【今週はこれを読め! SF編】〈選択〉という名の鳥たち〜サマンサ・ソット・ヤンバオ『鳥かごに集めた想い』

文=牧眞司

  • 鳥かごに集めた想い
  • 『鳥かごに集めた想い』
    サマンサ・ソット・ヤンバオ,金井 真弓
    早川書房
    4,180円(税込)
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 サマンサ・ソット・ヤンバオはフィリピンの作家で、2010年代から作品発表をつづけている。現在まで六冊のファンタジー長篇があり、本書『鳥かごに集めた想い』は五冊目にあたる。

 物語がはじまるのは、浅草の路地裏にある質屋だ。この店は異界との境界にあり、人生に迷いがある者だけが訪れることができる。ただし、意識的にこの店へ行くのではなく、評判のいいラーメン屋に入ったつもりが、気づくとこの店に来ているという具合だ。客は、店主のイシカワ・トシオから「あなたの〈選択〉を質に入れれば、心の平和を得られます」と告げられ、自分が迷っていたことを知る。もちろん、質入れは強制ではない。しかし、たいていの客は〈選択〉を預けて、元の世界へ帰っていく。

 質に入れられた〈選択〉は鳥となり、鳥かごに入れられて店の保管室に収められる。その週の終わりまでに返却の要求がなければ、鳥は質屋のものだ。保管室は必要に応じて広さが変わるので、原理的にはいくらでも鳥を入れることができる。しかし、そうはならない。新月のたびに気味の悪い〈飼育員(シイクイン)〉たちがやってきて、すべての鳥を回収していくからだ。

 以上に記した質屋をめぐる基本設定からもわかるように、この作品は寓話色の濃いファンタジイである。登場人物たちの〈選択〉に対する態度は両義的だ。それは人生の岐路であり、ひとを不幸にするものかもしれないし、かけがえのない自由かもしれない。このテーマは時間や記憶と結びついて、読者にさまざまな問いを投げかける。

 物語の主人公は、ハナ・イシカワ。トシオの娘であり、この質屋がある異世界で生まれ育った二十一歳である。いま、トシオが引退し、質屋の経営はすべてハナに委ねられた。店主になった一日目の朝、ハナがめざめると、何者かに店が荒らされ、トシオの姿も消えている。そして、保管室に入れた鳥のうち、一が連れさられている。大切な鳥が! シイクインに知られれば、どのような追及がされるかわからない。

 ハナが慌てて父を探しに出ようとしたときに、ひとりの客が店を訪れる。例によって浅草のラーメン屋の戸をくぐったつもりが、この質屋にいたのである。客の名はミナトザキ・ケイシン。ニュートリノの研究をするため、移住先のアメリカから日本に戻ってきたばかりの科学者だ。ケイシンもまた、人生に迷いを抱えているひとりなのだが、なりゆき上、苦境に陥っているハナの手助けをすることになる。

 消えたトシオの手がかりを求め、ハナはまず、ケイシンとともに庭にある池へと飛びこむ。それは異世界へつづく通路なのだ。ハナとケイシンは水に濡れもしない状態で、果てない芒(すすき)野原に立っていた。ここから冒険がはじまる。恐ろしいシイクインの追跡から逃れるためにも、先へ先へと進まなければならない。

 彼らの旅はめまぐるしい。異世界の奇観、魔術的な事物、不思議な人物が、次々と登場する。『不思議の国のアリス』ほどナンセンスではないが、奇想性の点ではなかなかのものだ。

 たとえば、未来を図柄のように肌に彫りつけるホリシ。
 想い出を甦らせるお茶。
 浜辺に打ちあげられる時間の粒子(J・G・バラードの作品にありそうだ)。
 歴史の流れを変えてしまった数秒間や数分間を展示する博物館。
 時間で折られた折り紙。
 夜空を準備するために全員が働いている村。
 雲の重なりのなかに設置された夜市。

 これらの奇想を楽しみ、トシオの失踪をめぐる謎を推理し、シイクインからの逃避行に息を呑む。そうした直線的な物語の面白さもさることながら、この作品の妙味はハナとケイシン、ふたりの人生の秘密が思いもよらぬかたちで結びついている、いわば構造的な仕掛けにある。タイムパラドックスとは違うが、クライマックスで明かされる因果関係のトポロジーが鮮烈だ。

 ロマンスの味わいもあるが、ベタ甘ではなく、ほどよくスパイスが効いている。

(牧眞司)

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