【今週はこれを読め! SF編】SFミステリにして繊細な青春群像劇〜北清夢『漂泊の星舟』

文=牧眞司

  • 漂泊の星舟 (ハヤカワ文庫SF)
  • 『漂泊の星舟 (ハヤカワ文庫SF)』
    北清 夢,金子 浩
    早川書房
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 北清夢(きたせいゆめ)は、日本とアメリカにルーツを持ち、ニューヨークと東京で育った。現在はニューヨーク在住。2015年ごろから短篇を発表しはじめ、2023年刊の本書がはじめての長篇となる。

 物語の舞台となるのは、人類初の恒星間有人宇宙船〈フェニックス〉。乗組員八十名は、すべて妊娠可能な女性である(トランス男性を含む)。最終ミッションは惑星Xへの入植だ。地球から出発後、最初の十年を人工冬眠ですごし、途中の十年は目覚めて活動、このあいだに人工授精により出産、子育てをおこない、のちの十年はまた人工冬眠に入って目的地に到着----という計画だった。ところが、第一の人工冬眠から覚醒して数カ月、複数人がすでに妊娠した段階(早い者はそろそろ産み月にさしかかっている)で、思わぬアクシデントが発生する。

 船体側面に影のようなものが確認されたのだ。カメラ映像では特定できないため、ふたりのクルーが船外に出て確認をおこなうことになる。現場に到着----という瞬間に、爆発が起こった。爆心にいたひとりが死亡、その後にいたもうひとりも怪我を負った。この怪我を負ったほうが、物語の主人公アスカ・ホシノ=シルバである。〈フェニックス〉の乗員はそれぞれ専門の職種についているが、アスカだけは専門を持たない代替要員(必要に応じて穴埋めをおこなう)で、複数の技能を少しずつ習得している。

 また、爆発により船体が破損し、内部近傍にいたふたりも死亡した。船長のベッキーと通信担当のウィニーである。船長の死により、第一副船長だったイン・ユエが船長に繰りあがるが、それがクルーのあいだに動揺を呼ぶ。じつは〈フェニックス〉プロジェクトは国際的な共同出資でおこなわれており、メンバー八十名の選定についても各国の出資額に応じたバランスが反映されていたのだ。死んだ船長のベッキーはアメリカ代表であり、イン・ユエは中国代表である。〈フェニックス〉内部にあからさまな対立はないものの、地球の緊張関係は影を落としており、感情的なわだかまりを抱えた者、疑心暗鬼に駆られてしまう者もいる。ちなみにアスカは日本代表だが、父がアメリカ人、母が日本人、育ったのがアメリカで日本語はあまり得意ではないという事情があって、アイデンティティに揺らぎがある。

 この作品のテクノロジー、つまり恒星間航行、人工冬眠、高度AI、デジタル拡張現実などは未来のものだが、政治面や社会面においては現代の問題がそのまま持ちこされている。アメリカと中国というふたつの大国の睨みあいを軸とした国際緊張、人種差別、移民問題、格差拡大、テロリズム、暴力、気候変動、資源不足、ネットリンチ......。〈フェニックス〉のクルーは、量子通信機による超光速通信で地球の管制センターの助言をあおぐことができるが、その管制センターもアメリカ勢が他国を排除するなどバイアスがかかっていて、まったくあてにならない。

 怪我の治療を終えたアスカは、代替要員ならではの特別な任務----通常の船内活動では予定になかった仕事----を、新しく船長になったイン・ユエから命じられる。爆発は殺人事件であり妨害工作でもあり、その調査が必要だ。アスカにとって自分をのぞいた七十九人の仲間(すでに七十六人に減っているが)は、疑いはじめれば、誰ひとり信用できない。宇宙船という外界から隔絶された場所での謎解き。まさにミステリーの味わいだ。

 そのいっぽう、〈フェニックス〉は、爆発で逸れた進路を限られたリソースでいかに修正するかという喫緊の課題にも直面している。二日のうちに解決しなければ、惑星Xへ向かう窓は閉ざされ、船は虚空をさまようことになる。こちらは、王道の宇宙SFの展開である。

 そして、本書のもうひとつの読みどころは、利害と感情がいくえにももつれる人間ドラマだ。〈フェニックス〉プロジェクトは、各国単位での乗組員候補生の選抜(全世界で八百名)、アメリカにキャンパスを置くアカデミーでの厳しい訓練、脱落と試験を乗り越えての最終八十名の決定という、出発前の段階があった。そうした過去の経緯が、アスカ視点のカットバックで挿入される。アカデミー入学の時点では全員が十二歳。それから〈フェニックス〉発射までの十年間、彼女たちは友情と競争の学園生活を送った。そのまま連続ドラマになりそうな青春群像劇である。

 宇宙をめざす意欲は人一倍だが、自信を持てずにいるアスカ。アスカの親友にして、辛辣で行動的なイスラエル代表のルース。思慮深く物静かな中国代表のイン・ユエ。独立心と自尊心が強く、ワイルドカード枠で八十人のひとりに選ばれたロボット工学の天才ララ。フィリピン代表だが、日本人の血も引いている優しいガブリエラ。ずけずけと物を言うフランス代表のAM。すべて完璧にこなすが、特権階級的な気質が透けてみえるアメリカ代表のベッキー。そのほかにも個性的なキャラクターが登場する。

 アカデミー時代に形成された人間模様が〈フェニックス〉へと引きつがれ、爆発事件およびその後のできごとを背景として、大きく変化していく。心の機微と犯人探しのサスペンスとが呼応し、独特なハーモニーを奏でる。

(牧眞司)

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