【今週はこれを読め! SF編】魔都カイロで起こった三つの怪事件〜P・ジェリ・クラーク『カイロの死せる精霊(ジン)』

文=牧眞司

  • カイロの死せる精霊: 精霊を統べる者 (創元海外SF叢書)
  • 『カイロの死せる精霊: 精霊を統べる者 (創元海外SF叢書)』
    P・ジェリ・クラーク,鍛治 靖子
    東京創元社
    2,640円(税込)
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 P・ジェリ・クラークは1971年生まれ。生誕地はニューヨークだが、すぐに両親の故郷トリニダード・トバゴへ移住。8歳でアメリカに戻ったのちは、スタテンアイランドとブルックリンを経て、12歳からはヒューストンで暮らした。テキサス州立大学サンマルコス校で学士号と修士号を、ニューヨーク州立大学ストーニー・ブルック校で博士号を取得。現在はコネチカット大学で歴史学の助教授を務めている。

 アカデミシャンとしては本名のデクスター・ガブリエルとして活躍、いっぽう2011年より創作の発表をはじめ、P・ジェリ・クラークのペンネームを用いるようになる。

 2016年に中篇「カイロの死せる精霊(ジン)」を発表。これによって、改変歴史上の絢爛たるエジプトを舞台とするファンタジイ連作----《錬金術省》シリーズと呼ばれる----が幕を開ける。

 日本では、同シリーズに属する長篇『精霊を統べる者』が2024年に翻訳されるや、高い評価を獲得。『SFが読みたい!2025年版』のアンケート投票で海外篇第1位に選ばれた。

『精霊を統べる者』は原書刊行が2021年だが、それに先行して《錬金術省》シリーズの短中篇が発表されていた。前述の「カイロの死せる精霊(ジン)」(2016)、「ハーン・アル=ハリーリの天使」(2017)、「空中ケーブル〇一五号憑依事件」(2019)である。この三作品を一冊にまとめたのが、本書『カイロの死せる精霊(ジン)』だ。

 まず、《錬金術省》シリーズの基本設定を押さえておこう。1872年ごろ、スーダンの高名な神秘主義者にして発明家のアル=ジャーヒズは、精霊の棲む異世界に通じる穴を開けることに成功した。ほどなく、彼はそれに用いた装置ともども姿を消してしまう。あとに残ったのは、穴に由来する魔法と超自然によって一変した世界だ。穴を通ってこちらへやってきたジン、天使、屍食鬼など異形の存在は、人類に畏怖と危険をもたらしながら、豊穣な驚異も与えてくれた。ひそかにジンと協約を交わしたエジプトは、たちまち世界列強のひとつにのしあがった。

 それから40年、1912年のカイロは、エジプトの心臓として脈打っている。魔術と科学が融合し、迷信が蔓延り都市伝説が囁かれ、途方もない犯罪が起こり、資本主義の繁栄と汚濁が渦巻く巷だ。読者の目の前にひろがるのは、エキゾチックなスチームパンクの光景。それこそが、《錬金術省》シリーズの主役である。

 収録作品を順に紹介していこう。

「カイロの死せる精霊(ジン)」は、エジプト錬金術・魔術・超自然的存在省の特別調査官ファトマが主人公だ。『精霊を統べる者』をお読みの読者ならご存知だろう。英国風スーツに身を包み、ステッキを持った出で立ち、古風な表現をするなら「男装の麗人」として人々の目を引く。こんかい、彼女が挑むのは、失血死したジンの謎である。

 ジンは長椅子に横たわった格好で血抜きされており、長椅子を囲むようにして四つの象形文字が描かれていた。サイドテーブルには錬金術の本があり、銀色の細長い金属の羽根がはさんである。これは天使のものだ。手がかりを求めてファトマが訪れた先にも、死体が見つかる。天使がその金属の身体を引き裂かれていたのだ。そこにも四つの象形文字があった。

 ジンも天使も普通ならこんな死に方(あるいは殺され方)をするはずはない。何かとんでもないことが起きているのではないか。その悪い予感に沿うように、ファトマは時空をひっくりかえすほどの悪魔じみた計画に行きあたってしまう。

 アイデアだけに着目すればエドモンド・ハミルトンなみの超科学的スペクタクル。それをP・ジェリ・クラークは、洗練されたストーリーに仕立てている。

「ハーン・アル=ハリーリの天使」は、奇跡を求める少女アリアの物語。アリアは縫製工場で働く十五歳で、死にかけている姉アイシャをどうしても助けたい。意を決したアリアは、天使に頼ろうと出かける。天使はこの世界にあらわれた超自然のなかでも、もっとも謎に包まれた存在だ。本体は空気のようであり、壮大な機械の身体に宿って暮らしている。姉の助命を請うアリアに対し、天使はそれには代価が必要だと告げる。魂の奥底に潜む真実を話すこと。それは秘密以上のものだ。寓話風の味わいの一篇。

「空中ケーブル〇一五号憑依事件」は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の最終候補になった中篇。「カイロの死せる精霊(ジン)」と同じくミステリ仕立てで、エジプト錬金術・魔術・超自然的存在省のエージェントふたりが、幽霊列車の謎に挑む。エージェントのうちひとりは草臥れ気味の中堅ハメド、もうひとりは元気溌剌で無邪気な新人オンシ。なんでも直球のオンシに対し、シニカルなため息をもらすハメドという、楽しいとりあわせのバディ小説である。ちなみにハメドは、われらがヒロインのファトマとアカデミーで同級で、物語の最後にファトマがゲスト出演する趣向も用意されている。

 さて、問題の幽霊列車だが、これはカイロ市内を走る空中ケーブルで、ロンドン発祥のシステムが用いられている。新しいテクノロジーとそれに憑依する超自然的存在というのは、怪奇小説の定石のひとつだ。前々からケーブル〇一五号に幽霊が出るという報告はあった。そのうち自然消滅するとタカをくくっていたところ、ついに乗車中の御婦人の服がずたずたに引き裂かれる事件が発生して大騒ぎになったのだ。ただ、憑依しているのがいかなる存在なのかはわからない。その究明も事件解決への道筋のひとつなのだが、なかなか一筋縄ではいかない。

 ハメド&オンシにとって頭が痛いことが、もうひとつ。憑きものを落とすには通常、それなりの費用が必要となる。彼らにはとても決済できる額ではない。となると、別の手段を考えなければならない。

 物語の背景として女性参政権を求める運動がいきいきと描かれるのが、大きな注目点。主人公ふたりの捜査もタイミングよく女性キャラクターたちがかかわってくるし、憑依事件の謎にも思わぬかたちで女性性が絡んでいる。1912年の改変歴史エジプトを舞台としながら、立ちあがるテーマはすぐれて現代的だ。

(牧眞司)

  • 精霊を統べる者 上 (創元SF文庫)
  • 『精霊を統べる者 上 (創元SF文庫)』
    P・ジェリ・クラーク,鍛治 靖子
    東京創元社
    1,430円(税込)
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  • 精霊を統べる者 下 (創元SF文庫)
  • 『精霊を統べる者 下 (創元SF文庫)』
    P・ジェリ・クラーク,鍛治 靖子
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