2月1日(火)「オニャンコポン」と「ターミネーター」その2

 1月の京成杯を勝ったオニャンコポンの馬名の意味は、アカン語で「偉大な者」という意味であり、そのアカン語とはガーナ東部のアシンャティ州で話されていた言語であった──という話の続きである。

 前回は、「アシャンティ」という映画が1979年に公開されたものの、すぐに打ち切られてしまったので覚えている人は少ないだろうが、原作がスペインのフィゲロウアだったので、私には忘れがたい、というところまで書いた。

 その原作は、黒人の妻を誘拐された英国男が、その奪還のために奮闘する様子を描いた冒険小説で、この映画が公開されるというので1979年に翻訳されたのである。版元は、ヘラルド・エンタープライズ。この会社は当時、「ヘラルド映画文庫」という文庫版の翻訳叢書(当社調べで44冊までは確認ずみ)をだしていて、その中にはあの『遙なる緑の地』(傑作!)の作者ラリイ・マクマートリイの『愛と追憶の日々』(これも傑作)もある。ちなみに、『アシャンティ』はこの「ヘラルド映画文庫」の1冊ではなく、四六のソフトカバーで刊行されている。

 ところで今回初めて気がついたのだが、ヤア・ジャシ『奇跡の大地』(峯村利哉訳/集英社2018年)という小説が翻訳されていた。奴隷貿易が盛んだった十八世紀のアフリカを舞台にした小説で、アシャンティも出てくるという。四十年以上前に出た翻訳小説は覚えているくせに、数年前に翻訳された小説の存在を知らないとは恥ずかしい。それはともかく、それではこの『奇跡の大地』でアシャンティがどのように描かれているかを確かめてみよう。

 というのは、フィゲロウアの『アシャンティ』は、誘拐されるヒロイン、ナディアがアシャンティ族の末裔との設定なのだが、舞台はアシャンティではないのだ。アフリカの他の地域が舞台になっている。

 ヤア・ジャシ『奇跡の大地』によると、現在のガーナのあたりにはアカン人が住んでいて、アシャンティ族とファンティ族が大きな力を持っていた。南部に住んでいたのがファンティ族、内陸部を支配していたのがアシャンティ族。銃の導入で他族より優位に立ったアシャンティ族は王国を建国し、奴隷の輸出で繁栄を謳歌する一方、取引相手であるファンティ族やイギリスとの戦いが耐えなかった。特にイギリスとは四度にわたる戦闘をくりひろげ、20世紀初頭にはついにイギリスの植民地に併合される。しかしイギリス相手に勇猛果敢に戦ったことは事実なので、フィゲロウア『アシャンティ』でナディアが「アシャンティ族は決して偽りの誓いを立てません」と宣言するのも、その誇りのためにほかならない。

 ヤア・ジャシ『奇跡の大地』は、異父姉妹がファンティ族とアシャンティ族にわかれて育ち、それぞれ七代、数百年の壮大な物語が綴られていくが、19世紀末、鉱山に売り飛ばされたアシャンティ族のHの過酷な日々が強い印象を残している。

 ちなみに、『奇跡の大地』の訳者あとがきによると、アシャンティ族のアカン語系トウィ語から日本語になった言葉として、野菜のオクラが挙げられるという。

 まだ「ターミネーター」は出てこない。続きは次回だ。