第12回:高知でお世話になった友達と
ある火曜日。高知に住むGさんから「今度大阪に行くのでよかったら飲みましょう」と連絡をいただいていて、その約束の日が今日だった。そんな貴重な機会なので、もちろん休肝日はずらすことに。
Gさんは夕方から別の宴席があるそうで、であれば、それまでの時間、ゆったり気ままなペースで飲めるような店がいいだろうと思った。日差しが明るく照らすような店で、それほど騒がしくもなく、黙ってちびちび飲んでいてもいいような雰囲気で......と、考えてふと思い浮かんだのが森ノ宮駅近くの「岡室商店」だった。
14時頃、駅からその店までの短い道のりを歩いていくと、途中でちょうどGさんと出くわし、そのまま一緒に店に入る。
森ノ宮駅は改札を出てすぐの場所に大阪城公園があって、公園を散歩する時によく使う。駅の近くにスーパーがあるので、たいていはそこでチューハイを買って公園へと向かう。大阪城公園はとても広いし、場所によって景色に変化があるから適当に歩いても楽しい。ある時は城のお堀の水を眺めたり、ある時は野外音楽堂の近くで音漏れを聴きながらくつろいだり、梅が咲けば梅を、紅葉の季節には色づいた葉を見たりもする。
大阪城公園が好きでよく森ノ宮駅を利用していて、たまに「岡室商店」の前を通る(公園とは別の方向なのでいつも通るわけではないが)。そうすると、ガラスの向こうに見える店内で、どんな時間帯でもたいていは何人かが酒を飲んでいる。
岡室商店はいわゆる酒屋の角打ちで、結構店内が広くて、広いのだが席数はそんなに多くはなく、余裕のある配置になっている。だから、店内で飲んでいるお客さんがギュウギュウに肩を寄せ合っている感じではなく、それぞれの距離感で静かに飲んでいる感じが、外からでもわかった。どことなく、コンビニのイートインを思わせる。
そんな雰囲気を店の外から感じて「この店なら一人でも入りやすそう」と思ってはいたものの、いつもタイミングを逃し、未だに入ったことはなかった。Gさんにこの店を提案しておきながら、私も今日が初めてなのである。
店の中ほどにある横長のテーブルの前に向かい合って立ち、まずは瓶ビールをもらってグラスに注ぎ合う。「大阪はこのグラスですよね」と、Gさんが手にしたグラスを眺めている。グラスには「大阪府小売組合酒販連合会」という白い文字がある。大阪の角打ちで飲んでいるとよく出くわすグラスで、いつも「これ、どこかで一般向けに販売してくれないかな」と思う。厚手で適度な重みがあって、丈夫そう。
Gさんは長く大阪で暮らしていて、10数年前に高知に移り住んだという。今は高知駅から歩いて30分ほどの、中心地から少し外れた宝永町というあたりで「大衆酒場 Day&Sea」というお店を営んでいる。
私がGさんと出会ったのはそのお店を取材させてもらったのがきっかけだった。ひと工夫を凝らしたつまみが、安い価格で提供されている。サワー類のメニューが充実していて、それが私にはうれしかった。昼から営業しているその店には外から陽光が差し込んで居心地がよく、だから今日私はこの「岡室商店」を連想したのかもしれなかった。
「高知にはこういう店がないんですよ」とGさんはいう。酒豪が多いイメージのある高知県だが、角打ちスタイルの店はほとんどないらしい。そもそも、高知には意外にも昼からお酒を飲める店が少なくて、だからこそ、大阪から移り住んだGさんは昼から飲める店をやろうと思ったのだという。
Gさんには取材の時に色々とお話を伺って、今日で会うのが二回目である。そのような関係なのに、不思議と落ち着いた気持ちで話をすることができた。Gさんの物腰の柔らかさゆえだろうと思った。
「今日はこの後、飲みに行くんですよね? その前に飲んでしまっても大丈夫ですか?」と私が聞くとGさんは「いえいえ、その前に少し緩めておきたかったので」と言った。"緩める"という言い方がいい。自分がお酒に求めているものも、結局は緩めたいということに尽きるのかもしれないと思った。突き詰めて考えれば不安定要素しかないこの世界で、せめて気分だけでも緩めていたい。
途中でGさんの飲み仲間のOさんも加わって、三人で改めて乾杯した。
Oさんは大阪に住んでいて、Gさんが大阪に来る用があると、必ず乾杯しに駆けつけるのだそうだ。高知のお店にも何度も行っていて、Gさんの人柄が大好きなのだという。
「今度、車を出しますんで高知に飲みに行きましょうよ!」とOさんが私を誘ってくれた。そんな機会があったら、楽しそうだなと想像をめぐらせる。
ハイリキを2缶、ゆっくり飲んでほろ酔いとなった。惣菜の小鉢が並ぶ店のカウンターの向こうの高いところに「一夏の歓び 冷奴 二百円 酒、ビールの酷を引く」と、達筆なメニューが貼ってある。
「酷を引く」という言葉があるんだろうか、どういう意味だろうか。私の見間違いで、「酷」という字ではなく、似た漢字なのか。「まあいいか、今度調べれば」と、写真だけ撮った。
「また飲みましょう!」と約束し、会計を終えて店を出ると強い日差しに照らされた。その場で解散となり、気分的には大阪城公園を散歩して帰ってもいいなと思ったが、この日差しの下を歩いたらきっとすぐに疲弊してしまうだろう。
私は森ノ宮駅に向かい、今日の酒はこれでおしまいにすることにした。
