女を未知の異国へと誘った。そうして今、彼女が抱えているのがその本だという。たしかにページをめくってみると、テーブルに広がる食器や料理は童話のように煌びやかで、はしゃぎ気味な夢に溢れている。

 松下電器が電子レンジ「エレック」を発売したのと同時に作られた『エレック料理』というレシピ本には、電子レンジを使うことが「エレックする」と表記されている。(今ではチンするが一般的なので、あまり流行らなかったのだろう)最近では、SNS映えを意識した紙面づくりの料理本が主流だろうか。料理本はその時代を色濃く反映している。

 ひろしま美術館でアーノルド・ローベルの展示があると聞き、いち早く新刊で「がまくんとかえるくん」シリーズを注文した。直取引で三〇冊以上の注文だったので、気合の入った入荷となった。古本でも流通はしているが、こうした名作は新刊のほうが真っ新なシャツのようで気持ちがいい。店に来たお客さんは懐かしいと口々に言う。親子連れで店に来ては一冊ずつ買っていく。親には懐かしい友でも、小さな子どもには新しい友だろう。懐かしさは新しさでもある。大人になったとき、また子に同じ本を買い与えていく未来を想像する。

 古本はもとはと言えば、誰かの私物だったのだ。当然のことではあるけれど、それを仕入れては商品としてまた別の主へと届ける。車の後部座席で積まれた大量の本は一冊、一冊に誰かの体温が微熱として残っている。そんな本の温度に触れ続けていると、魂が少しずつ削られていくのかもしれない。あるいは、仕入れすぎた本の整理に気後れしているだけか。

image011.jpeg

  • ふたりはともだち (ミセスこどもの本)
  • 『ふたりはともだち (ミセスこどもの本)』
    アーノルド・ローベル,三木 卓
    文化出版局
    1,045円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • ふたりはきょうも (ミセスこどもの本)
  • 『ふたりはきょうも (ミセスこどもの本)』
    アーノルド・ローベル,三木 卓
    文化出版局
    1,045円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto
  • エレック 日本料理
  • 『エレック 日本料理』
    土井勝
    大門出版
  • 商品を購入する
    Amazon