第22回 暴力や脅迫で人を「洗脳支配」することは可能なのか?――「新潟少女9年2ヶ月監禁事件の犯人」に「パシリ」にされた過去から考えてみました②
「新潟少女9年2ヶ月監禁事件」犯人・佐藤から来た手紙。「心の友に成って――」
下校中に9歳の少女を誘拐して、民家の2階にある8畳部屋に9年2ヶ月間に閉じ込めて一歩も外に出さずに監禁していた「新潟少女9年2ヶ月監禁事件」の犯人・佐藤宣行の「パシリ」に私はいかにしてなったのか。それを説明するには、なぜ私と佐藤の交流が始まったのかということからお話をしなくてはいけません。
前回少し触れましたが、私はこの事件が発覚した際、週刊誌の記者でそこから編集部を辞めた後も取材を続けて、その結果を『14階段 検証 新潟少女9年2ヶ月監禁事件』(2006年、小学館)という本にまとめました。つまり、私と佐藤は、事件の真相を探るライターと犯人という関係性でしかなかったのです。それが個人的に交流を持つようになったのは、佐藤側からの熱烈な「懇願」でした。

2008年6月、千葉刑務所に収監中の佐藤から出版社経由で突然、私に手紙があり、そこには自身の心身の不調とともに、こんなことが記されていました。
「此の天涯孤独な小生自身の心の友と成って戴きたく、当該書状送付した次第なので御座います」
佐藤によれば、獄中で自分の事件についての書籍や報道記事を全て目を通したが、その中でも最も心の琴線に触れて、繰り返し読んだのは私の『14階段』だったと言います。理由は2つで、1つ目は「幸せな時代の思い出に浸れる」ということです。
実はこの本は佐藤の母に密着して、監禁部屋のある自宅で一緒に寝食を共にしたり、一緒にドライブ旅行をして佐藤とかつて走った道を辿ったりしながら幼少期の佐藤の思い出などを語ってもらっているのです。
そしてもう1つが「溜飲が下がった」という理由です。
実は事件発覚当時、「監禁男・佐藤」の実像について、さまざま報道がなされていました。地元の風俗店の常連客で「変態くん」と呼ばれていた、レンタルビデオ店で変態もののアダルトビデオを借りまくっていた、などなど、佐藤の異常性を示すエピソードがセンセーショナルに報じられました。
しかし、現場で取材をして、先ほどのように母に密着取材をしてみると、佐藤という男が極度の潔癖症で、人付き合いもゼロの「引きこもり」だということは明らかでした。実際に、風俗店やレンタルビデオで確認しても、佐藤だという確証のない「不審者」にすぎないことがわかったので、『14階段』の中でそれらの報道は根も葉もないデマだと指摘しました。それが佐藤には嬉しかったようで、著者である私の「人間的魅力」を感じたというのです。
こういう仕事をしているので、事件の犯人や関係者から「私は無実だ」「真相を話したい」というような手紙をもらうことは珍しいことではありません。ただ、「心の友」になってくれ、というのは初めての経験でした。
佐藤が「天涯孤独」であることは、取材をしてよくわかっています。高校卒業後に「引きこもり」になって37歳で逮捕されるまでロクに他人と関係を持ったことがなく、友人と呼べるような人は一人もいません。親戚もすべて訪ね歩きましたが、もともと疎遠なところで、あの事件が起きてから縁を切ったというところばかりでした。
つまり、佐藤という男がこの社会でまともに付き合っていた人間は、Aさんと高齢の母親しかいないのです。しかし、私が『14階段』を上梓した時点で、母は高齢で健康状態がすぐれず、酸素ボンベを持ち歩いているような状態でした。佐藤が娑婆に出るまで待つことが難しいのは明らかです。そうなると、佐藤が外の世界で知っているのはAさんしかいません。私が佐藤の申し出を断ったことで、孤独をさらに深めて精神に異常をきたすようなことがあれば、刑務所を出たその足でAさんのもとへ向かってしまう、なんて最悪の展開もあるのではないか――。
そんな不安がぬぐいきれなかった私は、佐藤に自分でよければ「心の友」になって、できる限り更生の応援をしたいという旨の返事を書いたのです。しかし、今考えてみると、これは佐藤の術中にまんまとハマってしまっていたのかもしれません。
社会復帰支援のためと交流するうち、要求がエスカレート
ほどなくして佐藤から返事がきました。彼は大人になってから初めてできた友人だと大喜びして、親愛の証に互いを「あだ名」で呼び合いたいと提案してきました。やり取りを重ねていくうちに、佐藤は自分のことを「のぶきん」と呼んで欲しいと言ってきて、私のことを親しみを込めて「マーシィ」と呼び始めました。
ちなみに、「のぶきん」は小学生の時のあだ名らしく、「マーシィ」は私の名前が「まさき」ということに加えて、刑務所内の回覧新聞で、女優の田村英里子さんがアメリカのTVシリーズ「HEROS シーズン2」に出演した際、共演男性のことを「マーシィ」と呼んでいたことから思いついたそうです。というのも、佐藤は筋金入りのアイドルファンで、岡田有希子さん、西村知美さん、小向美奈子さんなどと並んで、田村英里子さんも好きなようで、手紙でも「エリリン」と呼び、彼女の魅力を熱く語っていました。

