第八回 事件の表に女あり(前編)対談ゲスト:高橋ユキさん(ジャーナリスト)
【対談ゲスト:高橋ユキさん(ジャーナリスト)】
高橋さんとは『つけびの村』『問題の女』のトークイベントからの付き合い
平山(以下、平) 高橋さんとは2022年にのゲンロンのトークイベント「うわさがつくる真実――『つけびの村』と『問題の女』が拓いた声のノンフィクション」でお会いしたのが初めてでしたね。髙橋さんの『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』(晶文社)の刊行は何年でしたっけ。
高橋(以下、高) 2019年ですね。
平 じゃあ刊行から3年後だったんですね。わたしは『問題の女 本荘幽蘭伝』(平凡社)が出て1年経ったころでした。お会いする前から高橋さんの『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)を拝読してたんですけど。
高 ありがとうございます。
平 初めてお会いしたのはイベントで。
高 うん。懐かしい。自分の本の刊行イベントはもう終わっていて何もない時期だったんで、なんで?いいの?っていう(笑)。便乗させてもらった感がすごかったんですけど。
平 いえいえ。その後、高橋さんはWEBゲンロンで「前略 塀の上より」(注1)を連載されたり。
高 そうなんですよ、それがきっかけで。本当にありがたいことで。平山さんもその後ゲンロンで......あれは配信?
平 そうですね。シラスというゲンロンの動画配信プラットフォームにチャンネルを持ってライブ配信番組(注2)をやっています。というわけで、直接お話ししたのはトークイベント以来なんですけど......
高 楽しかったですね。
平 楽しかったですね。結構好評で何回かアンコール配信もしたりして。髙橋さんの『つけびの村』のあの事件の正式名称って......
高 「山口連続殺人放火事件」(注3)ですね、事件の取材をしたときに、集落の人たちが噂話をしていることが気になって、本のテーマを「噂」にしようと思ったんですね。
平 そうそう。私の『本荘幽蘭伝』という本は本荘幽蘭というかなり奇抜な人の評伝なんですけど、新聞記事とか雑誌記事に載った彼女についての噂を辿って書いたので、(ゲンロンの)上田洋子さんが「噂」というトークテーマを立ててくださったことで、この2冊が結びつき(笑)。
高 すごいよね。
平 うん、テーマに感激しましたね。で、イベント以降はオンラインでいろいろ。
高 そうですね。いいね!したりとか(笑)。
平 高橋さんは「ロイヤルホストを守る市民の会」(注4)というタグを作られていて......。
高 あ、はい、勝手にやってるんです。ロイヤルホストを守ってるんですけど、主にそこの神保町店で。それこそ(本の雑誌の本誌でも連載している)藤野眞功さんと一緒に冷たいものを食べたりとかしてるんですけど。打ち合わせの時とか行くのもったいないから勝手にタグ付けしようと思って(笑)。「ロイヤルホストを守る市民の会」っていうタグをつけたら、それが広まって勝手に代表を自称してるっていう。
平 あはは。私も行くたびにそのタグを付けさせていただいて。やはりファミレス界では別格ですよね。
高 うん、高いけど、やっぱりね。
平 スイーツもすごくおいしい。季節ごとにいろんなものがあって。ともあれ、髙橋さんとはそんな関係でございます(笑)。
女性犯罪者の罪名
平 髙橋さんは歴史をたどるお仕事はとくにされてないかもしれないんですけど、現場をご存知だったりするので、いろいろお聞きできたらと思っています。今回、戦前の女性の犯罪に関する資料を調べてみたんですけど......
高 あんまりない......?
