5月1日(金)宮城谷昌光の競馬

 宮城谷昌光『随想 春夏秋冬』(新潮社)に、「競馬生活」という項がある。出版社勤務を続けていては小説を書く時間が取れないので会社を辞めたあと、競馬だけで生活していたことがあるというのだ。

 以前もなにかのエッセイで、宮城谷昌光が若い時に競馬をしていたことを読んだことがあるが、そのときは詳しいことが書かれなかったので、競馬とのかかわりがどういうものであるのかわからなかった。今回は詳しく書かれているので大変興味深い。

 小説を書く時間を確保するために会社を辞めたとは言っても、何かで収入を得なければ生活していけない。そこで宮城谷昌光は、競馬で生活費を稼ぐことは出来ないかと考える。大金は必要ない。1週間に五千円あれば生活できる。だから競馬で週に五千円を稼げばいい。
 面白いのはこの先だ。

「部屋からでずに、毎週五千円を得る方法はないだろうか。私は自分の部屋をながめた。机の近くにならんでいるバインダーは、すべて競馬のデータであった。雑誌の編集部にいたとき、競馬特集をまかされたことがあり、さまざまな馬券術をこころみた。ほとんどの競馬評論家に会い、北海道の牧場にも、栗東のトレーニングセンターにも行った。当時としては値段の高すぎる一冊一万円という怪しげな競馬必勝法の本を買い、その必勝法がほんとうに儲かるかどうかを、検証すべく、社員から金を集めて、一か月半ほどの間、実践した。その実践を、誌上に載せた」

 宮城谷昌光は大学の恩師である小沼丹の紹介で、銀座五丁目にある出版社に入ったと本書にあるが、その雑誌名までは出てこない。藤原審爾の小説の担当をしたという話が本書に出てくるので(池波正太郎の連載小説もその雑誌には載っていたという)、競馬専門誌ではないだろう。にもかかわらず、北海道の牧場や、栗東のトレーニングセンターまで行く大がかりな特集を組むのだから、ある程度の規模を持つ雑誌と思われる。

 その編集者時代の遺産ともいうべき競馬データが部屋にあったというのである。そこで、そのデータを活用して、宮城谷昌光は、「1・5倍」の複勝を狙うことにする。一万円を買えば配当が一万五千円。つまり五千円のプラスである。週に一度、それが当たれば希望通りの五千円を稼ぐことが出来る。そこで毎週、週刊の「競馬ブック」を買ってきて、予想をすることになる。

「出走予定馬の着順を自分のデータによって予想し、勝ち負けを争うことのできる馬で、しかも当日のオッズが1・5倍以上になりそうな馬を、金曜日までに選びだした。土曜日と日曜日は競馬場へ行った」

 1・5倍なんて簡単だと思うかもしれないが、余っている金で買うわけではない。毎週確実に当てなければならないのだから、予想も真剣にならざるを得ない。もう必死だったろう。この項の最後に、宮城谷昌光は次のように書いている。

「こういう生活を三、四か月つづけたあと、私は疲労困憊した。小説は、一行も書けなかった。」

 そんなに甘いものではない、ということだろう。週に五千円を確実に稼ぐことはできても、その代わりに何かを失うのである。そうか、そうだよなあと思う。

 今週は京都競馬場で春の天皇賞が行われるが、来週からは、NHKマイル、ヴィクトリアマイル、オークス、ダービー、安田記念と、東京競馬場で五週連続でG1が行われる。生活を賭けず、大金を狙わず、静かに、競馬を楽しみたい。そう思うのである。