第24回 暴力や脅迫で人を「洗脳支配」することは可能なのか?――「新潟少女9年2ヶ月監禁事件の犯人」に「パシリ」にされた過去から考えてみました④
パシリ生活から解放される
まず、直接的に金品を差し入れて欲しいということが多くなりました。
交流を開始した当初、「あくまで友人なので金銭的な援助はしない」というルールを2人の間で決めていましたが、精神に異常をきたしているのか、いつもと異なる乱れた筆跡で短く「マーシィ、もう死に然うです」(2009年5月26日付けの手紙)というようなSOSが何度か送られてきたことでそのルールを曲げて、仕方がないので数万円を差し入れたこともあります。
また、佐藤から頼まれて、認知症の母の財産を管理している成年後見人に連絡をとることもありました。母の財産から刑務所に仕送りをして欲しいということですが、成年後見人には介護施設の入所費用や家の修繕などにしか使えないとあっさり断られました。それを伝えると、「母のカネは自分のもの」という考えでここまで生きていた佐藤は大きなショックを受けていました。
さらに、私が最も時間と労力を費やされたのが「競馬」にまつわる要望でした。
佐藤が無類の「競馬好き」ということは事件当時もよく報道されましたが、本人曰く「九星気学を用いた画期的な予想メソッド」を確立していたらしく、これまで有名な重賞レースで万馬券を多く的中させてきたそうです。そこで佐藤としては、出所後の社会復帰では、この予想メソッドで大金を稼ぎ、事件被害者や障害者などを支援して、自分の名誉を回復するという社会復帰計画を立てていたのです。
そんな夢を聞かされるたびに内心では「バカバカしいな」と呆れながら、私は佐藤が求める競馬のデータなどを送ってやりました。社会を呪い、Aさんへのゆがんだ感情を募らせているよりもよほどマシだと思ったからです。ただ、佐藤からのリクエストの中には「無茶振り」もたくさんありました。ある時など「スポーツ新聞で連載がしたいのでマーシィのコネでお願いできませんか」などと懇願され、ダメ元で知り合いのスポーツ新聞社の幹部に企画の売り込みに行かされたこともありました。もちろん、一笑に付されて終わりです。
しかし、そんな私の「パシリ生活」にも終わりがやってきました。きっかけは、友人の週刊誌編集者から「千葉刑務所で佐藤と一緒だったという人がいるので会ってみませんか」と紹介されたことです。この元受刑者の男性によれば、刑務所内の佐藤はワガママ三昧で、刑務官を困らせていたばかりで、他の受刑者ともトラブルを起こしていたそうです。話の最後に私はこんな忠告を受けました。
「あいつは本当に嘘つきで、相手によって態度を変えるし、言うこともコロコロ変わる最低の人間ですよ。"心の友"なんてとんでもない、窪田さんに連絡をしてきたのも、ただ単に利用してやろうってだけですよ」
その言葉を裏付けるような情報がほどなくして私の耳に入ってきました。ある大手新聞の記者が、私と同じように佐藤と手紙や面会を繰り返していて、やはり同じように「友達になって欲しい」と頼まれているというのです。
ただ、このような話を聞いた私には、不思議と怒りや憤りはありませんでした。むしろ、自分の背中に重くのしかかっていた「責任」から解放された爽快感を味わっていました。佐藤が嘘つきならば、「自分の相手をしてくれないと精神がおかしくなって出所後に再犯するぞ」という脅しもそれほど真に受けなくてもいいということです。また、「大人になってからできた初めの友達」というのも単にこちらを利用したいだけならば、佐藤からの要望や相談もそれほどまともに取り合う必要もありません。
つまり、私が佐藤の「パシリ」をやらなくてはいけない理由はどこにもないのです。
佐藤は手紙の最後にいつも「刑期満了出所日まであと2135日」のようなカウントダウンをするのですが、これが徐々に減っていくことが正直、憂鬱でしょうがありませんでした。出所して仕事がなかったら「心の友」として世話をしてやるべきか。今のように社会復帰をサポートしてやるくらいならまだしも、何かとつけて呼び出されたり付きまとわれたりする恐れもあります。とはいえ、冷たく突き放したら、その辺の幼女に手を出して捕まった際には「マーシィに裏切られたからだ」とか騒ぐ恐れもあります。出所後の佐藤とどう付き合っていくべきか悩んでいた私にとって、佐藤が私以外の人間に「友だちになってくれ」と懇願しているというのは、「どうぞ、どうぞ」というくらいの嬉しい話だったのです。
そこから私は佐藤の要請に応じることが徐々に少なくなっていきました。面会に関しても、千葉刑務所側から「更生の妨げになる」という理由で拒絶されることが増えてきたこともあって、ほとんど行かなくなりました。
暴力や脅迫では人は「洗脳支配」されない
そんな風に疎遠になってから久しぶりに、佐藤から「嬉しいニュース」があると手紙がきました。かねてから本人が希望をしていた「精神障害者保健福祉手帳(2級)」の支給が認められそうだというのです。精神疾患を抱え、健康状態も良くない佐藤自身も刑務所を出た後に、ひとりで自立して生きていくことが難しいことはよくわかっていました。さまざまな方法を模索した結果、佐藤が辿り着いたのが、障害者手帳を申請して「成年後見人」にサポートされながら障害者支援施設で生きていくという道でした。佐藤の出所が近づくにつれて、千葉刑務所側もそのような身の振り方を応援してくれるようになり、ソーシャルワーカーが相談に乗ってくれていたそうです。
しかし、支給にあたって刑務所側が出した条件がひとつありました。それは「マーシィ」との交流を断つ。つまり、私とは金輪際、会わず、文通もしないということです。