平 そうなんです。「わが国における女性犯罪の研究(その1)」(佐藤晴夫、『中央研究所紀要』第1号、1991年)という論文によると「(引用者注:戦前の)犯罪研究の歴史の本流はあくまで男子の犯罪に関する研究であって、女性犯罪に関する研究は支流の支流でしかない。従って、女性犯罪についての研究論文は極めて少ない」とあるんですよ。世の中は男性と女性が半々なのに支流の支流?ってびっくりしたんですけど。
高 そこに何かきっと、男女の違いがあるんだろうな。
平 ですよね。佐藤晴夫先生の予想は、女性は基本的に家にいたので犯罪を犯さないという固定観念があったのではないかとか、1925(大正14)年の治安維持法以降は性に関する記述が取り締られたので研究が阻害されたのではないかとも書かれてる。
高 で、急に戦後にめっちゃ出てくるみたいな(笑)。
平 そう(笑)。やっぱり民主主義ということでね......。ちなみに家にあった『防犯科学全集第7巻 少年少犯篇 女性犯篇』(中央公論社、1935年)に戦前の統計が出ていて、1933(昭和8)年の男性の「有罪犯人」は138万791人で、それにに対し女性が8万6434人、男性が女性の16倍。
高 ふんふんふん、軽いものも含めてそうですね。
平 多分そうだと思います。で、1929(昭和4)年から8年までの5年間でいうと、男性114万9773人、女性7万5800人。ちょっと減っている。とにかく男性の方が圧倒的に多い。で、刑法犯においては男女とも賭博罪がもっとも多い(笑)。
高 へぇ(笑)。
平 その次は男性は窃盗罪だけど、女性は失火罪。要するに火事を出したっていうことですが、炊事をするからですかね。女性で3番目に多いのは窃盗罪。そして殺人罪、詐欺罪、放火罪、堕胎罪、傷害罪、姦通罪、文書偽造罪という順番らしいです。
高 放火は別なんですね。
平 別ですね。放火もあるけど件数は失火罪の1/6ぐらい。
高 へぇ。姦通罪って不倫みたいな?
平 そうですね。
高 女だけが裁かれる感じなんですか?
平 はい。夫のみが親告できて、女性は告訴できなかった。だから今とだいぶ状況が違う。「我が国の女性犯罪者はだいたいにおいて20歳未満と35歳以上45歳以下とにおいて比較的多い」なんて記述も。
高 え? じゃあ20歳から35歳は少ないってことなんですか?
平 少ない。
高 忙しいからかなあ、炊事洗濯に。
平 確かに。でもこの本には「20歳未満の者に犯罪率が高いのは月経の来潮により精神的にも肉体的にも変調を来たすことが大いに起因しているであろうし、40歳前後の者に犯罪者の多いと云うことは、之も亦月経の関係からであって、その閉止期に当たり異常な精神的感動に左右され易いと云う点を考慮すべきであろう」。当時、月経と犯罪に相関性があるという言説が根強くあって。
高 ああ、そうですよね、(言説)ありますよね。
平 多分、ホルモン周期的なことを言いたいんだとは思うんですけど。月経ってホルモン周期の中の一現象でしかないんですけど、目にみえるそれだけを理由にするのがいかにも男性目線だなって思います(笑)。
高 ですねぇ。
平 ......さすがに今はそんな説はないですよね?
高 ないと思います。聞いたことない。私も古い本持ってきてまして、1963年刊行の『自殺』という本、津山三十人殺しのことが書いてあるから買ったんですけれども、これには暖かくなると自殺が増えると書いてあるんですよ。
平 へぇ。
高 自殺って自分を殺すことだから、それって殺人も増えるっていうことをこの人は多分言いたいんだろうと。ただ暖かくなったらなんで増えるのかっていうのは分からないみたいなことが書いてある。それはいいんだ、みたいな。
平 言い切るわりにソースがないっていうのは古い本あるあるですよね。木の芽どきになると精神的に問題を抱えた人が表に現れるみたいな言い方もされたりするけどあれもどうなんだろうか。
高 単純に暖かくなって活動範囲が広がるからかなと思う。
平 家にいた人が出歩くだけじゃないかって。
高 そうそうそう(笑)。
平 春って異動もあるし、入学卒業もあるし、環境が変わるっていうこともあるでしょうしね。
高 犯罪理由は男女変わらない。だけど、暖かくなるとちょっと増える。
平 面白い。『防犯科学全集第7巻 少年少犯篇 女性犯篇』にも今の目から見ると不思議なことがいろいろ書いてあるんですけど、ひとつなるほどというか予言だなと思ったのが、「社会の文化が発達し、女性の地位と境遇とかが向上して、そうして女性もまた社会的、職業的に進出して、経済的独立の地歩を占めるようになってくると、従来男性の独占しておったような観ある犯罪を、女性においても敢行するに至るという現象を呈することになるであろう」って書いてあって。確かにね、とは思いますよね。
