第8回 としぞーオリジナル文字をつくるの巻
装幀家・平賀甲賀さんのタイトル文字に憧れる
「本の雑誌」の発起人の一人でもあらせられる、椎名誠さんの本をむさぼり読んでいた時期がある。キャンプブームや焚火ブームにどっぷりとハマって、実際に仲間を募ってあちこちのキャンプ場に出没していた。銭湯ブームに浸かるもっと前の話。
「BE-PAL」(小学館)というアウトドア雑誌の創刊号(1981)が手元にある。怪しい探検隊の隊長として登場する椎名誠さんの肩書は、スーパーエッセイストとなっている。椎名さんの著された怪しい探検隊シリーズは、若く世間知らずで好奇心に満ちた私の心をつかんだ。
椎名誠さんの文体や文章そのものはもちろん、表紙の絵や文字にも惹かれていった。それが装幀家の平野甲賀さんによるタイトル文字だということが分かってから、氏の装幀本を「表紙買い」するようになった。沢木耕太郎さんの『深夜特急1~6』(新潮文庫)などは最たるもので、氏の装幀というだけで、読まなくても面白いことが分かってしまう。
その後、銭湯ブームが私に押し寄せると、平野甲賀さんのことは忘れかけていたのだが、後日思いがけないところで氏の文字に巡り合うことになる。
大阪のある銭湯を関西の銭湯ファンが引き継いだ、という話を聞きつけ、すぐに駆け付けた。
此花区の「千鳥温泉」さんがその銭湯で、銭湯ファンで会社員だった桂秀明さんは、銭湯巡りツアーの最中に「千鳥温泉が閉まりそうだ」という噂を聞きつけ、ご自身が引き継ごうと決心されたそうで、奥様も反対されなかったどころか、背中を押してくれたというのが素晴らしいなと感心する。
桂さんは私と同じく自転車が好きで、「千鳥温泉(自転車湯)」と称したり、高価な自転車を店内で預かるための専用スタンドまで置かれている。
また、アイデアマンで、鏡広告を一般募集して、定期的に新しいものに入れ替えることを最初に始めたのは彼だったと思う。「恋人募集」やら個人のブログやら近所のお店やら。鏡は新しくなり、浴室は楽しくなり、Win-Winとはまさにこれのことかも。ちなみに鏡広告の字書き職人、松井頼男さんによる本格的な書体がこれまたいい味を出している。既存のフォントでは出せない。ここにも桂さんのこだわりを感じる。
2019年に、尼崎市の二軒の銭湯と千鳥温泉さんがコラボした「阪神沿線あまから湯めぐり」(以下「あまゆめ」)というスタンプラリーが開催された際に、どういう訳か、
『あまゆめ緊急企画 銭湯ハンコ作家十四三さんと語ろう! 関東の銭湯のここだけの話 in千鳥温泉ロビー』
などという気恥ずかしい企画が決まってしまい、そんな大層な話はできませんが、それより有名人でもないのに人が集まりますかねぇ、と言ってたら十数名の物好きな方が来てくださり感激した。
そして、久しぶりに来た千鳥温泉さん、玄関の暖簾に見慣れた書体が。
「千鳥温泉 ゆ」
おお、これはまさしく平野甲賀さんのオシゴトではないか!
さすが桂さん。銭湯好き、自転車好き、平野甲賀好き、気が合うなあ。
2021年に逝去された平野甲賀さんの書体を暖簾に使われた銭湯は、千鳥温泉さんがおそらく最初で最後だろう。

馴染みのお風呂屋さんの文字ロゴをつくってみた
これまでに300軒近くの銭湯のハンコを作ってきたが、ほぼ既存のフォントを使用している。絵を考えるだけで手いっぱいで、文字まで一から作るとなるととてもじゃないが時間が足りないし、割が合わない。だが、文字を作るという憧れはずっと持ち続けている。
見よう見まねでチャレンジしたこともある。
ここで、仕事とは思わないで文字を考えてみようかと、馴染みのお風呂屋さんの名前を題材にいくつか作った文字ロゴをご紹介していこう。
記憶にある最初のオリジナル文字は、平田(へいでん)温泉さん(名古屋市)だ。
まだハンコを仕事とする前の頃。特徴的なネオン看板に猫と鳥を入れ、文字を考えたのだが、実際に消しゴムを手彫りする技術が拙く、自然なガタツキ具合が味になったかな、と思う。これを平田温泉のご主人夫妻に提示したところ、購入したいとのことで、記念すべきオリジナルロゴ第一号となり、のちにこの文字を清書して、Tシャツを制作。


次は、湯処あべの橋さん(大阪市)。この時は勝手に文字を作ってTシャツを一枚作ってサプライズ訪問。
正方形から文字を切り出す、という手法で考えてみたところ、ワンシーズンのみTシャツを承った。

その次は、むらさき湯さん(京都市)。
円形を使ってすべてをデザインできないかとチャレンジ、またも勝手にTシャツにして送り付けサプライズ。
「むらさき」という文字がこんなに楽しかったのか、と女将さんから感謝のお言葉。なんとデザインを購入したいということで、現在は多くのグッズやSNSのタイトルなどにお使いいただいている。私史上最大のヒット作となった。

最後は今年の話だが、いつもお世話になっているご近所のタカラ湯さん(東京都足立区)にロゴを頼まれた。これからグッズに力を入れようという流れで、むらさき湯さんのロゴを見たご主人から依頼があったのだ。
むらさき湯さん同様、円形から文字を作り出した。カタカナはいいが、漢字の「湯」は苦労したが、タコみたいで可愛くなった。これはすぐに採用され、先月(9月19日)Tシャツとなって発売。バックプリントの庭園の絵も相まって、売行きは好調だと聞く。

私が頭の中に描いている文字の最終到達点は、大正モダニズム時代のアナログ文字。
いまだに紙に手描きし、それをPCに取り込み、マウスでちまちまと調整、というほぼアナログ夜なべ作業なので、ある意味近いのかも。
いずれは「銭湯界の平野甲賀」として暖簾の注文が殺到するかもしれない。・・な訳ないか。
文字は楽しいね。
