第19回 「カルトに洗脳された」と46年前に叩かれた女性たちが今も楽しく働いているお店に行ってきました①

「善良な」女性たちが営む店

 フラメンコ、剣の舞い、ピアノの弾き語り、そしてしっとりと聴かせる昭和歌謡......目の前のステージで女性たちが次々と繰り広げるショーに、私は時が経つのも忘れて魅入って拍手を送っていました。

 日曜・月曜・祭日以外は営業するこの店で、毎晩このステージに立っているというだけあって、女性たちの歌や踊りは非常に洗練されています。もちろん、プロのパフォーマンスと比べてしまうと見劣りする部分はありますが、彼女たちにはそういう技術的な面とは異なるなんとも言えない独特の"味わい深さ"が感じられるのです。


 それは一体何なのかとビールに口をつけながら考えて、まず頭に浮かんだのは「善良さ」です。

 この女性たちは共同生活を送っていて基本的に「個人財産」というものを持っていません。店で得た給料はひとつの口座に入れ、店の運営費や共同生活のための生活費のほかは児童養護施設の子どもたちにマフラーや手袋、リュックをプレゼントしたり寄付金を贈呈したりしているのです。そのような「私欲のない奉仕の心」が歌や踊りからも滲み出ているのかもしれません。

 ただ、それだけではない気もします。今でこそこの店は多くの常連客に愛され、彼女たちも社会奉仕によって地域の人々から感謝・信頼をされていますが、かつて日本中から「カルトに洗脳されている」「怪しい教祖のハーレムの一員になった女たち」などと、心ない誹謗中傷を浴びたこともあります。そういう辛い経験を乗り越えた人たちならではの「芯の強さ」、そして「寛容さ」というものが、あらわれているのではないでしょうか。


 ここまで言えば、ある程度の年齢の方はピンとくるかもしれません。私の目の前で歌や踊りを見せてくれた女性たちというのは、46年前にマスコミが「セックス教団」のようにセンセーショナルに取り上げた「イエスの方舟」の会員たちです。

「そんな大昔、まだ生まれていないよ」という人のために、この騒動についての概要を簡単に説明しましょう。

「イエスの方舟」騒動とは

「イエスの方舟」は千石剛賢(たけよし)さんという人が主宰した聖書勉強会です。もともと大阪で極東キリスト集会という団体で活動をしていた千石さんは妻のまさ子さんや娘たちと同じ信仰を持つ人たちと1959年に東京・吉祥寺に上京。そこで聖書の教えを学びながら共同生活を送っているうちに人が人を呼び、いつしか20人を超えるような会になります。

 その中でも多かったのは2030代の若い女性でした。彼女たちは自分の意志で「イエスの方舟」に加わっているのですが、残された家族からするとやはり「誘拐されたのでは」「洗脳したのでは」となってしまい、千石さんたちの元に「娘を返せ!」と怒って乗り込んでくるような人もいました。

 そこで1978年、「イエスの方舟」は東京の拠点から各地を転々とするようになり、2年ほど所在がわからなくなるのですが、それをマスコミが「集団蒸発」と取り上げたことで昨今の「旧統一教会問題」のような日本社会を揺るがす大騒動に発展します。


 まず、マスコミは女性たちからは親しみを込めて「おっちゃん」と呼ばれていた千石さんのことを勝手に「千石イエス」とネーミングして、まるで女性たちが千石さんを神のように崇めているかのようなイメージを触れまわりました。そして、女性の家族たちの憶測をもとにして、千石さんが女性たちを洗脳して、性的な関係を結んでいるのではという疑惑を盛んに煽ったのです。

 そんなスキャンダラスな話が連日連夜、マスコミで取り上げられたら政治も動かざるを得ません。1980221日の衆議院予算委員会では野党議員が、警察庁刑事局保安部長に対して、テレビや新聞を賑わしている「イエスの方舟」について「宗教法人を装いながら若い女性を誘拐している」として、厳しく対処をするように求める質問を行いました。その中には、本連載のテーマである「洗脳」についても言及されています。


「聖書研究会という名のもとに国分寺の福祉会館、これは公共施設でございますが、こういうところを利用しながら集められてだんだん洗脳されていっているわけであります」(第91回国会 衆議院 予算委員会 第16号 昭和55221日)


 こんな国会での追及もあり、警察は千石さんを含む5人のメンバーは名誉毀損、暴力行為の容疑で指名手配します。こうなるとマスコミの報道もさらにヒートアップしますが、ある時を境に一気にトーンダウンをします。ほどなくして千石さんが出頭するのですが、不起訴で釈放されてなんの犯罪性もないことが明らかになったからです。


 次に「イエスの方舟」がマスコミに注目されたのは1981年、九州一の歓楽街として知られる福岡・中洲に女性会員たちが接客するクラブ「シオンの娘」がオープンした時でした。クラブといっても、女性たちはみなアルコールは飲みません。また、一般的なホステスのように客の隣に座ることなく、あくまでカウンター越しの楽しいおしゃべりと美味しい食事、そして冒頭のような歌と踊りでもてなす店です。千石さんは2001年に78歳でお亡くなりになりましたが、その後も妻のまさ子さんが「代表者」となって共同生活は継続。「シオンの娘」も中洲の有名店に成長しました。何を隠そう、私も20年ほど前、先輩に一度連れてきてもらったことがあり、その時も店内にはかなりお客さんがいた記憶があります。