高 そりゃそうですよね。面白いですね。
保険金殺人事件にみる家族観
平 今回も100年分の事件史年表を作ってみたのですが、戦前の気になる事件としては1935(昭和10)年の「骨肉保険金殺人事件」(注5)。一家で不良の長男を殺した事件なんですけど、裁判記録に残っている保険金殺人としては第1号と言われてるらしいんですね。
高 へぇ、うんうん。
平 澤地久枝さんが事件について『昭和史のおんな(上)』(中公文庫)に詳しく書かれているんですが、複雑といえば複雑で、父親は医者なんですね。それで長男も医者を目指してたんだけど留年したり、一回退学したりという感じで。
高 ドラ息子なんだ。
平 ドラ息子。でも父親も父親で樺太で病院を経営しながら別の女性を家に入れたりしている。経営も微妙で、いろいろ八方塞がりで。一方、母親は貧しい出の人で苦労の連続の半生で、結婚したらしたでこのありさまで。
高 ろくでもないですね。
平 で、両親が話し合ってもうやるしかない、ということで。父親が息子に今の金額で1億円ぐらいの保険金をかけた。そもそも保険金を多額にかけること自体、当時は上流階級の人しかやらないようなことだったらしくて。後に不自然だってことで疑われたんですけど。
高 へぇ。
平 でね、息子を6回も殺そうとするんです。毒を入れたりして。でも恐ろしいことに全部クリアしてしまうんですよ。
高 え、すごい。なんでなんで。勘づいたんですか?
平 偶然に。
高 運が良すぎる!
平 そう、コロッケに毒を入れたけど食べなかったとか。
高 手が込んでますね〜。
平 亜砒酸を柳川鍋に入れたら溶けずに器の底に沈んでしまって、息子は食事中に友人に呼び出されて、全部食べなかったとか。
高 運が良すぎる。友人すごい!
平 すごい、命救ってる。ただ、やっぱり勘づいてたんじゃないかと思うのは、馴染みの遊女に「僕は近いうちに死ぬかもしれないよ」と言ってたらしいです。
高 そんな物騒なこと言ってたんですか。
平 そう。それで最終的には、妹が手拭いで兄の手を縛って抜けられるかやらせてる間に母親が何回も刺して殺したんですけど、息子は刺されながら「母さん、僕が悪いんだよ」と謝ったりしてて本当になんとも言えない事件なんです。
高 母親が1人で刺したんですか?
平 基本はそうで、最後の方で妹も母の手の上から包丁を押したらしい。
高 多分体力的なものだと思うんですけど、割と女性の犯行の方が刺し傷が多いっていうのはありますよね。本当に死んだか心配になるからだって聞いたことがあるんですけど。男の人だったら体力的にひと突きでいけるけど、そうはいかなかったりとかするから何回も、ってやって、現場が凄惨になるっていうのは聞いたことがあります。
平 なるほどね。
高 男性の事件で多いのは集団で、それこそ闇バイトの広域強盗も典型だと思うんですけど、スキームの中で下にやらせるみたいなものは近年定番の1つと感じますね。
平 組織だった中での分業みたいな。
高 そう、やれとは言わないけどわからせるみたいな感じが多いですね。女の人はどうなんだろうなぁ?
平 女性は縦社会型は少ないかもしれないですね。
高 そう感じますね。最近でこそ闇バイトに女性も関わってたとかちょいちょい報道に出るようになったから、わりとこう分業にフィットしてきた。そういう時代がきたんだと。
平 女性の社会進出の波が広域強盗の世界にも来たと。「骨肉保険金殺人事件」だと、やっぱり父親、家長が判断してるんですよね。実際に手をくだすのは母親ですけど、父親が保険金もかけてるし、「稔はもう仕方がない。俺も今度こそは諦めた。いよいよやっちまうよりしようがない。後に子供がいることだから」と言ってる。
高 すごい(笑)。
平 家族観が今と全然違いますよね。弟妹はスペアみたいな感じ。長男が駄目なままだと家が没落するっていう考え方なんだなあって。
高 家を絶やさないために、見込みのある跡取りをちゃんと育てて、それ以外はなんとかうまく金を食いつぶさないようにしてほしいみたいな、そういう考えがあったんですよね。
平 そうだと思います。父親は「もうこの上、弟妹ばかりでなく社会にまで害毒を流すようでは面目ない」と言ってる。結局は自分の面目か、と。保険金殺人っていうと今ではよくあるけど、当時は特殊な事件だったみたいですね。
高 よく勘づきましたよね。 噂になったんですかね?
