第25回:東大島から四谷三丁目
ある火曜日。夕方から四谷三丁目のダイニングバー「ニューアーバン」で新刊の発売を記念したイベントが開催されることになっていて、それで昨日から東京にいる。
東京滞在時の恒例で、昼ご飯は父母と「生駒軒」へ。今日のタンメンはスープに野菜の旨味がしみ出していて、いつもより濃厚に感じられた。美味しい。
不思議なタイミングの重なりで、今月、エッセイ集が2冊出ることになった。どちらにも家族の話が出てくるのだが、父に「もう書くことがなくなったんじゃないか?」と心配される。たしかに、もう何もないような気もしてくる。卓上の梅干しをスープに少し溶かしながら食べた。
父は先に仕事に戻り、母と喫茶店でアイスティー。70代後半になり、「最近自分の体調がよくわからない」と母。これまで生きてきてあまりなかったような変化(たとえば、急に熱が出てしばらく下がらない、とか)が起きるらしい。40代後半の自分でも体力がなくなって「だるい」「疲れた」とばかり繰り返しつぶやいているが、この先を生きていくとさらに色々なことが待っているのだろう。
一人になり、地下鉄に乗って東大島駅へ向かう。今月出る2冊の本のうちのひとつ『捨てた紙、捨てられない紙』の装画はアーティストの加藤崇亮さんが描いてくれたものなのだが、その加藤さんの個展「Dozing off」がちょうど開催中で、それはぜひ見に行きたいと思った。
駅から徒歩10分ちょっとの「亀戸アートセンター」というギャラリーが個展の会場で、平日は16時からオープンするとのこと。少し早めに着いたのだが、あまりに外が暑過ぎて、どこか涼しい屋内にいないと体力がすぐに尽きてしまいそうだ。駅の近くに100円ショップのセリアがあったので特に目的もなく入る。
旅行に行く時に歯ブラシやT字カミソリなどを入れておくポーチが欲しいと思っていたことを思い出して、ちょうどいいサイズのものを探す。店内をうろうろしているうちに便利そうなキッチングッズなど、いくつか欲しいものが見つかったが、「東京でそれを買って大阪まで持っていくこともないか、大阪にセリア、あるし」と思って、結局ポーチだけ買うことにした。
それで時間がちょうどよく潰れて、強い日差しの下をギャラリーまで歩く。壁に加藤さんの絵が展示されているのが見えて、作品を目の当たりにするのは初めてだったので、胸が高鳴る。本の装画になった「PAPER」という絵もあって、じっくり見ることができた。原画のタッチの繊細さ、色の鮮やかさをできるだけ記憶に刻むように見る。
私が到着してすぐ、ちょうど加藤さんご本人がやってきて、初めてお会いすることになった。お礼を伝え、あの絵が描かれた過程などについてお話を聞かせていただく。『捨てた紙、捨てられない紙』という本は、私がずっと持っている愛着のある紙類についての思い出を書いたものなのだが、加藤さんも古いポストカードなどが大好きで、それが作品づくりの源泉の一つにもなっているらしい。
会場では、加藤さんの作品を自分が持ってきた布にシルクスクリーンで刷ってもらえる。それを事前に調べて知って、普段実家で寝巻きがわりに使っているTシャツを持ってきていた。ちょっとくたくたなTシャツで恥ずかしいが、ただの寝巻きがいきなり大事な一着になるのが魔法のようで楽しかった。
会場で販売されていたポストカードやZINEも買って、少し迷ったけど原画も購入することにした。本を書いたことによって得たお金は、そのように使うのが正しい気がした。「色々買った......」と、高揚しているような、ぼーっとしているような気持ちで駅まで引き返し、そこから四谷三丁目駅まで電車を乗り継ぐ。
地下鉄の出口から地上に出ると目的地のニューアーバンはすぐそこ。ちょうどいいタイミングで着くことができてよかった。ビルの2階にあるその店へ向かう。
店主のHさんとは昔からの付き合いで、「新刊出るらしいね、今度東京に来る時、イベントでもやろうよ」と、そんな風に声をかけてもらって今日の場が実現することになった。この日に合わせ、料理上手のHさんがおつまみセットを用意してくれた。
18時半にオープンとなり、いきなり、漫画家のラズウェル細木さんが来てくださった。このような場で乾杯できるのは光栄なことだった。その後もお客さんが来てくれてホッとした(私のイベントは、開催したはいいがお客さんがあまり入らないということが多く、お店の期待に応えられなかったという後悔を引きずることがよくあるのだ)。
このイベントは2冊出る本のうちのもう片方、『このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。』の発売を記念したもので、版元である幻冬舎のKさんも、本の在庫を持って来てくれている。それを買ってくれる人もいて、ありがたい。他のお客さんと同じように、私もおつまみセットを食べ、ビールやレモンサワーを飲んだ。
あっという間にイベントの終了時間が近づき、来てくれた方々に十分なお礼も言えぬまま、撤収タイムとなった。ささやかな打ち上げがあった後、また地下鉄を乗り継いで実家へ帰る。今日も一日頑張った。
