第33回:梅田でパワースマッシュ2
ある火曜日。昼過ぎに肥後橋駅に到着。ビルの中に入っている出版社でインタビューを受けることになっている。駅前で編集者の和久田さんと合流する。
2か月ほど前に『捨てた紙、捨てられない紙』という本が出て、今回はその本について取材を受けることになっている。同行の和久田さんはその本の版元の和久田書房を営んでいる。
二人で出版社のあるフロアへ向かい、会議室へ通される。そこに荷物を置いて、まずは撮影をしてもらうことになった。エレベーターホールに行って、エレベーターのボタンを押して、乗ってドアが閉まって、また開いて、と、そんな場面を撮ってもらう。さっと済んで、面白い写真が撮れたようで、よかった。
会議室に戻って、インタビューを受ける。聞き手をしてくれたのは知り合いの編集者で、つい先日もその人から依頼してもらった取材仕事の場で、一緒に楽しく酒を飲んだばかりである(そうやって楽しく飲んだ模様をレポートするような仕事だったので)。なので、正面から話を聞かれるのは少し照れる感じが一瞬あったが、すぐに落ち着いて、その本の原稿を書いている間に考えていたことを話した。
それにしても......その『捨てた紙、捨てられない紙』という本は書き下ろしで、だいたい去年、丸ごと一年ぐらいかけて原稿を少しずつ書いていったのだが、その期間と大変だったことを考えると、仕事としてはなんと非効率的なものかと思う。今の時代、本を出して利益を得ようと思ったら相当な部数(最低でも何万部というような単位)を売らないといけないはず。私の本は残念ながらそんなに売れるものではないので、生活はカツカツなのだが、会う人には「本を出してすごいですね! 売れっ子ですね」と言われたりして、そのたびに「そんなことないっす」と言っている。
もちろん、本を作ろうと言ってくれる人がいて(特に和久田書房は個人出版社なので一冊の本を作るということのリスクが大手出版社とは全然違うだろう)、こうして形になって誰かに読まれたりすることはとてもありがたいことなのだが、出た時点で「やった!達成!」という気持ちにはあまりならず、そこからは「売れ残ってないかな。版元が『あいつにはもう頼むのやめよう』と思わないだろうか」と心細い日々が始まるのだ。
まあでも、本というものは出た当初だけでなく、遠いある日に古本屋で誰かが手に取って、それが大事なものになるようなこともあると、自分自身がそういう経験をしてきたからわかる。特に自分のやっているようなことは、すぐにわかりやすい結果が出るような仕事ではないのだと言い聞かせてなんとか乗り切るしかない。
インタビューが終わり、少しだけ時間があるという和久田さんと大阪駅前ビルで軽く飲むことになった。「謹賀」という人気の寿司居酒屋がちょうどハッピーアワーをやっているようだったので行く。生ビールが180円。
それぞれ好きな寿司をつまみながら、あれこれ話す。和久田さんは数日前に私のイベントにも顔を出してくれて、そのイベントというのは10人ほどの参加者が各自の捨てられない紙について語り合うという内容のもので、始まる前は果たして盛り上がるのだろうかと不安もあったのだが、和やかでいい会になった。
参加してくれた友人が言っていたのだが、自分の捨てられない紙について語ることは、自分の過去の記憶を語るのとほぼ同じで、それを人前で語る、そして聞いた人がそれを「うん、うん」と受け止めるということがすでに、ゲラゲラ笑うような面白さではない方向の、何か、不思議に楽しい体験であるらしい。
私の「捨てられない紙」は他の人にとっては取るに足らない、それこそゴミに等しいものである場合がほとんどで、でも、他の誰かにも同じようになぜか捨てられない紙が一枚か二枚ぐらいはあったりして、取るに足らないように見えても本人にとっては大事だというものがあることだけはみんなお互いにわかる。それを確認し合うような、いい機会だったかもしれない。ちょうど同じタイミングで別の方からも「捨てられない紙について語り合う会をやりたい」とお誘いを受けていて、今度あるその場が楽しみだ。
寿司を食べて飲んでいたら和久田さんが「あ、そう言えばこの前、イベントに持っていったけど出す機会がなかった捨てられない紙があって、持ってきたんです」とリュックから何枚かの紙を取り出して見せてくれた。
その何枚かの紙にまつわる思い出を「へー!」と言いながら聞いて、あのイベントの延長のような、いいひと時を過ごした。
和久田さんと別れ、まだ時間は早かったので、私は一人、駅前ビルをしばらくうろついた。駅前第3ビルの地下一階に「ロイヤル」というゲームセンターがあって、私は近くを歩くとついついそこに寄ってしまう。古い筐体が揃うロイヤルには「パワースマッシュ2」というテニスゲームのゲーム機があって、いつも空いている。
私はそのパワースマッシュ2が大好きである。ゲームセンターのゲームというものにそんなに熱中してはこなかった人生なのだが、何かの拍子でパワースマッシュ2が好きになって一時期よくやっていたのだ。
といっても全然上手ではないからコンピューターを相手に4回戦ぐらいで負けて、それで今日はやめることにした。東京の地元のゲームセンターにパワースマッシュ2があって、特にやる人もいなかったからか、私のスコアがそのゲーム機の1位になったことがあった。アーケードゲームでハイスコアを出すと、名前を入力できて、それがデモ画面に表示されるようになっているものが多いのだが、私はそこに「NAO」と入れて、その日、そのゲーム機には、私が帰った後もきっとしばらくは「NAO」という文字が画面に映し出されていたはず。そのゲームセンターは今はもうなくて、そのビルはチェーンのビジネスホテルになっている。
