第29回:こんな日がまた
ある火曜日。昼まで寝ていた。東京に来て数日、ずっと雨だった。台風が接近していて、特に昨日の雨はひどく、関東のあちこちに警報が出されるような状況だった。食料を買いに行った以外は外出せず、「せっかく東京にいるのにな」と思いながらずっと部屋にいた。
私が泊っている部屋は、構造上の特性なのか雨の音がすごく響く。昨日は一日、大きな滝の横で過ごしているような気分で、そんな風に言葉にしてみれば風流な気もしてくるが、実際はすごく心細かった。そんな一日があり、火曜日の昼になって外に出てみると、晴れている。台風一過で、今日は全国的に天気がいい(その分、暑くもなる)のだと、テレビのニュースで言っていた。
東京に来たのは友人の結婚パーティーに出席するためだった。久しぶりの友人たちにも会えて楽しい時間だった。で、そのめでたい機会ともう一つ、大きな目的があった。山形に住む親戚が東京に来るというので、会いに行ったのだった。というか、もともと、友人の結婚パーティーのために東京に行こうと計画していたところ、ちょうどそのタイミングで親戚たちが東京に来ることを知って「おお!ちょうど会える!」と、そういうことになったのである。
今回山形から東京へ来る親戚というのが、私の父の兄、つまり伯父とその妻である伯母と、二人の長男であるいとこの三人だった。みんな、私が子どもの頃から山形に遊びに行くたびによくしてくれた人々である。
その伯父と伯母は、ここ一年ほどの間に、二人とも立て続けに大きな病気をした。入院して手術をして、そのダメージもあるし、予後についてはまだまだ慎重に様子を見ていかねばならない段階であるらしい。「元気なうちに会っておきたい」と、そんなことを考えるのがすでに後ろ向きな気もしたが、二人ともそもそも高齢である(伯父はもう80歳になる)。山形に会いに行こうと思っていたが、病院に行くタイミングがあるだろうし、今行くのはかえって気を遣わせて迷惑になるかとも思い、果たせずにいた。
そんな感じだったから、本人たちが東京に来て、ちょうどそこで会えるというのは、私にとっては願ってもないことだったのだ。伯父と伯母の次男は山形を出て関東で生活をしているのだが、その次男が最近、一軒家を購入したという。伯父と伯母は「どんな家か、見てみたいな」と思ったが、病気で体調も十分ではないし、伯母は足を悪くしていて、新幹線に乗って東京へ来るのもなかなか難しい状態である。
そこに手を挙げたのが長男で、「自分が車を出すからそれで行くのだったらどうか?」と提案した。それなら足の悪い伯母もなんとか行けると、それで三人で車で来て、次男の新居も無事に見ることができて、もう一日、東京のホテルに泊まって帰るという日に私は居合わせることができた。
私の両親や妹たちの家族も集まり、父の仕事場を宴会場にして、大人数で賑やかに乾杯した。途中、近所の中華料理店の二階席を予約して、そこでわいわいと食事をして、また父の仕事場に戻ってきて、と、宴会は長く続いた。
久々に会う伯父も伯母も思ったより元気そうに見え、特に伯父は食欲も旺盛で、中華料理をたくさん食べていたし、お酒も少しなら飲めるのだと紹興酒を飲んでいた。
宴の終盤、「では、一人ずつ、近況を」と父が言い出して、その場にいるそれぞれが順番に、一言ずつ話す流れになった。私は「8月に新しい本が2つ出て、どっちにも山形のことを書いて、いつもネタにさせてもらっています」というようなことを言った。「今日のこともまた書かせてもらいます」と。
それで早速こうしてその時のことを書いている。みんなの近況報告が済んで、後は伯母と伯父を残すのみとなった。先に話し出したのは伯母で「えーとですね。何か言ったらいいのかな」
「7月に手術をしまして、そして、その手術の前に、こちらの方(と伯父の方を向く)の病気が発覚しまして、なんだかんだなかったの。でも手術の後、ゆっくり休めたので、相変わらずやっています。ちょっと歩くとまだ息切れするんだけど、孫を毎日、車で学校まで送っています。以上です」
拍手があって、伯父が立ち上がる。
「ちょっと今、私、人生の大きな転換期で、今まで、80歳になるまでまっしぐらにやってきたんですけど、5月に通いつけの医者に行ったら血糖値が異常で、CTを撮ったら影があるというのがわかって。今も治療中なんですけど、あと2か月ぐらいするとこの後、どうするかというのを医者と相談して決めることになっています。こんな状況でみなさんと会えたのがうれしいことで、今回も来れるかわからなかったんだけど、こうして旅行するのも、もうそうそうないだろうと、それで長男が運転してくれることになって、長男も大事な本当は用事があったんだけど、それをやめて、来てくれて、そこにこうして大勢集まってもらえて、みんないい人だ。本当に今日、楽しく集まれて本当に、ありがとさまだ」
伯父は最後に涙声になって、でもすぐ、誰かの冗談で起きた笑い声が場の空気を元に戻した。伯父たちが近くのホテルへ向かうために早めに外に出て、少し離れた場所に住んでいる妹の家族が帰っていって、仕事場は静かになった。
床に置かれている4リットル入りのペットボトルは、伯父たちが山形から車に積んでここまで運んできたもので、山の湧き水が入っているのだという。「すごむぎ」という麦焼酎の大きなペットボトル。
伯父たちの住む家は山のふもとにあって、そこから山道をしばらく登っていくと、湧き水を汲める場所がある。地域の方はそこで水を汲み、飲み水にしたり、料理に使ったりする。私も山形に行った時、何度か"水汲み要員"としてそこに連れていかれたことがあった。伯父やいとこたちと大きな空のペットボトルをいくつも車に積んでいって、そこに水を汲んで帰ってくるのだった。
あの美味しい水が、今ここにある。グラスに注いで飲んでみると、口当たりが柔らかい。父が「うまいよな。この水で焼酎でも割ってみろ、うまいんだから」と言うのでその通りに水割りを作って飲む。「うまいな」「うまいよな」と言い合って、焼酎の水割りをグイグイ飲んで、次の朝はひどい二日酔いだった。![]()