平 最初家族は強盗が入って長男と格闘して殺して逃げたって言ってたらしいんですよ。だけど犯人の姿がお兄さんに酷似してたっていう。あんまり他の若い男性をイメージできなかったんですかね。
高 ふぅーん、じゃ、設定が甘かったってこと?
平 設定が甘かった。
高 みんなの口裏合わせが失敗したんだ。
平 うん。で、妹が最初に口を割ってコロッケの話をし始めて、それで母親に警察がコロッケのことを聞いたら、ああ、もう全部バレてるなと思ってしゃべったみたいなことらしい。
高 へぇ〜。父親もそれで認めたんです?
平 父親はずっと否認してたけど最後の最後にやっと認めた。で、死刑を求刑されてるんですよね。今って2、3人殺したら死刑みたいな言い方をされたりしますよね。
高 永山基準(注6)というのがありまして。あれが少年のみならず一般の事件でも浸透しているところがありますね。死刑判決言い渡しの時に、絶対永山基準について言及されたり。
平 今でもやっぱり大きいでんすね。その後の永山本人の改悛も含めて大きな事件ですよね。
高 そうですね。大きな事件でしたね。昔は尊属殺人とかあったけど、自分の子供を一人殺した場合で死刑が求刑されたんですね。
平 そうみたいですね。1973(昭和48)年に最高裁で違憲とされるまでは尊属殺人は無期懲役か死刑だったみたいです。
高 母親と妹も死刑ですか?
平 それが違うんですよね。家長が責任者を負うみたいなことなんですかね。一番の首謀者という。まあ、保険金をかけたりもしてますしね。
高 ああ、そうか、そうか。その時に意図があったと見なされてたんですかね。
平 殺害前提で保険金をかけたってことでしょうね。ちなみに父親はその後に控訴して最終的には無期懲役。母親は懲役15年。妹は4年。
高 だいぶ軽くなった......全員軽くなったんですね。なんでだろうな?
平 さらに、お父さんは恩赦で懲役20年だって。
高 いいことあったときに恩赦ってありますよね。
平 紀元2600年の恩赦。神武天皇即位から2600年の1940(昭和15)年ですね。お母さんは敗戦後に寂しく56歳で亡くなり、父親は獄中で信仰の世界に入り......
高 ありがちな展開ですね。
平 で、「仮出所後は東京都内の病院で患者の世話をみる」「でも医師としてではない」。「『この人が......』と思わせる好々爺であったという」。
高 そんなふうに見えないってことですね。大体見えないよ! そんなの(笑)。
平 確かに。あと気になる事件としては、同じ年に起きた「神戸女医チフス菌毒饅頭殺人事件」(注7)。これも医者の事件なんですけど、女性の医者。そもそもチフス菌を扱える時点で一般人じゃないんですけど。
高 これって恋愛してる相手に送りつけたとかなんか?
