第22回:東京から大阪へ

ある火曜日。昨日まで山形を旅していた。山形から大阪まで一気に帰ることもできたのだが(新幹線で山形から東京まで、そのまま新幹線を乗り換えて東京から大阪まで行く、という感じで)疲れもあって、東京の実家に泊まることにした。

旅先にも一応ノートパソコンを持っていって、急ぎの仕事はできるようにしてあったのだが、あまり手につかず、やらなければならないことが溜まってしまっていた。だからできるだけ早めに大阪に戻るつもりではいて、とはいえ、大急ぎで!という感じでもない。

昼、母と近所の中華料理店「生駒軒」に行くことになった。私はこの店に来ればほとんどいつも「タンメン」を注文するのだが、今日は「ラーメン」を食べることにした。昨日までの山形の旅の途中で何度か醬油ラーメンを食べて、どこもすごく美味しかったので、醬油ラーメンを求める気持ちが続いていたのだった。

「ラーメンにするの? じゃあ同じのにしようかな。ラーメンと半チャーハンのセットにしたら、チャーハン半分ぐらい食べてくれる?」と母が言い、なるほど、この店のチャーハンを久しく食べていないから味わってみたい気持ちもあるし、半チャーハンのさらに半分、4分の1チャーハンぐらいなら自分でも食べられそうだなと思った。

それで醬油ラーメン一つと、醬油ラーメン半チャーハンセット一つを注文することにして、昨日までの山形の旅の話を母にした。旅の途中、母の実家や母の姉夫婦の家にも立ち寄ってご飯やお酒を御馳走になった。「みんな元気そうだったよ。またみんなで行きたいな」などと話しているところにラーメンとチャーハンが運ばれてきた。

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山形で食べた醬油ラーメンよりも醬油の味がキリッとして感じられた。「東京のラーメンって感じだな、うまい」と言いながら麺をすする。食べながら、この店のラーメンっていくらなんだっけと、改めてメニュー表を見ると550円である。ラーメン半チャーハンセットが800円なので、二人で合計1350円。「安いなー!」と私が驚くと、母は「なんだか申し訳ないような金額だね」と言う。母がお腹いっぱいになり、結局私が4分の3ぐらい食べることになったチャーハンもあっさりしていて美味しかった。「AさんとBさんが二人で半チャーハンを分け合うことになりました。Bさんがお腹いっぱいになったのでAさんは半チャーハンを4分の3食べました。Aさんが食べたチャーハンの量は、本当のチャーハンの何分の何でしょうか」という問題が出たら私は答えられない。計算が苦手だ。

部屋に戻って一休みして荷物をまとめ、パンパンのリュックと、お土産の入ったトートバッグと、そこに入りきらなかったお土産の紙袋、という状態で外へ出る。いつも思うことだが、重たい荷物を持って駅まで歩いたり階段を下りたり上ったり、揺れる電車の中で立って耐えたり、途中でトイレに行きたくなったり、何か買う時にリュックから財布を出して、またしまって......と、それだけでとても体力を使うものだ。東京から大阪に帰るという、短い言葉で説明できてしまうことの中にも、実際は色々ある。

東京駅で地下鉄を降りて、私はいつも節約のために金券ショップで安い(といっても差額は800円ほど)新幹線のチケットを買うのだが、そのきっぷは「みどりの窓口」で使用日時を変更しなければ使えないものなので、長い列に並ぶ。自分の番が来るまでに30分ぐらいかかることもあって、果たしてこれは得なのか損なのか、といつも思う。列に並んでいる間、何の気なくあたりを眺めていたら、東京駅の構内にある美術館「東京ステーションギャラリー」で開催中の前田寛治展のポスターが目に入り、気になっていたんだった、と思い出した。スマホで会期を調べると、8月30日までで今を逃すとチャンスがないかもしれなかった。

みどりの窓口での手続きが終わり、私はそのまま東京ステーションギャラリーに向かうことにした。入館料を払い、無料で使えるコインロッカーに荷物を預けてすっきり身軽。前田寛治という画家のことはまったく知らず、ポスターのビジュアルに使われていた人物画がいいなと思っていただけだったのだが、1896年に生まれて1930年、33歳という若さで亡くなった人で、フランスに渡って受けた西洋美術のインパクトを自分なりの解釈で作品にしていった人らしかった。佐伯祐三とも交流があったようだ。

マルクスの影響を受けて搾取的な社会の構造に敏感になった前田寛治は労働者の姿をよく描いた。「物を喰ふ男」という、背中を丸めて何かを食べている人の姿を描いた絵が好きで、じっくり見た。

裸婦を描いた絵もたくさんあって、その中でも一つ、あまり大きくないサイズの、優しい日差しが照らす部屋に横たわる裸婦像が、その空間に窓から吹き込んでいた風の感触までわかるような感じがして好きだった。

佐伯祐三の絵も何点か展示されていて、「扉」という絵に圧倒された。私はその絵を大阪の美術館でも見たことがあった気がするのに、今日初めて心に迫って感じられた気がした。重たそうな鉄の扉が、ひしゃげたような感じで描かれていて、その扉の(きっと冷たい)表面に触れてみたくなった。

ポストカードを買って会場を出る。私の好きな裸婦画のポストカードはなかった。それにしても33歳で亡くなったとは。最後の最後まで、病室にキャンバスを運んで描いていたらしかった。

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新幹線の自由席は混んでいたが、窓側に座ることができた。2缶買ってあったノンアルコールビールはすぐに飲み終わってしまい、あとは眠って過ごした。今日は富士山が見えるだろうかと思っていたのに、気づけばとっくに静岡は過ぎていて、強い日差しを避けるために下ろしてあった日よけを少し上げてみたらちょうど日が沈んでいくところだった。

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帰宅して夕飯は久々に体に優しいものを食べようと思って湯豆腐にして、炭酸水をグビグビ飲んで早めに眠ることにした。冷蔵庫の中では、山形の親戚にもらってきた小玉スイカが冷えていた。