第4回 桃山風呂と国民温泉へ行ってきたよの巻

アンガールズ・田中卓志さんの紹介に誘われ「桃山風呂」へ

 基本的に出不精なのだが、時折、旅に出たくなる。今回は紀行文っぽく書いてみよう。


 たまたまTVを観ていたら、二級建築士の資格をお持ちのお笑いコンビ・アンガールズの田中卓志さんが、登録有形文化財に指定された純木造伽藍建築「桃山風呂」を紹介されていた。

 おお、これはすごい、入りたい。

 という訳で、桃山風呂のある、長野県湯田中温泉「よろづや」さんを早速予約したのである。

 ふだん銭湯ばかり入っているが、温泉ももちろん好きだ。

 そもそも銭湯に行かない、あるいは行ったことのない人にとっては、この両者がごっちゃになっていて、私を「温泉が好きな人ですね」と言われることもしばしば。もっとも、温泉銭湯もあるわけだから、ムキになる話ではないが。

アンガールズ・田中卓志さん

 GW明けの平日、上野から北陸新幹線で長野へ。

 長野駅から湯田中駅までは、長野電鉄の「A特急 ゆけむり」という展望列車に乗れば直通で楽に行けるらしい。座席指定でちょうど先頭一号車の展望席がネットで取れた。300円分余計に払ってもいいだろう。


 長野電鉄の長野駅は、地方には珍しく地下駅である。そこに停まっていた赤い列車に見覚えがある。これは箱根に行くとき何度もお世話になった小田急ロマンスカーの10000形でないの! 展望席も3回ほど乗ったことがあるよ。2012年に引退した車両を譲り受けたとのこと。ちなみに別の番線には、これまたよく乗った営団地下鉄日比谷線の旧車両が並んでいて、自分はどこにいるんだろうとパラレルワールドに来たような気にさせてくれる。

 不思議な気持ちとウキウキワクワクした気持ちで先頭の展望車両に向かうと、なんということか、展望席が外国人観光客に占拠されているではないか。

 さてどうしたものか。一応、学生時代に英検2級を取得している。片言の英語で話しかけるも通じない。大学の第二外国語で習ったスペイン語で"Mi asiento(私の席)"などと言ってみるがダメ。

 しょうがない、発車までまだ時間があるので駅員さんを呼びに行く。

 事情を話して制服姿の駅員さんと一緒に行くと、彼ら、何も言わずすぐに立ち退いた。

 最初から分かってたんだろ、お前ら!

気を取り直して、いざ湯田中へ

「A特急 ゆけむり」は、特急とは何?という顔をしてマイペースで田舎の単線を進んだ。

 遠くに見える山、清冽な川、ブドウ畑、時期的になんの種類かわからないが果実畑が広がる。長野だからリンゴだとか、ワッサー、あんずなどもあるのだろう。一時間足らずで終点・湯田中駅に到着。

 駅から徒歩数分の「よろづや」さんは寛政年間に創業という歴史の宿で、入り口、ロビーを見ただけで伝統と格式の高さを感じられた。

 荷物を預け、30分ほど歩いて隣の渋温泉を散策。こちらは15年前にバスで来たことがあった。その時と違うのは外国人観光客の多さで、ここからさらに奥の地獄谷野猿公苑に至ってはほぼ外国人らしい。猿が温泉に入ってるのは確かに珍しいからね。

 宿に戻ってもうすぐ夕飯だ、とまったりしている時に部屋の明かりが消えた。停電か? 昔はちょくちょくあったもんだ。

 こういう時にまずどういう行動をとるかというと、外を見て自分の家だけかどうかを確認する。この時も宿の窓から外を見下ろすと、従業員が出てきて道路を挟んだ向かいの旅館の従業員と話をしている。このあたり一帯が停電のようだ。

 結局、10分ほどで復旧したのだが、落雷の影響で県をまたいだ広範囲の停電だったことがわかった。このハプニングはなんだか子供の頃を思い出すようで個人的には楽しかった。


 さて、お目当ての「桃山風呂」は時間で男女が入れ替わる。

 脱衣場、浴室の木材の量、木組み、圧倒される。さらにそこからつながる庭園露天風呂は広大で、唐破風を備えた堂々とした建築を見上げながらの入湯は、交感神経と副交感神経が上がったり下がったり、えも言われぬ気分にさせてくれた。

 暗い時と明るい時とどっちも楽しみたい、ということで朝も入った。露天風呂のツツジがちょうど見ごろだった。

 お風呂、ロビー、部屋、料理、サービス、どれをとっても申し分のない宿であった。


つげ義春作品にも登場。「国民温泉」さんへ足を延ばす

 せっかくなのでもう一泊、戸倉上山田温泉にも宿をとっていた。それには目的があった。7年ぶりの「戸倉国民温泉」(以下「国民温泉」という。)さんに行くためだ。

 長野県戸倉上山田温泉の中でも泉質の良いと言われる日帰り浴場「国民温泉」さん。この名称、つげ義春氏の漫画「ヨシボーの犯罪」に出て来る温泉と同じで、氏の代表作「ねじ式」同様、実際に見た夢をベースに描かれている。「ヨシボーの犯罪」の元ネタになった夢が、『新版 つげ義春とぼく』 (新潮社、1992年)の「夢日記」昭和48510日の項に書かれている。

〈(前略)民家の裏の山へ行く道には"国民温泉"の道標があり、人に知られていない温泉を新発見したようで嬉しくなる。〉

 本当にあるんだな、と最初に思った。

 国民温泉さんのHPによると、営業は昭和33年からなので、つげ氏の夢よりも15年早い。「広く大衆の皆様にお役に立つ施設を」との願いから、初代社長によって命名された、とある。

 規模こそ小さいがきれいにかわいらしく改装され、源泉かけ流しの湯量も泉質も素晴らしい。湯口(ゆぐち)にはコップが常備され、口に含んでみるとほのかな塩味と硫黄の匂いのためか、ゆでたまごを食べているようで美味い。思わずおかわりだ。4リットルの焼酎ペットボトルで持って帰る人もいる。お湯は常にじゃぼじゃぼと湯船に注ぎ、タイルの床にはいくつかの穴から常に床をきれいに保つためのお湯が噴出している。

 居合わせた常連さんは4名、高齢者だけでなく、若い人も。次々に入れ替わりでやって来る。

 入口通路の天井近くにツバメが子育て中、ひっきりなしに餌を運んでいた。


 7年前に一緒に訪れた銭湯仲間たちに「国民温泉さんに行ったよ」と報告すると、「わー泣いちゃう」とか「56日くらいしたいです」という愛の沸き出る言葉が返ってきた。

 あと何度来られるだろうか。