【今週はこれを読め! SF編】ル・グィン「オメラス」への返歌〜『ナイトランド・クォータリー vol.41「言×音×革命 幻詠のガルドル(galdr)」』

文=牧眞司

  • ナイトランド・クォータリーvol.41 言×音×革命 幻詠のガルドル(galdr)
  • 『ナイトランド・クォータリーvol.41 言×音×革命 幻詠のガルドル(galdr)』
    イアン・ワトスン,マンリー・ウェイド・ウェルマン,アラン・バクスター,マイクル・ムアコック,アトリエサード
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『ナイトランド・クォータリー』は誌面構成こそ雑誌だが、出版流通上は書籍でISBNがついており、バックナンバーを並べて販売している書店もある。毎号、ユニークなテーマを掲げていて、そこに惹かれる固定ファンも多そうだ。こんかいは「言×音×革命 幻詠のガルドル(galdr)」。寡聞にして「ガルドル」という言葉は知らなかったが、調べてみると古代ゲルマンの呪歌の由。このテーマを取りあげた意図について、編集長の岡和田晃氏は編集後記で「音楽と文学が交錯するとき、革新や変革への希求が生まれる。そこから生まれる幻想に着目しました」と端的に述べている。

 掲載作品で最大の話題作は、なんといってもイザベル・J・キム「オメラスの穴蔵にいる子どもを殺せばいいのでは」だ。タイトルからわかるとおり、アーシュラ・K・ル・グィンの歴史的有名作「オメラスから歩み去る人々」を前提に、新しく思索を広げた鮮烈なディストピア寓話だ。

 ル・グィン作品では、たったひとりの子どもの虐待的境涯と引き換えに、その都市(オメラス)に暮らす全員の輝かしい幸福が実現している。オメラスに生まれた者は青年期にさしかかるころ、穴蔵に監禁されている不幸な子どもの姿を見せられ、衝撃とともにこの社会のシステムを理解する。いわばイニシエーションであり、その残酷さに馴化しながらオメラスの市民になるのだ。しかし、少数ながらオメラスに背を向け、出ていく者もいる。トロッコ問題と並んで、倫理の議論の場でしばしば取りあげられる作品である。

 イザベル・J・キム作品では、オメラスを成立させている欺瞞に対し、この都市から出ていくのではなく、ラディカルな暴力に訴える一派があらわれる。彼らは穴蔵の子どもを殺害してしまったのだ。とたんにオメラスの平穏は瓦解する。オメラスの有力者たちは、あわてて代替の子どもを調達し、また穴蔵に閉じこめるが......。

 ル・グィンの「オメラス」は、その問いの立て方において、また小説のたたずまいとして神話的な完成度に達していた。イザベル・J・キムはその神話の底を穿って、私たちが生きる現実(いまのこの世界)へ導管を引いてしまう。そんな生々しい、ある意味、身も蓋もない物語である。2024年にウェブジンに発表され、ネビュラ賞、ローカス賞、英国SF協会賞を受賞した。

 この号にはもうひとつ、ル・グィン「オメラス」を前提とした作品を掲載。大岡淳「オメラスから歩み去った少年」では、オメラスを離れた人たちが、外の世界でいくつかのコミュニティを形成している。最近、オメラスを出たばかりの主人公が、それらコミュニティを歴訪し、それぞれの社会規範や慣習にふれていく筋立てだ。いずれもユートピアではなく、そのありさまがオメラスとの対照として描かれる。

 そのほか、この号には、かつてニューウェイヴ、ポスト・ニューウェイヴを熟読したファンには嬉しい、珍しい作品がいくつか掲載されている。トマス・M・ディッシュ「奴隷たち」は、抑えたトーンの爽やかな青春小説。マイクル・ムアコック「〈愛獣〉」は、ハーラン・エリスン「世界の中心で愛を叫んだけもの」の先駆とも言える異色作。イアン・ワトスン「溝の底にて」は、バカバカしいアイデア(小松左京なら小味のきいたショートショートに仕上げるような)を、この作者ならではの装飾的な世界に落としこんだ作品。

 ストレートに音楽を題材にした作品では、アラン・バクスター「十字路のブルーズと回転木馬のワルツ」が面白い。十字路で悪魔に魂を売って神がかりの演奏テクニックを手に入れたと噂されるロバート・ジョンソンの逸話を下敷きに、下積みのギター青年の姿を描く。雰囲気が良く出ている。

 マンリー・ウェイド・ウェルマン「この骨は生き返ることができるのか?銀のギターのジョンの物語」は、オカルト探偵ならぬ、オカルト・ギタリストを主人公とした連作の一篇。石神茉莉「〈サイクル・マージナル〉 Nicht diese Töne!」は、その音を聴いた者のうちに「魔」が棲みついてしまうトランペット奏者の物語。

 例によってコラムも充実。口琴、オペラ、Pファンク、70年代ロック、映画の音響など、バラエティ豊かだ。

 そして本号の目玉のひとつが、イアン・ワトスンへの録り下ろしインタビュー「SF・ファンタジー・ホラーを股にかけるベテラン作家の探究と冒険」(聞き手・岡和田晃)。自作におけるユーモアについて訊かれたワトスンが、「アイロニーは知的なものですが、ユーモアとは身体的なものです」と答えている。

(牧眞司)

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