【今週はこれを読め! SF編】整時士の父、高次生命体と絡まった息子〜王城夕紀『バイ・タイム 整時士佐藤スバルの哀切』
文=牧眞司
二年前、人類は地球外生命体とファーストコンタクトを果たした。といっても、古典的なSFで描かれてきたようなやりかたではなく、互いにとって衝突と表現したほうがいい、不測の災難だった。相手方----OTと呼ばれることになる----は、人類のレベルを遙かに凌駕した高次存在(時間さえ超越している)。人類にもたらされた混乱は、〈渦〉と呼ばれる不可解な現象がしばしば発生するようになったことだ。〈渦〉は、ひとことで言えば"時が歪む"のだが、どういうあらわれかたをするかは、そのときどきで異なる。
まったく異質な存在とのコンタクト、それによる時間のありかたの変化。この設定で思いだされるのは、テッド・チャンの中篇「あなたの人生の物語」だ。ただし、言語と時間意識の転換を超絶的技巧で描いた同作品とは異なり、『バイ・タイム』は非常にマイルドでわかりやすい物語である。三つのエピソードと全体を締めくくる短かいエピローグで構成されていて、各エピソードの中核となるアイデアと、それを読者に差しだす語り方は、藤子不二雄の奇想SF漫画のようなわかりやすさだ。
尖鋭的な「あなたの人生の物語」と、オーソドックスな『バイ・タイム』。小説のたたずまいは正反対といってもよいが、重要な共通点がある。どちらも親子の物語なのだ。
『バイ・タイム』の主人公、佐藤スバルは人口八十万人の小宇辺市に住む四十歳過ぎの男性だ。OTとの衝突で妻を失い、以来、ひとりで息子のハルキ(幼稚園児)を育てている。ハルキはOTと絡まった状態にあり、スバルが呼びかけるとハルキの口を借りてOTが返事をする。OTは適切なアドバイスをくれることも多いが万能ではない。だいいち、大事な息子をそんな状態のまま成長させたくないとスバルは思っている。
スバルは衝突後、勤めていた会社を辞めて整時士になった。整時士とは、〈渦〉が発生した際、現場に赴いて事態の解決を図る専門家である。彼には〈渦〉を見極める嗅覚がある----そう賞するのは、〈渦〉対策を担う外港機関の加賀美マチアだ。それほどに評価されていても、整時士だけでは生計は立てられず、スバルはアルバイトにも出ている。このあたりの生活感が、この物語に独特の味わいを与えている。
スバルが整時士として仕事をするうえで、ハルキと絡まったOTの存在は大きな手助けとなる。そのいっぽう、スバルが整時士をつづけているのは、ハルキとOTの絡まりを解消する方法を見つけるためだ。このねじれた関係も、この作品の読みどころだ。
最初のエピソード「ロンゲスト・スプリング」では、〈渦〉によって、ひとつの町の住民全員(三百人)がまるまる消失してしまう。加賀美の仮説では、町全体がどこかの時点で壁にぶつかったように時間停止し、それ以降の未来に進めなくなったため、外側からは消失したように見える----のだという。スバルは危険を承知で、〈渦〉のなかに----住民が消失した町へ----ハルキとともに足を踏みいれる。
第二のエピソード「フォーゲッタブル・レインギア」では、池町ソウタという少年(小学六年生)の時間が加速してしまう。呼吸も、意識も、新陳代謝も、すべて早回しなのだ。相手が小学生だけにデリケートな事情が絡み、原因を究明してそれをとりのぞけばすむという問題ではない。
第三のエピソード「ノッキン・オン・サマーズ・ドア」は、時間が静止した若い女性リンカの物語だ。〈渦〉の外にいる他人から見れば、彼女は自室のベッドにずっと腰掛けている。しかし〈渦〉のなかのリンカは、誰もいない町を彷徨しているのだ。この状態のまま、たんに〈渦〉を解消した場合、リンカ自身も一緒に消えてしまう恐れがある。誰かが静止時間に入りこみ、リンカを連れ戻さなければならない。
どのエピソードにも共通するのは、〈渦〉の発生が、誰かの潜在意識に関係していることだ。当然、整時士としてのスバルの仕事は、その誰かを突きとめ、カウンセリング的な方法、あるいは人間関係の構築によって、わだかまりを解くことになる。このあたりの展開は、《涼宮ハルヒ》や《青春ブタ野郎》などの名作ライトノベルを彷彿とさせる。ただし『バイ・タイム』は、エピソードごとの起伏はともかくとして、最終的には四十男のスバルと幼稚園児のハルキが軸となる。だいぶしみじみとした雰囲気だ。
(牧眞司)