平 一応結婚してたんですよ。
高 私、昔の記事を読んだことある。かるかん饅頭に......。
平 そう! かるかん饅頭にチフス菌を入れた事件。男性がずっと医学生の状態で女性がお金を貢いでて、籍は入れたんだけど6年も別居してて、彼は独身を装ってた。それで女性がちゃんと皆に紹介してほしいみたいなことを言って揉めて、神戸のデパートで贈答用のお饅頭を買って、研究所で入手したチフス菌を注射器で饅頭に入れて違う名前で送ったんですよね。そしたら......。
高 違う人が食べちゃったんですよね。
平 そうそう、男性と、男性の弟と、男性の妹の勤め先の小学校の教師9人が食べて、弟が死亡した。食べ物に毒を入れて不特定多数が亡くなる事件ってちょいちょいありますね、コーラとかぶどう酒とかグリコ森永もそうですし(注8)。最近はあまり聞かなくなったけど、食料事情とも関係があるのかな。
事件からみる戦後の女性
平 戦後の世相ってことでいうと、1953(昭和28)年の「0号夫人夫刺殺事件」(注9)、これが結構気になってて。この事件をきっかけに「0号夫人」っていう言葉が流行語になって小説もたくさん生まれたんです。昔、「2号さん」という言い方があったじゃないですか、正妻に対するお妾さんのことを指す言葉ですけど。この事件の加害者曰く「妻も夫の経済的庇護を受けている限りは2号と変わらない。だが私は生活のために男性から補助は受けていない。だから私は世に言われる2号夫人ではない。本妻よりも強い愛情で結ばれている経済的に対等な、本妻以前の0号夫人である」と。
高 すごい。
平 自称だし、ポジティブな意味なんですよ。
高 だったら別に殺さなくてもいいじゃんと思うんですけど、これは何で起きたんですか?
平 0号夫人曰く、別れ話が持ち上がって男が果物ナイフで自らの胸を刺して殺してくれというので胸や背中を刺したと嘱託殺人を主張。自分も死ぬつもりだったみたい。
高 へえ。
平 でも不思議ですよね、「0号夫人」って。確かに男性からお金をもらってないから自立してると言えるけど、都合のいい女性とも言えそうな立場じゃないですか。それをポジティブに「0号」っていう。「奥さんこそ2号じゃないか」って。
高 1号は誰なんだ?(笑)。
平 1号いないですよね。1号の席が空いています。
高 すごく謎ですね。おもしろいな。
平 女性が生活力を持ち始めた戦後の事件って感じがしましたね。
高 阿部定の事件が大きく報じられたせいなのか、局部を切り取ったりする女の人の事件が割と多く報道されるんだなっていうのは思いましたね。
平 流行りってありますよね。
高 20年くらい前に、男が妻の職場の男性の局部を切ってトイレで流した事件(注10)がすごく大きく報道されて。
平 あー、あった!
高 あれは局部を切るっていうところが男性にとっての恐怖の象徴、命を取られるくらいなんだと。
平 いやあ、恐怖ですよ。でも被害者は生きてらしたんですよね。
高 そうです。元気に生きていらっしゃる。
平 すごい。なんなら殺されるより辛いことかもしれないですよね。
高 これは男の人による事件だったけど、切ったのが女だってことになるとますます報道も色めき立っちゃうのかなあって思ったりとかしましたね。
平 確かにニュースバリューが高い。
高 そうなんですよね。
平 自分が生まれた70年代の事件は意外と知らないな。あ、「ピアノ騒音殺人事件」(注11)は身近な恐怖として知ってるな。
高 これは74年ですかね?