「此の私の友人が信頼のおけるマーシィだとしても、其の職業が『ジャーナリスト』で有るが故に、何時何処から私の帰住地が公と成って、其の後の更生の妨げと成るのか想像も付か無い事から『後見』の先生方は其れを危惧して居るので御座居ます」
「此の話を御知りに成ったマーシィは敢えて自ら身を引くことを御考えに成られるかも知れませんが、此の私としては『心の友』で有るマーシィを失いたくは御座居ません」(2013年3月14日付の手紙)
佐藤はそう言いましたが、私は二度と連絡をせず会いもしないことを告げました。
6年前に文通を始めた際には、「ゲバ刑務所」と刑務官や医療担当者への怒りや愚痴ばかりを私に言ってきたものが、最近はそれがなくなり、出所後の社会復帰に向けて職員から励まされたなどの前向きな話が多くなっていたので、もはや「マーシィ」がいなくても大丈夫だと思ったのです。

2014年2月6日、佐藤の母が亡くなりました。そこから数ヶ月後、佐藤から私に最後の手紙がありました。出所して母に会いに行くという目的が達成できなかった悲しみと共に、「最後のお願い」として5万円の仕送りをしてくれということが綴られていました。出所をして働いたら返すとありましたが、私は無視をしました。
2015年4月、佐藤は千葉刑務所を満期出所しました。報道によれば、そこから本人が望んでいた障害者福祉施設の支援を受けて、生活保護を受給しながら、千葉県内のアパートで一人暮らしをしていましたが、2017年に入ってから、痩せ細った体で孤独死しているのを発見されたそうです。
母親とAさんを暴力や脅迫によって長きにわたって支配して、服役後も再犯をちらつかることで私を「パシリ」のように操っていた男は、塀の中で夢見ていた「自由」を得てわずか2年で惨めな死を迎えました。
そんな男と「心の友」になって足掛け6年に及ぶ交流をしてよくわかったことがあります。それは、佐藤は人を支配することでしか生きることのできない「弱い人間」だったということです。
逮捕直後、佐藤は拘置所に面会に訪れた母に対して、Aさんのことばかりを語っていました。「あいつは今、何をしているんだろう」「あいつは寿司が好きだった。特にマグロが好きだったから今も食べているかな」など気にかけていたと母から聞きました。
当時、私は「佐藤は未だにAさんへの思いを断ち切れていないのでは」と心配したものですが、今思うと、これは勾留生活で不安に直面したことで、9年2ヶ月もの間、佐藤の精神安定剤的な役割を果たしていたAさんにすがりたかったからではなかったかと思います。
佐藤がAさんを暴力と脅迫で監禁をして、逃げ出さないような「洗脳支配」をしていたと思っている人もいますが、私は実は逆で、佐藤の方がAさんに精神的に依存して、生きていくために「寄生」していたと思っています。ひとりで生きていく力のない、弱くて卑怯な人間だからこそ、暴力や脅迫で誰かを利用しなければ生きていけないのです。
それは「監禁洗脳」をしていたと指摘されている他の凶悪犯らにも当てはまります。
北九州監禁連続殺人事件の松永太死刑囚はあれだけ多くの人の命を残忍に奪っておきながら、その現実と向き合うことができずに「冤罪」「司法の暴走」と訴えました。面会したジャーナリス・小野一光氏に「先生、先生こそはそんな奴らとは違うと信じてます」などと露骨に媚を売ってきたそうです。(「身の毛もよだつ残虐な連続殺人犯は美しい顔をしていた 人殺しの論理」小野一光 幻冬舎plus)
尼崎事件の主犯・角田美代子は留置所で自殺しました。少なくとも4つの家族を崩壊させ、8人を死に追い込んだにもかかわらず、自分の家族が次々と逮捕されていくと「死にたい」と漏らし、精気を失ったそうです。(「『家族』を乗っ取り暴力と恐怖で支配、8人が連続変死 事件を主導した元被告の女が留置所で自死するまで」神戸新聞NEXT)
和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚は、警察や検察の厳しい取調べに「完全黙秘」を貫いたことで知られていますが、このような「精神の強さ」は松永にも角田にも、そして佐藤からもまったく感じられません。
彼らの「人を支配する術」を冷静に俯瞰すると、暴力、脅迫、監禁などを用いて強制的に従わせているだけにしか見えません。サーカスの動物をムチで従わせているようなものに過ぎず、かつて中国共産党が、スパイや反共産主義者を長期間勾留して、拷問を繰り返すことで成し得たという思想改造「洗脳」とは似て非なるものなのです。
これは「モラハラ夫に洗脳された」とか「恋人がDV男で殴られているうちにマインドコントロールされた」というような被害もそうで、高圧的な態度、暴力や脅迫によって服従を強いられているだけに過ぎません。
佐藤宣行という男が犯した罪は決して許されることはありません。その罪について彼がどれほど真摯に向き合い、反省をしていたかも定かではありませんし、私に「心の友」になってくれと接近してきた真意についても、もはや死人に口なしで真相はわかりません。
でも、彼のおかげで私は、暴力や脅迫では人は「洗脳支配」されないということが身をもって理解できました。「人に寄生をしなくては生きられない男」と、取材者という立場を超えて、個人的に付き合ってみてはじめてわかったことです。そういう意味では、いつか彼の墓前でこんな言葉をかけてやりたいです。
「のぶきん、ありがとう。競馬で名誉回復できなかったのは残念だったけど、同じ過ちを繰り返さなかっただけでも上出来だったんじゃない?」
