第20回:急に行くことになった鴨川

ある火曜日。自分が一方的に知っていて、でもほとんど会話らしい会話をしたことがない人と会うことになっていた。自分にとってそれはとてもうれしい機会で、でも同時に少し緊張する場でもあった。

昨夜遅く、会う約束はしたものの、時間も場所も未定だったことに気が付き、「明日、何時にしましょうね。こちらは何時でも大丈夫です」とSNSでメッセージを送信したが、深夜どころかもう早朝と言えそうな時間だったのですぐに返事が来るわけもなかった。寝て起きたら返事が来ていた。

それを見て驚いたのだが、私は勘違いをしていて、会う約束になっていたのは来月の今日だったのだ。幸い、未然の勘違いだったので相手に迷惑をかけることはなかった(変な時間に連絡したのは迷惑だったか)が、まるっきり気づかない自分が怖くもあった。

「来月でしたか!すみません!楽しみにしています」というような返事をしてもう一度寝ようかと思ったのだが、少しして返事が来て、「今日もし暇ならご飯でも食べますか?」とのこと。布団からガバッと起き上がって、「ぜひぜひ!」と返して急いで身支度をする。

1時間後には梅田に到着。提案してもらった新梅田食道街の「新喜楽」という店の前で待ち合わせて、カウンターが奥へと長く続く店に入る。ここには以前一度、夜に飲みに来たことがあった。鴨鍋が名物で、お昼時はそこにごはんと漬け物がセットになった鴨鍋定食を食べに来る人で賑わっているようだった。

我々も鴨鍋定食を、私は緊張を和らげるために瓶ビールを追加した。

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山椒のきいた鴨鍋をアルミのスプーンですくって食べながら、色々な話をした。というか、相手は私に色々と質問をしてくれて、私からすれば、「こんなに自分のことばかりしゃべっていいんだろうか」と申し訳ない気にもなったが、ビールのおかげか、徐々に気分もほぐれてきた。

ひっきりなしにお客さんが回転していくお店だったので食事は早めに終えて外に出て、近くの喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ。

そこでまた色々と自分のことを聞いてもらい、「この後、もし時間があったらどこか散歩しますか」という話になった。そしてその行き先について、お互いにいくつかの案を出し合った。外は暑いから、歩くにしても、広い公園などではなく、できれば日陰の多い場所がいい。アーケードのある商店街もいい、梅田の地下街は涼しいし広いけど、少し人が多過ぎるか......意見が交わされ、結果、電車に乗って京都に行くことになった。

大阪の京橋駅から、京都市内へ向かう京阪電車に乗り換えることができる。その京阪電車の特急には「プレミアムカー」という予約制の車両が設けられていて、通常の運賃に500円を追加するとそこを予約することができる。新幹線の座席のような、リクライニングもきいて折りたたみ式のテーブルが使えるようなシートである。

ある友人がその車両について「選民思想っぽくて好きじゃない」と言っていて、確かに私もたまに新幹線に乗る際など、優雅な指定席とさらに優雅なグリーン車と、通路に人が立つほど混むことがある自由席(最近、指定席車両が増えて、その代わりに自由席車両の数が減った影響もあるはず)のあまりの違いに、シビアな経済格差を感じずにはいられない。というか、新幹線に乗るというだけで贅沢で、一時期は深夜の高速バスを頻繁に利用していたから、移動手段に対していくら払えるかということで移動のためにかかる時間や快適さが露骨に違ってくることは身に染みている。

だからたとえばプレミアムカーの車両がもっと増えて、通常料金だけで乗った人が、数の少ない車両にギュウギュウに押し込まれるような状況になったらきっと反感を覚えるだろうけど、今の私はプレミアムカーを「場合によっては、あり」と思って受け止めている。

特に私は移動中に飲む酒が好きである。さすがに混んでいる車内で酒を飲むのは迷惑な気がして我慢するのだが、プレミアムカーなら旅気分での飲酒が可能。この席を予約するための500円は"移動バーのチャージ料金"だと考えるようにしている。

そのプレミアムカーに乗って京都に行こうという話になった。JR大阪駅から京橋駅へ、そして京橋駅で席を予約して京阪の特急電車に乗る。隣り合った席につき、私は事前に駅併設のコンビニで買ったチューハイを飲む。

私たちは三条駅で降りることにしたから、京橋駅から45分ほど特急電車に乗った。このちょっとした時間がちょうどいい(本当は倍ぐらい乗っていたいほどなのだが)。京阪電車の窓から見える景色も変化に富んでいて私は好きで、川を通り越すたびに、自分がどこかへ移動していることへの喜びが高まる。

電車の中では音楽の話をした。どんな音楽が好きかとか、その音楽に影響を受けて自分でも機材を揃えて曲を作ってみるようになった話とか。話しているともう電車は三条に着くところで、慌てて席を立つ。

地上に出て、橋の上から鴨川を見る。三条に着いたからといって、ここからの予定もない。鴨川を上流に向かって歩いてみることにした。暑さはそうでもないかと思っていたが歩いているとやっぱり暑くて、汗をかいた。

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あまりの暑さに途中で川沿いから逸れてスーパーでまたチューハイを買う。そしてまた歩き出す。

出町柳のあたりまで来て、出町柳駅の近くにあるギャラリーを覗いたらあいにく休廊日で、また少し歩き、桝形商店街に向かった。

商店街の奥の方に美味しい豆腐屋さんがあるのを知っていたので、そこで豆腐を買って、今日の夕飯は湯豆腐にしようと思った。二人で歩いていくと、驚いたことに、豆腐屋は閉業していた。ついこの前、ここを歩いた時には営業していた気がするのに、下ろされたシャッターに「京都でいちばんおいしい いずもやさんのおとうふ大すきでした 長い間ありがとうございました」と大きく書いた紙が貼ってあって、色々な色のペンで、隙間なくメッセージが書き込まれている。

「毎日おいしいおとうふありがとう」
「おからのたいたん大好物でした」
「コロッケなつかしい。マカロニサラダもおいしかった。お豆腐はもちろん」
「いつもてをふってくれてありがとう」
「ありがとう。最高の豆腐」

桝形商店街を歩くたび、「この辺りに住んでみたいかも」と、(ただの軽い想像だが)思っていた。ここに豆腐屋さんがあることがその理由の一つだったから、「おお、そうかー」と衝撃を受けた。とにかく、豆腐は買えない。

引き返して商店街を出ると、通りの向こうにこんにゃく屋さんが見えた。「大売り出し」という赤いのぼりが見えて、「こんにゃくと大売り出しって一緒にならなさそうで面白いですね」と通りを渡ってそっちに近づいてみることにした。

尾崎食品というこんにゃくの専門店で、糸こんにゃくなどが業務用サイズという感じの大きさで、一袋100円とか200円とか、驚くほど安く売られている。豆腐は買えなかったが、このこんにゃくを水炊き鍋に入れて、ポン酢をつけて食べようと私は思い、二袋買った。リュックがずっしり重くなって楽しい。

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これから用事があるというその人と別れ、私は一人、またプレミアムカーに乗ってチューハイを飲みながら帰路についた。