平 そうですね。習い事としてピアノが流行った時期ですよね。ヤマハ音楽教室とかエレクトーン教室とか。わたしも習ってました。
高 友達も習ってました。
平 ピアノの時代でもあり団地の時代(注12)でもある。
高 すっごく団地ができた時期ですよね、ここら辺って。
平 人口が爆発的に増えてますからね。団塊&団塊ジュニアの。
高 住環境が変わることによってお隣り問題が出てくるんでしょうね。
平 「団地妻レズビアン殺人事件」(注13)も団地ですしね。
高 うんうんうん、本当だ。
平 76年には「近所喧嘩惨殺事件」(注14)もある。ご近所問題が発生してますね。そのかたわらで五つ子が生まれてます。ベビーブームですよね。前年に「教育ママ隣家幼女絞殺死体遺棄事件」(注15)っていうのがあるけど、教育ママっていうのも子どもが増えた時代から出始めますよね。
高 この辺りから出始めますよね。あとホステスとかトルコ嬢とかもやっぱりニュースになるんだ。
平 確かに。性風俗も華々しい時代。
高 80年代の事件で、83年の「ラストダンス殺人事件」(注16)って何ですか? これ。
平 火曜サスペンス劇場のタイトルみたいですよね、「ラストダンス殺人事件」。アパートの六畳間から異臭がして家主が入ってみたら男性の腐乱死体があったと。住人は「日本リクルートセンター」に勤めるOLで「『心中しようと私が彼の首を絞めて殺しました。絞殺する前にダンスを踊った』と供述」。「マスコミは『ラストダンス殺人事件』と呼んだ」(笑)。
高 六畳間でダンス踊ったんですね。
平 どういうダンスなのかな。「ラストダンス」っていうとワルツみたいな優雅なイメージだけど、もしかしたら80年代だからディスコっぽい感じだったりとか......。
高 私、盆踊りかと(笑)。
平 (笑)。逆に冷静になっちゃいそう。
高 83年だからディスコ調の感じかもしれないですね。そこから殺すか? 何かちょっと変な話ですよね。
平 二人は大学の映画研究会かなんかで知り合って、「私たちはシャム双生児みたいな関係なの。二人で一人。一人じゃ生きていけず、無理に切断すれば死ぬしかない」
高 すごい喩えですね。
平 ちょっとコンプラ的に今はまずい。
高 恐ろしすぎる......。だから死ぬなら一緒に死のうっていう言い分だったんですね。
平 ただ結構複雑で。女性は男性の子供を二度中絶している。けど女性が就職して気持ちが冷めてしまった。すると男性が彼女に執着してストーカー化。「彼は殺してくれとは言いませんでした。でも私が死なせようとしていることは分かっていて、待っていたのです」。すごい!「公判の結審近く、裁判長は『あなたの話は美しい物語を聞いているようだ』と述べた」。
高 「お前の話は全部嘘だな」って意味かもしれない。
平 なるほど、確かにね。自分の世界に入っちゃう系の人ですね。言ってることがいろいろおかしいもんね。
高 「ラストダンス殺人事件」すごい。全然そんなニュース知らないなあ。
平 ねえ。83年。何の曲か知りたい。当時の報道見たら分かるかなあ。どういう曲かで大分イメージが違ってきますからね(追記:新聞記事など見たが曲名はわからず)。
高 「エイズ勘違い殺人事件」(注17)、87年。こういう事件もね。
平 世相ですね。健康に人一倍気を遣う性格の奥さんが、数か月前から体重が減ったり微熱が続いていたりで頻繁に病院を変えて診察してもらっても異常は見当たらず。不信感が強くなってエイズ検査を受けたけど陰性だった。普通ならこれで一件落着なんだけど、ちょっと病んでたんでしょうね。エイズだと思いこんで2人の子どもを殺しました。
高 将来を悲観して? ええー? すごい話ですね。でもそれだけエイズっていうのが恐怖を与えるものでしたよね。未知の病みたいな。治らないって。
平 今でこそお薬があるけど、昔は死刑宣告みたいな感じだったんですかね。
高 でも陰性だったのに。
平 もうそれ以上証明しようがないですよね、医者も。
高 陰性でも殺しちゃうくらい恐怖だったんだなあ。でもコロナとかもそういうことで心配する人もいますもんね。
平 確かに。当時のエイズはコロナとか放射能に対する恐怖に近いかもしれないですね。
高 心配が募って募ってなんでしょうね。
平 孤独だったんでしょうね。ネットもSNSもない時代だったし。90年代の事件になるとはオウム(注18)とかあったりね。「埼玉愛犬家連続殺人事件」(注19)とか、「日野不倫OL放火殺人事件」(注20)とかは、確かに記憶がありますね。あとは福田和子(注21)とか「神戸連続児童殺傷事件」(注22)とか、この辺は覚えてるなあ。 (中編に続く)