そんなやり取りを経て刑務所に初めて面会に行った時など、佐藤は面会室に入るなり涙を流して「ようやく会えましたね、マーシィ」と感激していました。
ただ、そんな平和な交流は長く続きませんでした。
佐藤は自らが収監されている千葉刑務所のことを「ゲバ(暴力)刑務所」と呼び、暴言や誹謗中傷を刑務官から浴びせられたことや、精神疾患のある自分が適切に医療を受けられず命の危機にあるということなどを、不満や不安を私に訴えてくるようになったのです。
それだけではありません。「ゲバ刑務所」の告発をすると、決まってこれらの虐待のせいで精神疾患と体調が著しく悪化していると訴え、自分にカタルシスを与えてストレスを軽減する「写真」の差し入れを私にねだるのが「お約束」になっていくのです。例えば、こんな感じです。
「如何言った写真が私にカタルシスを与えて呉れるのかを申しますと、『車』『アイドル』『競馬』『SFX』『アニメ』『SL』『動物』『兵器』『時計』等と言った物の美しい写真をA4サイズで収集して居ります。然し乍ら、私は洗浄脅迫症状が有る為、万一に備えてラミネート加工が必要と成ります」(2008年8月21日付の手紙)
さらに私を驚かせたのは、これらの差し入れの方法まで細かく指定をしてきたことでした。
「いきなり差し入れを戴いても好みのアングル等で無い場合も有りますので、予め安物の紙にコピーで構いませんので、様々な写真を差し入れて戴き、其処から私が選択したものを宅下(※受刑者が荷物を家族や弁護士に渡すこと)いたしますので、其れ等を改めてカラーコピーの上でパウチ加工を施して戴き、出来上がった物を差し入れて戴くのがベストと思われます」(同上)
まったくもってバカバカしい頼み事ですが、これを私は実行に移してやるのです。理由はただひとつ、佐藤の精神を安定させて、出所後の再犯を防ぎたいという一心です。それを佐藤もよくわかっていましたので、私からの差し入れや手紙が途絶えると、見ようによっては「脅し」とも取れるような手紙を送ってきたものです。
「ゲバ刑より苛めに苛め続けられて居る此の私が、心成らずも社会へ憎悪の炎を燃やす悪人へと変心してた為ても何等不思議は無く、寧ろ其のストレスから狂人と成るよりも先に、恐ろしい悪人へと変質して仕舞うのではないかと、其の事に恐怖すら感じて居る毎日です。そんな状況に有っても辛うじて社会への愛情を示す善人の心を保てて居るのは、当に、母とマーシィの存在が感じられるからで有り、仮に私が悪の心へと変心した場合、信じる2人が落胆して哀しむのでは無いかと其の姿を想像して、何とか悪魔の誘いを断って居るのが現状なのです」(2010年1月7日付の手紙)
「私は自己が狂人と成る事を防ぐと共に、血も涙もない悪人へと変質する事態を回避する為に、如何しても此の世の美しい事々物々を鑑賞し続ける必要があるのです」(2011年7月1日付けの手紙)

佐藤の手法にまんまと引っかかる
このような手紙が届くたび、私は返信を書き、佐藤が望む自動車のカタログなどを差し入れました。そんな風に都合のいい「パシリ」として佐藤にいいように操られているうちに、この関係性は佐藤と母にそっくりだと気づきました。
『14階段』の中で詳しく紹介していますが、佐藤の母は「引きこもり」の息子のための「パシリ」のように動き回っていました。佐藤が好きなスポーツカーの新車が発売されると、ディーラーに走らせてカタログを「観賞用」と「保存用」の2部を持ってくるように頼まれた、と母が私に教えてくれたことがありました。また、岡田有紀子など好きなアイドルの写真をパウチ加工をするように街の写真屋へ走らされたこともあったそうです。
なぜ母はそこまでして、佐藤のワガママに献身的に尽くしたのでしょうか。そのような質問をすると、母は「言う事を聞かないと暴れるから......」と言葉少なに答えましたが、おそらく暴れる際にはこんな「脅し」をしていたのではないでしょうか。
「美しい写真を見ないとオレは頭がおかしくなって、どんな悪いことを何をするかわからないぞ。そうなってもいいのか」
これが単なる「脅し」ではないことは、26歳の時、小学4年生女児に対する強制わいせつで逮捕されたという「前科」が証明しています。この「息子がまた犯罪者になるかもしれない」という恐怖が、佐藤の母を支配していたのではないでしょうか。
その母は私が取材をしてから程なくして、認知症がかなり進行してしまい、新潟の高齢施設に入所して意思疎通も難しくなっていました。当然、千葉刑務所への面会はできませんし、佐藤と手紙のやり取りもできなくなっていました。それもあって、佐藤は私に手紙をよこしたのでしょう。『14階段』の中で、私はたびたび出所後の佐藤が再び罪を犯すのではないかという懸念を示しています。ならば、それを逆手に取って、「お前が助けてくれないと再犯するかも」と脅せば、私を意のままに操ることだってできます。
ミもフタもない言い方をすると、ここまで自分と母に感情移入してくれているライターならば、母のように自分のワガママを聞いてくれると思ったのでしょう。
こうして母の代わりに佐藤の「パシリ」にされたことで奇しくも、
