【今週はこれを読め! SF編】自分の前世は、現代の他人!?〜エリック・ハイセラー『同時世界 重なりあう記憶』
文=牧眞司
エリック・ハイセラーは、映画の脚本家として実績のある書き手だ。彼がかかわった映像作品のなかで、とくにSFファンにとって馴染み深いのは、テッド・チャン「あなたの人生の物語」を映画化した『メッセージ』だろう。本書は、ハイセラーの小説家としてのデビュー作となる。
発端は、警察にかかってきた奇妙な電話だった。「爆発が起きる。明日の朝、郊外のパイプラインで、死者が七人出る。調べて、まだ止められる」。テロ予告? それとも予言?
実際にニューメキシコ州で爆発が起き、七人が亡くなる。事件の捜査を任された国土安全保障省の捜査官グラント・ルカサーは、謎の電話をたどり、サンタモニカの前世療法クリニックに行きつく。クリニックのセラピストであるサラ・ニューカムは、施術中に患者から翌日に起こる爆発について聞かされ、逡巡したものの、警察に通報したというのだ。
前世療法とは、心的問題を抱えている患者のため、退行睡眠を施して、誕生以前(つまり前世)の記憶を呼び覚ますものだ。ふつう、前世と言えば過去のことだが、サラの新しい患者マリーゴールド・チューの前世は、現代を生きているデンバー警察の刑事ブライアン・ハントリーだった。つまり、少し未来のブライアンがニュースで知ったパイプライン爆発を、昨日のマリーゴールドは前世の記憶として、サラに語ったわけだ。
前世や転生は神秘の領域なので、SFで扱うにはそれなりの手続きが必要だが、本作品はぬかりはない。前世療法セラピーを手がけるサラも、前世を手放しで信じているのではなく、あくまで治療のプロセスとして採用している。また、グラントは合理主義者であり、この件については最初、懐疑的に接し、しかし、合理主義者ゆえ事実は事実として捜査に役立つものならば受けいれていく。
そのグラントが、ひとつの実験をおこなう。まず、新しい前世療法をサラに実施してもらい、マリーゴールドの前世の記憶(ブライアンの体験)として、これからブライアンが体験するできごとを語らせる。そして、そのできごとが起こらないように、先まわりして現状を変えてみるのだ。具体的には、出かけようとするブライアンを妨害するために、自動車のタイヤに穴をあける。すると、どうなるか?
ブライアンにとってはただ、できごとが起こらない別の時間線に進むだけだが、マリーゴールドは前世の記憶が書き換わってしまう。その影響は甚大だ。グラントが改変をおこなった時刻に、マリーゴールドは意識を失う。
ここに来て、グラントとサラは、この「前世=同時世界」のメカニズムについて検討を余儀なくされる。もともとマリーゴールドは、日常生活のなかで「時間の欠落(意識が飛ぶ)」に悩み、いくつかの医者を受診したものの効果がなく、すがりつく思いでサラのクリニックの門を叩いた。その「時間の欠落」が、もし、グラントがおこなった実験のような事態と関連していたとするなら......? つまり、誰かがブライアン(前世)→マリーゴールド(現世)の転生を知っていて、未来を変えるため、ブライアンの人生に介入した可能性だ。
いっぽう、ブライアンも、仕事での苦労がつづいていた。担当している連続殺人事件の捜査が思うように進まないのだ。これも時間改変の結果だとしたら......。
「前世=同時世界」というアイデアを用いた時間テーマとしてのバリエーションと、ブライアン側で起きていた連続殺人事件に、グラントとサラ、マリーゴールドが自分たちの問題解決のためにかかわっていく展開。SFとミステリとが、ひとつのプロットとして融合しているわけで、さすが、手練れの脚本家であるハイセラーといったところだ。
(牧眞司)