注1 「前略 塀の上より」 https://webgenron.com/series/takahashi_01
注2 ライブ配信番組 「平山亜佐子のこちら文献調査局」https://shirasu.io/c/Buncho?page=2&program=Buncho-Buncho-20230904012120
注3 「山口連続殺人放火事件」 2013(平成25)年7月21日、山口県周南市大字金峰にあったわずか8世帯の限界集落で住人男性が近隣の高齢者5人を殺害して被害者宅に放火した事件。事件の前に加害者が警察に住人からの嫌がらせを受けているとの相談をしており、近隣トラブルから追い詰められて犯行に及んだ。
注4 「ロイヤルホストを守る市民の会」 2020年5月に新型コロナウィルス感染拡大の影響で、大手ファミリーレストランのロイヤルホストが70店舗を閉店するというニュースが流れた。これを受けてロイヤルホストで食事をしたら写真にハッシュタグをつけて投稿することを開始。急速に広がった運動は今もInstagramやTwitter(現X)で増え続けている。
注5 「骨肉保険金殺人事件」 1935(昭和10)年11月3日、父親が多額の保険金をかけた不肖の息子を、母親と妹が刺殺した事件。生命保険会社3社、合計6万6千円(今の1億数千万円)の金を兄の死後1ヶ月で受け取った。最初に自供した妹が苦労続きの母に同情して手伝ったと自供したのも興味深い。
注6 永山基準 犠牲者4人を出す連続射殺事件を起こした永山則夫の最高裁で示された傍論に基づく死刑適用基準。犯罪の性質、犯行の動機などの9項目を総合的に判断してやむを得ない場合に死刑の選択も許されるとし、被害者数については「一般的には被害者数が1人なら無期懲役以下、3人以上なら死刑。2人が無期懲役と死刑のボーダーライン」という量刑相場が形成された。
注7 「神戸女医チフス菌毒饅頭殺人事件」 1939(昭和14)年5月初旬に起こった、贈り物のかるかん饅頭を食べたその家の男性とその弟と妹、妹の勤め先の神戸市の小学校教員ら9人の計12人がチフスに罹り、弟が死亡した事件。加害者がエリートの女性だったことで大きな話題になった。
注8 コーラとかぶどう酒とかグリコ森永 喫茶店で出された紅茶を飲んだ男性が死亡した「浅草青酸カリ殺人事件」(1935年)、道端にあったジュース4袋を飲んだ一家4人が亡くなった「宇都宮毒入りジュース事件」(1962年)、集落の懇親会で出されたワインを飲んだ女性のうち5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」(1961年)、公衆電話に置いてあった未開封らしきコーラを飲んだ男性が亡くなった「青酸コーラ無差別殺人事件」(1977年)、東京や愛知県で「どくいり きけん」と書かれた青酸入りチョコレートが相次いで発見され、同時にグリコや森永をはじめとする食品会社が脅迫された「グリコ・森永事件」(1985年)など戦前から昭和50年代くらいまで毒入りの食品事件は連綿と続いた。
注9 「0号夫人夫刺殺事件」 1953(昭和28)年9月9日に自宅に泊まっていた妻子持ちの男性を同じ会社に勤める女性が果物ナイフで刺殺した事件。就寝後に男性が睡眠薬を過剰摂取して苦しんでいたので自分も飲んだが、男性に殺してくれと言われたために刺したと供述。嘱託殺人を主張したが認められなかった。女の発言から「0号夫人」が流行語となる。朝鮮戦争の特需で景気が上向いた時代に自立を目指す女性が増えたと言える。
注10 男が妻の職場の男性の局部を切ってトイレで流した事件 2015年8月、法科大学院生が妻の交際相手で弁護士の男性の局部を切断、傷害容疑で逮捕された事件。妻から職場の上司である被害者に強姦されたと訴えたのが理由だったが、実は同意のうえだった。
注11 「ピアノ騒音殺人事件」 1974(昭和49)年8月28日、県営住宅団地で階下の一家のピアノや生活音がうるさいと感じた男が母娘3人を刺殺した事件。ご近所騒音問題がクローズアップされた。しかし、加害者の男は精神的な問題を抱えており、騒音の問題というよりは集合住宅の登場で隣人とのコミュニケーションのない時代の到来といえよう。
注12 ピアノの時代でもあり団地の時代 団地は戦後の住宅難を受け1956年に「金岡団地」(大阪府。全900戸)の建設を皮切りに、60〜70年代にピークを迎えた。ピアノも1960年に約3万台だった出荷台数が年々右肩上がりとなり、80年のピーク時には39万台に達した。