 しかし、建物の老朽化もあって2019年に惜しまれながら閉店。JR博多駅から電車で15分ほどの香椎駅に移転するもコロナ禍の自粛営業もあってほどなく閉店。20235月、今度は香椎から10分ほどのJR古賀駅の近くに「手作り料理&ショーの店 イエスの方舟シオンの娘」をリニューアルオープンをして現在に至るというわけです。

緑のネオンに照らされた「シオンの娘」。代表を務める千石さんの妻・まさ子さんが車椅子でも入りやすいように入口にはスロープがある。(筆者撮影)

女性たちに会いに「シオンの娘」へ

 今回、「洗脳とは何か」ということを探究しようと思った時、真っ先に頭に浮かんだのが20年前に訪れた「シオンの娘」でした。当時この店で女性たちと話をした時の率直な印象は「真摯に信仰に向き合っている善良な人たち」というものでした。

 あれは錯覚だったのか、それとも正しかったのかということを、もう一度あらためて確認をしてみたかったのです。

 この連載をはじめたきっかけは、旧統一教会の現役信者たちにインタビューをしたり、教会や韓国の聖地などに実際に足を運んだりしてその実態をこの目で確認していくという取材をしたことです。そこで私は旧統一教会という組織にはガバナンスなどの問題があったとしても、信者の大多数は「善良な人々」で熱心に信仰に励んでいるだけであり、世に言われているような「洗脳」などではないという結論に至りました。

 しかし、多くの旧統一教会の専門家からは、それは「教会に騙されている」ということだという指摘や反論が相次ぎました。私のような外部の人間に対して「善良な人々」と思わせるような振る舞いをするように、信者たちは恐怖で洗脳をされているというのです。

 そこでよぎったのが「シオンの娘」でした。もちろん、両者は信仰に関してはまったく異なるのですが、自分たちなりの「真理」を追い求めてストイックに生きているところや、「家族」のような共同体を大事にしているところなどかなり似ていると感じたのです。

 旧統一教会信者たちが善良な人たちに見えても実は洗脳されているというのならば、「シオンの娘」の女性たちにも当然、その疑いはあります。だからこそもう一度、あの店に行って、彼女たちの善良さがどこからくるのかを見極めてきたいと思ったのです。


 私が古賀駅にやってきたのは2月のある寒い夜でした。西口を出て左側にある商店街はほとんどシャッターが閉まっていて、灯がついている店は数えるほどしかありません。そんな中で緑色のネオンに照らされて一際目立つのが「シオンの娘」です。23年オープンということもあって外観はすごく綺麗です。

 店名が記された白い大きな看板の下には「イエスの方舟」の出版物を紹介した額縁とメニューが張り出されています。「お飲み物コース」は飲み物2杯とオードブルで6,000円。「お食事コース」は玉手箱御膳、小皿、デザート、ワンドリンクで8,000円。さすがの明朗会計です。

 扉を開けて中に入ると、まず目についたのは白いグランドピアノ。そしてその隣にあるステージです。その手前には長いカウンターテーブルがあって、すでに男性のお客さんがひとり座っていて、4人の女性たちが接客していました。


「すいません、ひとりなんですけどいいですか?」

「いらっしゃいませ! もちろんです。どうぞどうぞ」


 温かい出迎えを受けて着席して「お食事コース」を注文しました。メインを肉や魚などいくつかの種類から選べることができたので、「ふわふわのハンバーグ」をチョイス。注文を受けた女性によれば「シオンの娘」のハンバーグは製法にもかなりこだわっていて、常連客の中には訪れた時は必ずハンバーグを注文するというファンも多いんだそうです。

店の名物「ふわふわハンバーグ」の玉手箱御膳。厨房の担当者が素材や製法についてかなり研究を重ねたそうで、中洲時代からファンが多い。(筆者撮影)

「今日はどちらからいらっしゃったんですか?」

 私は東京からやってきたこと、そして自分がメディアの人間で「洗脳」という問題について調べていて、このお店に興味があって訪問したことを伝えました。すると、女性たちは「そんな遠くからありがとうございます」と礼を述べると、口を揃えてこんなことを聞いてきました。


「じゃあ、やっぱりあの映画をご覧になって来たんですか?」


 実はこの「シオンの娘」は近年、ある映画を観たファンから「聖地巡礼」が増えているそうです。それは247月から全国のミニシアターで公開された「方舟にのって 〜イエスの方舟45年目の真実〜」というドキュメンタリー映画です。


「イエスの方舟」の女性たちに密着して、TBSに眠る過去のニュース映像と共にあの騒動は一体なんだったのかということに迫った力作です。監督の佐井大紀さんは普段はTBSテレビでドラマのプロデューサーを務めながら、ドキュメンタリー作品の制作を行っている方です。


「あの映画を観たというお客さんが最近本当に多いでんです。騒動があった時には生まれていない2030代などの若い人たちとか、海外からも来てくれるんですよ」


 そんな話題の映画「方舟にのって」はもちろん私も鑑賞しました。かつてマスコミが「洗脳されている」と糾弾した女性たちの姿を、冷静かつ客観的に捉え、宗教とは何か、そして世の中には家族以上の疑似家族という共同体もあるのかもしれないと考えさせられる非常に良質なドキュメンタリーだと感じました。

 そんな感想を伝えると、女性たちはみんな嬉しそうに撮影の裏話、監督やプロデューサーの人柄などについて話をしてくれて、さらに騒動当時のことを振り返ってくれました。(②へつづく)