【今週はこれを読め! SF編】壮年期の先にあるのは、衰微か円熟か〜林譲治『地球壮年期の終わり』

文=牧眞司

  • 地球壮年期の終わり
  • 『地球壮年期の終わり』
    林 譲治
    早川書房
    2,530円(税込)
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 これまでの作品で、いくつもの特異な異星文明を創造し、さまざまなかたちでのファーストコンタクトを描いてきた林譲治。本作品では、また新しいアプローチをおこなっている。『地球壮年期の終わり』という題名は、アーサー・C・クラークの畢生の名作『地球幼年期の終わり』にちなむことは明らかだ。クラーク作品では、科学力や社会的成熟性において圧倒的に上位の異星種族との接触によって、人類はいやおうなく新たなステージへと進む。それを進化と呼んでいいかは、読む人の生命観や哲学にかかっている。

『地球壮年期の終わり』でも、クラーク作品とはまったく違ったかたちではあるが、人類はそれまでの人類ではいられなくなる。

 物語が幕を開けるのは2034年10月。エジプトで人道支援のための輸送任務をおこなっていた紅谷祐介(べにやゆうすけ)----自衛隊から仕事を受けてはいるが民間人----は、砂漠でトラックを運転中に襲撃を受け、たったひとりで寒暖差の激しい地平を徒歩で逃げるはめになる。疲弊した彼が出逢ったのは、防護服をまとった身長三メートルの宇宙人だった。その宇宙人は携えていた翻訳機を介して祐介と会話し、みずからをカスケリスと名乗った。

 カスケリスの助けによって苦境を脱した祐介は、ともに町へと向かう道すがら、自分たちの置かれている状況や、地球と異星文明との違いについて散発的に話をする。カスケリスの仲間はほかにも地球に来ており、それぞれ単独行動で調査をおこなっているそうだ。祐介がなにげなく発した言葉によって、カスケリスは自分たちの種族を「スカベンジャー」と名乗ることになる。

 カスケリスと祐介とのやりとりは友達どうしのような調子だが、文化的ギャップのせいで噛みあわないことも多い。ちょっとコミカルところは、SFならではのくすぐりだ。

 祐介が「スカベンジャーは何のために地球を調査しているんだ?」と訊ねると、カスケリスは明るく答える。「そうだなぁ、侵略かな、たぶん」

 かくして前代未聞の地球侵略がはじまった。ただし、H・G・ウエルズ『宇宙戦争』が描いたような侵略ではない。「侵略」の本質的意味を問うような、そういう展開を林譲治は用意している。

 さて、祐介とカスケリスの道中記に平行して、ふたつのストーリーが進む。

 ひとつは、地中海で難民の救助活動をおこなっていた病院船ガラテアの物語である。ガラテアの目の前に三角形の飛来物があらわれ、漁船に乗っていた難民を突風で吸いあげると、そのまま急上昇して飛び去った。この不思議な出来事とは別に、ガラテアを監視している潜水艦がいるらしい。難民をめぐる国際情勢は緊張を増しているのだ。

 もうひとつのストーリーは、青沼玲香の逃避行だ。彼女は資金洗浄組織に所属していたが、二七億三〇〇〇万円を着服して出奔した。足柄の山道で組織に捕まり、あわや風前の灯火となったところを、忽然とあらわれたスカベンジャー(自分でサタミホリスと名乗った)に救われる。どこにも行き場がない玲香は、宇宙船が迎えに来るというサタミホリスとの同行を決意する。

 玲香とサタミホリスのやりとりもトボケている。こんな具合だ。

「それで、宇宙船はどこへ迎えに来るの?」
「東京の新宿駅前です。状況にもよりますが、いまのところ東口待ち合わせです」
「マジで?」
 こいつは本当に宇宙人なのか? どこの世界に新宿駅東口で待ち合わせする宇宙人がいるというのか?

 エジプト、地中海、足柄......別々に進行していた三つのストーリーが、徐々に綯いあわさって、最終的には砂漠の秘密都市で合流する。この秘密都市はスカベンジャーとまったく無関係ではないが、宇宙由来のものではなく、人類の波瀾に満ちた現代史のなかで成立したコミュニティである。この設定にも、林譲治ならではのアイデアが凝らされている。

 メインプロットはファーストコンタクトもしくは侵略SFだが、作品のテーマに深くかかわるところで、生々しい背景(現代社会の延長としての)が描きこまれているのが見逃せない。たとえば、難民問題、排外主義、差別構造、フェイク情報の蔓延、公的記録の破棄、科学や歴史学への憎悪などだ。アメリカはすでに民主主義国家ではなくなっており、日本もキナ臭さを増している。

 そうしたおぞましいことも視野に含め、この作品では文明論的な提起がされる。林譲治、渾身の作品。

(牧眞司)

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