注13 「団地妻レズビアン殺人事件」 1977(昭和52)年7月29日、団地に住む主婦が同じ団地の同じ棟に住む別の主婦を殺害した事件。二人はともに夫も子もあったが逢瀬を重ねていたが、被害者から別れ話が出ていた。加害者は被害者に指輪など200万円ほど贈り物をしていたが金が尽きていたという。
注14 「近所喧嘩惨殺事件」 1976(昭和51)年1月28日に都営住宅に住む主婦が同じ建物に住む主婦を惨殺した事件。増築したプレハブのことで諍いとなりるなど不仲だったが、加害者家族は夫婦喧嘩が絶えず、被害者家族は円満で「幸せ格差」が原因ともみられた。
注15 「教育ママ隣家幼女絞殺死体遺棄事件」 1975(昭和50)年11月14日、主婦が隣家に住む4歳の女児を絞殺して遺棄した事件。高校3年生と中学3年生の受験生を抱えた加害者が、女児が歌ったり笑ったりする声が邪魔だと考えて犯行に及んだ。
注16 「ラストダンス殺人事件」 1983(昭和58)年7月30日、交際中の男性を女性が絞殺、遺体を1ヶ月も床下に隠匿していたことが発覚。大学の映画研究会で知り合ったふたりは交際中も紆余曲折あったが「特異な同一化」(精神鑑定による)の状態にあったといわれている。
注17 「エイズ勘違い殺人事件」 1987(昭和62)年4月30日、妻が夫と子ども二人を刺し、長女(13歳)、長男(9歳)を殺害した事件。犯行の10日前に長男が喘息で入院。自分の体調不良はエイズのせいで息子にも伝染させるのではないかなどと思い、殺害に至った。
注18 オウム オウム真理教(現アレフ)が起こした一連の事件(「坂本弁護士一家殺害事件」(1989年)、「松本サリン事件」(1994年)、「地下鉄サリン事件」(1995年)など)のこと。
注19 「埼玉愛犬家連続殺人事件」 1993(平成5)年にペットショップを営む夫婦が顧客やトラブルになった3人を殺害し、遺体を解体、遺棄した事件。この年、大阪でペットショップオーナーが起こした連続殺人事件があり「埼玉でも愛犬家ら4人失跡 売買絡みトラブル」としてマスコミが報道し事態が明るみとなった。夫婦は死体遺棄について「死体(ボディ)を透明にする」と称していたことも話題となった。
注20 「日野不倫OL放火殺人事件」 1994(平成6)年2月7日、会社員の女性が不倫相手の男性一家の家に火をつけ、子ども2人を焼死させた事件。加害者は男性に結婚を約束されており、また子どもを2回中絶していた。不倫が発覚し、男性は妻の目の前で加害者に電話で別れさせたが、その際に妻は「あなたは生きている子どもを平気でお腹から掻き出すような女なのよ」と言ったとされ、マスコミは加害者に同情的な報道をした。
注21 福田和子 通称「松山ホステス殺人事件」の加害者。1982(昭和57)年に元同僚のホステスを殺害し金品を強奪した事件を起こすが、整形手術を受けて顔を変え、20もの偽名を使って逃亡生活を続けた。時効成立21日前、事件の特集番組を見た和子行きつけのおでん屋の女将と常連客が通報し、逮捕となった。
注22 「神戸連続児童殺傷事件」 1997(平成9)年2〜5月にかけて発生した連続殺傷事件。加害者は14歳の少年だったが、残忍な犯行だったために少年法が適用されたことに賛否両論あった。2015(平成27)年に加害者が手記を出版したが、その是非を巡って大きな議論となり、取り扱いを中止する書店や図書館もあった。
【対談ゲスト】高橋ユキ(たかはし・ゆき)
1974年生まれ、福岡県出身。2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人等の刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍等に発表。現在はフリーライターとして、裁判傍聴のほか、様々なメディアで活躍中。著書に、「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(新潮社)、「霞っ子クラブの裁判傍聴入門」(宝島社)、「あなたが猟奇殺人犯を裁く日」(扶桑社)(以上、霞っ子クラブ名義)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)、「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)ほか。Web「東洋経済オンライン」「Wezzy」等にて連載中。