【今週はこれを読め! SF編】記録も記憶も消去するアンノウンと、いかにして戦うか?〜qntm『反ミーム部門は存在しない』

文=牧眞司

  • 反ミーム部門は存在しない (ハヤカワ文庫SF)
  • 『反ミーム部門は存在しない (ハヤカワ文庫SF)』
    qntm,鳴庭 真人
    早川書房
    1,760円(税込)
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 qntmというのは変わったペンネームだが、もともとはIT業界で活躍していたひとで、小説もウェブに発表してから個人出版で書籍化するやりかたを取ってきたという。qntmはクォンタムと読み、本名はサム・ヒューズ。1984年生まれのイギリス人である。

 本書『反ミーム部門は存在しない』は、もともとは共同創作プロジェクト「SCP財団」でのウェブ連載としてはじまり、個人出版版の単行本を経て、2025年には商業出版(アメリカではバランタイン・ブックス、イギリスではデル・レイ・ブックスから同時発売)された。商業出版ヴァージョンはテキストに大幅な改訂・増補がほどこされており、このとき、物語の舞台がアメリカからイギリスに変更された。邦訳はこちらに拠っている。

 話が前後するが、「SCP財団」というのは、本書の訳者である鳴庭真人氏によれば「超常的な存在を回収・秘匿しているSCP財団と呼ばれる組織を題材にした英語圏発のシェアードワールド創作プロジェクト」とのことだ。ただし、本書の商業出版ヴァージョンでは、SCP財団関連の記述は削られ、オリジナルの設定となっている。

 設定の土台となっているのは、オカルティックな世界観。つまり、世界には既知の科学では扱うことができない、理性に背く無数のアンノウンが存在するというものだ。アンノウンと対峙するために〈機関〉は設立された。

 アンノウンの種類として、まず、怪物や超能力者、呪われた本といった物理的脅威がある。また、人間の頭に入りこみ、人から人へと広まっていくウイルスのごとき概念、つまりミーム的脅威がある。

 そして最後に、これが厄介なのだが、自身に関する情報を食い尽くす反ミーム的脅威もある。反ミームは、たとえ観測できても、観測者がそれを覚えていられない。記録しても、その記録が意味をなさないものになってしまう。こうした反ミーム属性を備えたアンノウンに対処するための専門チームとして、〈機関〉内に反ミーム部門が立ちあげられた。この物語の主人公マリー・クインは、反ミーム部門の部門長である。

 しかし、反ミーム属性のアンノウンは至るところに入りこんでいるため、〈機関〉内にもしばしば混乱が生じる。たとえば、つい六か月前に反ミーム部門に加わったドクター・モーガンは、支局の裏の森に太陽を覆い隠すほどの巨岩があることに、突然気づく。これまで一度も見たことがなかったのに、いまはそこに歴然としてある。しかし、上司のマリー・クインは、岩はずっとそこにあったと言う。巨岩は、反ミーム属性のアンノウンのひとつなのだ。この程度のアンノウンならば、記憶固着薬の定期服用で対応可能だ。

 しかし、強力な反ミーム属性を発揮するアンノウンの場合は、〈機関〉内に反ミーム部門があるという記録や記憶さえも消去しうる。そうなると、反ミーム部門のメンバーも、自分がなぜそこにいるかがわからない。そもそも、そうしたアンノウンが存在する事実すら消されてしまう。かろうじてできるとしたら、消去によって生じた矛盾や空白を手がかりに、推測を重ねるくらいだ。反ミームとの戦いは、不条理にわが身をさらす試練である。

 はたして、この現実は本物だろうか? 物語のあらゆる局面で、それが問われつづけていく。フィリップ・K・ディックを彷彿とさせるサスペンスホラーだ。

 ディック作品がそうであったように、全篇に緊張感がみなぎるなか、ふと息が抜けるネタも仕掛けられている。〈機関〉が把握している反ミーム属性のアンノウンは多種多様だが、そのなかのU−2200という比較的無害なものは、人間の記憶から自転車の乗り方だけを喰らう。U−2200の物理実体は五千年以上前に削り出された岩石なのだが、そのときから自転車が発明される十九世紀まで、いったい何をやっていたのだろう?

(牧眞司)

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